第8話

「な・・・何がどうなってるの!?」


 それは私たちが基地を出て歩き始めてわずか三〇分余りのことだった。隊の全員が最も気を付けていた事態に私たちは陥った。そう、一瞬にして霧が私たち隊の周りを囲んでしまったのだ。


 私たちは民間といえどもただのずぶの素人なわけではない。無論まだこの職について一年ほどの者もいいるが、なかにはもう四十年以上も無傷でやってきたベテランの方もいる。


 私はこの時少しでもバッツさんを急かした自分を呪った。


「全員撤退ー!!」


 しかし、いまさら後悔などしている暇はない。

 私のすぐそばにいたバッツさんが鼓膜が破れそうなほど大きな声で隊に向かって叫んだ。さすが隊長を務めるだけあって、この人はこんな時でも冷静である。


 みんな一斉に霧を突っ切ってちりじりに逃げようとしたが、霧は逃げる隊員たちを追いかけるように彼らを飲み込んでいく。

 いとも簡単に仲間たちの動きが止まっていく光景を目の当たりにして私はその場から動くことができなかった。きっと王宮新界調査団もこの光景を見たのだろう。


「おいフィー、逃げるぞ!ここで立ち止まっていては確実に即死だ!」


 近くにいたバッツさんの声で私はようやくこの危険な現状を把握した。


「は、はい!」


 それから私はバッツさんとできる限り霧のない方に必死に走った、どれだけ走ったかもどっちの方向に来たかももうわからない。それでも私は無我夢中で走り続けた、なぜかはわからないがこっちに来た方がいいと言われていたかのように足が進んでいた。


「はぁはぁ、霧がやっと薄くなってきたな。ここまで来れば大丈夫かもしれないが、はぐれない様にしっかり俺について来いよ。」


 バッツさんに頼りになる一言をかけてもらい、私も負けてられない、そう思い両手で頬を叩き自分を鼓舞した。


「わ、わかりました!」


 しかし、鼓舞して何とかなるほど現実は甘くない・・・・・・


「あれ?足が・・・動かない?」


 私の足は突然止まった。まるで何かにつかまれているように。


「おい、どうしたフィー!早く行くぞ!」


 ぼんやりと霧の中から隊長の声が聞こえる。

 早く行かなきゃ、そんなことは百も承知のはずなのに足が金縛りにあったように動かない。


 マズイマズイマズイマズイ。ああ私はここで死ぬんだ、もうそれしか考えられない。

 走馬燈なんて余計なの見せないでよね。そんなことを考えながら私は霧の中に深く深く包まれていった。


 そしてどこからかうめき声と悲鳴が聞こえた様な気がした、そんな時霧の中にぼんやりと見えたのはバッツさんの姿ではなかった。


 その影は霧に「この人はもうダメよ、諦めなさい」、私にそんな風に言い聞かせているように見えた。そうするとフウッと霧は周囲に溶け込むように消えていった。

 次にその影ははっきりとまでは見えなかったが、私について来いと言っているように手招きをし、霧の奥深くへ消えていった。


「あなた、誰?隊長はどこにいるの?」


 もうずっと酔ったような心地のいい気分になっていた私にはその質問をすることで精いっぱいだった。私はぼんやりとした意識の中、謎の影が消えた方向に向かって、いつの間にか動くようになった足でゆっくりと、とぼとぼと歩いて行った。

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