第56話『となりの木下クン』

妹が憎たらしいのには訳がある・56

『となりの木下クン』     




「ハナちゃん、名古屋ナンバーに変えて」


『なに、企んどりゃーすね、怪しいてかんわ♪』

 ハナちゃんは、古典的な名古屋弁で冷やかしながら、ナンバーを変えた。

「大阪出身じゃだめなの?」

 急な変更にわたしは戸惑った。

「念には念を。パパが用意してくれたIDの信頼性は高いけど、万一ってことがあるから」

「さすが、甲殻機動隊副長の娘ね」


 わたし達はN女子大に近い神楽坂の若者向けのマンションの住人になった。


 不動産屋には女子学生専用のを勧められたが、わたしと優子(幸子と優奈の融合)は、あえて普通の中級チョイ下のマンションを選んだ。同郷の女子大生が住むのには、ワンル-ムのマンションよりは、この程度のマンションをシェアして借りた方が自然だと思ったからだ。それに隣人がぴったりだった 


「隣りに越してきましたものですが、ご挨拶にうかがいました……」


 しばらくすると、Tシャツにヨレたジーパンの若者がドアを開けた。

「あ……ども」

 不器用な挨拶だったけど、脈拍、呼吸、瞳孔を観察すると、一瞬で二人に興味を持ちすぎるほどに持ったことが分かった。

「わたしが大島、こちらが渡辺っていいます。今まで学生用のワンル-ムに居たんですけど、不経済なんで、二人でいっしょに住むことにしたんです」

「ひょっとして、N女子?」

「ええ、木下さんは……W大ですか?」

「ええ、まあ、在籍は。お二人は地方から?」

「ええ、名古屋です」

「まだ西も東も分からなくって……」

 優子が粉をふる。木下は、すぐにひっかかった。

「そりゃ大変だ、よかったら上がりませんか。近所の情報レクチャーしますよ」

「どうしよう……」

  


 駆け出しの女子大生らしく、ためらってみせる。


「じゃ、ちょっとだけ」


 呼吸を合わせて、自然なかたちで上がり込む。


 駆けだし女子大生らしく興味深げに部屋を見渡す。見渡すまでもなく、このマンションに来たときから、この部屋のことは調べ済みだ。

「あ、お茶入れますね。こう見えても実家は静岡でお茶作ってるんで、ちょっとマシなお茶ですから」

 そう言いながら、木下は自然に寝室のドアを閉め、お茶を入れ始めた。キッチンと、こっちの部屋はやもめ暮らしにしては整理されていたが、寝室はグチャグチャで女の子に見せられないものもいろいろある。

「東京に居てなんなんですけど、引っ越しのご挨拶の人形焼きです。どうぞ」

「ああ、こりゃ、お茶請けにぴったりだ」

「木下さんの部屋って、なんだかパソコンやらIT関連の機械が多いですね」

「趣味と実益兼ねてるんじゃないですか?」

 と、くすぐってみる。

「いやあ、鋭いな大島さんは。ネット販売の中継で小遣い稼ぎ程度ですけどね」

 触法ギリギリの商品の出所をごまかして、けっこうな稼ぎをしていることは、スキャニング済みである。

「スマホあります? この街の情報コピーしてあげますよ。あ、危ないウィルスなんか付いてませんから。でも、一応スキャンしてから入れて下さい」

 木下は、ケーブルを取り出すと、パソコンとわたしたちのスマホを繋いだ。

「大丈夫、安全マーク出ました」

「よかった。じゃ、送りますね」



 ソフトそのものは大したもので、神楽坂界隈からN女子、W大近辺のお店の情報やら、お巡りさんのパトロールのルート、果ては、界隈の犬猫情報まで入っていて、かわいい犬猫ベストテンまで付いていた。



「タッチすると、さらに細かい情報が出てきます」

 木下が、ある犬をタッチすると、飼い主から、お散歩ルートまで分かる。

「わあ、かわいい!」

 優子がブリッコをする。このソフトを人間に当てはめれば、人間の情報まで取り込めるということであることは当たり前である。実際木下のオリジナルのソフトには組み込まれている。また、木下のパソコンに繋いだ時点で、スマホは木下のパソコンで自由に閲覧できるようにされている。それも、わたしたちは承知であった。

 あとは、近所やら、互いの大学のいろんな話をして、一時間近く過ごし、程よいご近所になって部屋に戻った。



「あの人使えそうね」

 わたしが言うと優子は声を立てて笑った。

「フフフ、ほら、これが今の木下クン」

 優子がスイッチを入れると、テレビに木下の部屋が映った。なにやら、パソコンをいじっている。

「画面が見えないなあ」

「これで、どうよ」

 画面が、飛行機のように揺れて画面のアップになった。わたしたちの部屋が映っている。ただ現実のそれとは違って荷ほどきをやっている。

「よくできたダミーじゃない」

「これから微調整。彼がかましたソフトは、わたしたちのみたいに優秀じゃなくて、解像度悪いから、それに合わせるのが、ちょっと大変」

 木下が感染させたウイルスは、わたしたちの部屋中のセンサーやコントローラーをカメラにする機能が付いている。つまり、この部屋に何十個も監視カメラをつけたようなものである。

「木下クンの努力に合わせて、オートにしときゃいいじゃない」

「だって、お風呂の人感センサーや、トイレのウォシュレットにも付いてるんだよ」

「いいじゃない。全部ダミーの画像なんだから……って、今わたしをお風呂に入れる!?」

「いいじゃん、ダミーだから」

「あのな(#ToT#)」

「それより、こっちのモスキートセンサーで、よーく調べなきゃ……」

「ちょっと、脱衣場の感度下げてよ!」

「へいへい……木下クン悲しそう……でも、彼のネットワークはすごいわよ。10の20乗解析しても、情報の発信元が分からなくなってる。これを何億ってCPかましたり、なりすましたりしたら、発信元は絶対分からないわよ」

「じゃ、そろそろリンクしますか」

 優子がリンクボタンをエンゲージした。


――どこに行ったんだ。連絡が欲しい。ユースケ――


 いきなり、ユースケのメールが入ってきた。

「わ、いきなりだ!」

「大丈夫……世界中のCPに無作為に送っている。こっちはキーがインスト-ルされてるから、解読できてるの。ユースケには分からないわ」

「そう、でも気持ちは落ち着かないわね」

 優子は、少し不安顔になった。しかたがない。つい最近ユースケと渡り合ったところなんだから……で、横のモニターを見るとダミー画像のわたしは、非常にクリアーな映像のまま浴室に入っていくところだった。



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