第2話『タイトルに偽りなし』

妹が憎たらしいのには訳がある・2

『タイトルに偽りなし』   



 タイトルがおかしい。


 前回読んだ人はそう思うかもしれない。


『妹が憎たらしいのには訳がある』と題しておきながら、八年ぶりの妹を、こう描写している。

 

 すっかり変わって可愛くなった妹の幸子が向日葵(ひまわり)のようにニコニコと座っていた。


 可愛くのみならず、ニコニコとまで書いている。

 でも、タイトルに偽りはない……。


 妹の幸子は、喋りすぎるでもなく、静かすぎることもなく、自然な会話の中でニコニコしていた。



 八年前、俺が東京の家を出るとき、まだ七歳の幸子は、電柱五つ分ぐらい泣きながら追いかけてきた。



「おにいちゃーん、行っちゃやだー!!」

 転んで大泣きする幸子を見かねて、俺はタクシーを止めてもらった。

「幸子、大丈夫か!?」

「だいじょばない……おにいちゃん、ファイナルファンタジー、まだクリアーしてないよ。いっしょにやるって言ったじゃないよ、言ったじゃないよ……」

 そう言って、幸子は手を開いた。小さな手の上にはプレステ2のメモリーカードが載っていた。

 メモリーカードには、やりかけのファイナルファンタジーⅩ・2のデータが入っている。

「さちこ……さちこ一人じゃ、できないよ。おにいちゃんといっしょじゃなきゃできないよ!」

「がんばれ、幸子。やりこめば、きっとできる。あれ、マルチエンディングだから、がんばってハッピーエンドを出せよ。がんばってティーダとユウナ再会のハッピーエンド……そしたら、またきっと会えるから」

「ほんと……ほんとにほんと!?」

「ああ、きっとだ……!」

 そう言って、俺は幸子にしっかりとメモリーカードを握らせ、その手を両手で強く包んでやった。

「がんばれ、幸子!」

 包んだ手に、幸子の涙が落ちてくるのがたまらなく、俺は幸子の頭をガシガシ撫でてタクシーに戻った。

 バックミラーに写る幸子の姿が、あっと言う間に涙に滲んで小さくなっていった。


「コンプリートして、ハッピーエンド出したよ」


 幸子は、黒いメモリーカードをコトリとテーブルの上に置いた。

 八年前の兄妹に戻り、俺は、ほとんど泣きそうになった。


 Yホテルのラウンジの、ほんの一時間ほどで、我が佐伯家の空白の八年は埋められた……ような気になっていた。


 それから一週間後、俺たちは、新しい家に引っ越した。お袋と親父は、それぞれ東京と大阪のマンションを売り、そのお金で、中古だけど戸建ての家を買ったんだ。5LDKで、ちょっとした庭付き。急な展開だったけど、俺には本気で家族を取り戻そうとする両親の心意気のように感じられ、久々にハイテンションになっていた。

 大ざっぱに家具の配置も終わり、ご近所への挨拶回り。

「今日、越してきました佐伯です」

「よろしくお願いします」


 向こう三軒両隣、みなさんいい人のようだった。特に筋向かいの大村さんは、幸子と同い年の佳子という子がいて、なんだか気が合いそうな気がした。


 夕食は大村さんに教えてもらった宅配のお寿司をとった。


「一時間ほどかかりますが」と言っていた宅配のお寿司が、四十分ほどで着いた。

「おーい、幸子、お寿司が……」

 幸子の部屋のドアを開けて、俺も幸子もフリーズした。

 幸子は、汗をかいたせいだろう、トレーナーも下着も脱いで、着替えの真っ最中だった。

「あ……」

「こういう場合、どうリアクションしたらいいと思う?」



 幸子は、裸の胸を隠そうともせずに、歪んだ薄ら笑いを浮かべて言った。


 初めて見る妹の憎ったらしい顔がそこにあった……。

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