第3話『なんだか変』
妹が憎たらしいのには訳がある・3
『なんだか変』
なんか変だ。
例えて言うなら、ライブの舞台セットの裏側と表側。
セットの表側は、きれいに飾られ、電飾やらレーザーやらの照明が当てられて、とても華やか。でも裏側にまわると、それはただの張りぼて。ベニヤ板が剥き出しだったり、配線が生ゆでのパスタのようにのたくって薄暗く、まるで建設現場のように素っ気なく乱雑である。
幸子は、Yホテルで会ったとき、引っ越しでご近所周りをしている時は明るく可愛い女の子だった。家の中を整理しているときは、親父、お袋、そして俺たちも忙しく立ち回り、いわばセットの立て込み中のスタッフのように、テキパキと無駄なく動いていた。だから、素っ気なくて当たり前だと思った。
でも、落ち着いてからの幸子は変だ。
兄妹とはいえ、平気で上半身裸の姿を晒し「こういう場合、どうリアクションしたらいいと思う?」は無いと思う。それも歪んだ薄笑いで……。
親父とお袋には普通の態度だ。
「ウワーーーーー奮発したのね! これ宅配寿司でも高級なやつじゃん!」
「佐伯家の再出発だからな。まあ、これくらいは」
「う~ん、この中トロたまら~ん!」
「よかったら、お母さんのもあげるわ。脂肪が多いから」
「ごっちゃん、遠慮な~く!」
「ハハ、幸子は東京で舌が肥えちまったなあ」
「下も上も肥えてませーん。ナイスバディーの十五歳で~す!」
「そうよ、ブラのサイズ、この冬からCカップになっちゃったもんね」
「もー、そういう秘密は、家族でも言っちゃいけません!」
「ハハ、友だちにも自慢してたくせに」
「女の子の友だちだもん。でも、お父さんならチラ見ぐらいさせてあげるわよ」
「おいおい、親をからかうもんじゃないよ」
「ハハ、お父さん赤くなった!」
「アハハハ……」
俺は、この食事の間、ほとんど会話には入っていけなかった。
「幸子、ムラサキとってくれよ」
「…………」
幸子は笑顔をさっと引っ込め、例の歪んだ笑顔で俺を見た。
「ムラサキって醤油のこと」
「分かってる……」
幸子は、まるで犬にものをやるように……いや、ゴミ箱に投げ入れるような無機質さで、ムラサキの魚型チュ-ブを放ってきた。それも、俺の手許三センチのところにピタリと。そして、俺と始めかけた会話など無かったように、続きを始めた。
「で、敦子ったら、敦子って、東京の友だちなんだけどね……」
「そりゃ、びっくり……」
「ハハ、年頃の女の子って……」
「ハハ、お父さんも苦労しそう……」
「だーかーらあ……」
「アハハハ……」
その夜、トイレに行こうとしたら風呂に入ろうとしていた幸子と廊下で出くわした。
「……覗くんじゃないわよ」
今度は、歪んだ笑顔なんかじゃなくて、無機質な真顔だった。スニーカーエイジで機材を間違えて置いたときにとがめ立てしたスタッフのようにニクソかった。
「覗くわけないだろ。昼間のは事故みたいなもんだったけど」
「でも……可能性の問題としてね」
そう言って俺の前を通っていく幸子の手には着替えやらバスタオルが抱えられていたが、チラッと金属のボンベのようなものが見えた。偶然か、それを察したのか、幸子は縞柄のパンツでそれを隠した。
トイレと風呂場は隣同士で、脱衣場とトイレ前の洗面とはカーテン一枚で仕切られているだけで、幸子が潔く服を脱いでいく衣擦れの音がモロにした。昼間見た形の良い胸が頭に浮かんだ。
――俺ってば何考えてんだ――
その夜、新しい寝床で寝付けずにいると、隣の幸子の部屋で気配がした。幸子一人ではない気配だ、つい耳をそばだててしまう。
「……やっぱ、無理か?」
親父の声だ。
「うん、幸子が拒否……」
お袋の声だ。でも拒否だと? 壁に耳を付けると間が空いた……。
「ま、引っ越しとかで疲れがでたんでしょ。とにかくゆっくり眠りなさい」
「はい、ごめん。お母さん、お父さん」
なんだか、急にボリュ-ムが上がったような気がした。
――なに盗み聞きしてんのよ――
幸子のニクソイこえが聞こえたような気がして、俺は慌ててベッドに潜り込んだ……。
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