悪魔はいずこ。

イベント帰りに混む寿司屋

執着

停滞という言葉が好きだった。

人は変わるという言葉を簡単に使うけれど、その色あせたフレーズに期待を抱けるほど僕は向上心がある性格ではなかったらしい。

停滞は安寧だ。留まることの生ぬるい居心地の良さを僕は手放すことが出来ない。


灯守ともりって常に引き気味のくせにたまに勇気あることするよね」

「そうかな」


現実の学校では屋上なんて空いてない。でも教室にいるのもなんだか居心地が悪くて、ぼくと和田は屋上への階段でいつも通り、並んで座って駄弁っていた。普遍的な安寧の時。これも停滞。


「そうだよ。お前もひどい奴だな。今日もわざわざ授業サボってさ。いい加減教室戻ればいいのに。」


「いいだろ別に」


ぼくの唯一の友達、和田廉造。

顔良し。勉強普通。ただ女にモテる。


さて欠点が1つ

彼は死んでいる。


更に問題がある。

今や並んで仲良く話している僕と廉造だが、ぼくは彼が死んだ日に彼に襲われた。


襲われた。


彼はゲイだということは結局ぼく以外の誰も知らない。加えて言うと、ぼくも襲われるまで知らなかったのである。というかゲイなのかは未だに本人が言及していないのでわからないが。


そして強姦だか和姦だかうやむやのままその日の夜、何者かによって彼は殺された。


彼がぼくの前に現れたのは翌日の朝である。


昨日の出来事に今日は学校でどう話をつけようか悩みながらの起床。

……起床?

起き上がることが出来ない。否、ぼくの上に何かが乗り上げている。


「おはよう灯守」


女が好きそうな面構えをした男がこちらをじっと見つめていた。顔が良いので反射で肘打ちをかました。


冒頭で述べたと思うが、ぼくは停滞を好む。突然の場の進展に頭蓋骨がキリキリと締められているような感覚になる。


廉造は幽霊になったらしい。

彼が死んだことは学校にて正式に伝えられ、彼に惚れ込んでいたであろう女共が随分と嘆き悲しんでいる。この女達の方が死に近い雰囲気である。


彼にとっても、ぼくにとっても互いが一番の親友であったことは周知の事実であったので僕は特に心配されたが、なんだか実感が湧かない。

昨日自分を襲って来た相手が死にましたと言って悲しめるものか。頭上にいるであろう廉造に心の中でそう呟いた。


幽霊のお決まりと言うのだろうか。彼のことはぼくにしか見えないようで、当然二人で話す場所も限定せざるを得ない。そこでいつもの屋上への階段へわざわざ授業をサボってまで来たわけである。先生やら他の生徒にはどうせ親友の死を悲しむ生徒としか捉えられていない。非常に好都合である。


「さて、俺はさっきから気になっていることがあるんだが。」


なんだと問う前にその気になっていたことがなんであるかを理解する。


異常なまでにギラつく双眸。高校生にしては幼い顔立ち。姫カット。パンダのようなお団子が頭にふたつ。

目の前に、JKが、いた。


お前も高校生だと言う意見はこの際控えてほしい。

というかなんで今まで気づかなかったのだろうか、気づいた幽霊スゲーな。 別に廉造を褒めているのではないから調子に乗らないでほしい。でもまあ、幽霊って意外と使えるんじゃなかろうか。


「ねえアンタ」

「ンヒィッ」

「えっキモい…」

「す、すみません……」


なんだこのJK。いやよく見たらなんちゃって制服じゃねーか。怖いよマジで。いやもう誰ですかホント。


「もう大丈夫なの?昨日襲われてたじゃん。制服ここの学校だったから、平気かなーって探してたんだけど。」


意外と普通な反応が返ってきて真の底から震え上がる。普通な反応なのに逃げたくなる。コイツは人間じゃない、絶対人間じゃないと本能が告げている。


「なんか言ったらどうなの」

「すいません…誰ですか…」


そうなのだ。何よりこの女は僕が襲われた事を知っている。いや何故に。そしていつのまにか廉造が消えている。俺の使えない親友はいずこ。


「私亜子。亜子ちゃんって呼んで。悪魔ですヨロシク。」

「亜子ちゃん。悪魔の亜子ちゃん。」

「そ。昨日アンタが襲われてる時に殺してって言うから、襲った相手を殺したんだけども。」

「なるほど。」


襲った相手。つまり廉造のことか。

殺した事を信じれるかと言われたら信じてしまう。だってこの女めちゃくちゃオーラ怖いもん。こっくりさんやった時より怖いもん。


「でもその魂を頂きそびれたので探しに来たの。んでさっきまで横にいたよね?どこ?」

「いや知りませんけど…」

「参ったなあ〜誰か良い魂知らない?あっこれ亜子ちゃんジョークだから流してもいいけど割と知りたみ強いかも。」


なるほど。


先程から頭痛が治まらない。どちらにせよ、彼の死によって僕の停滞は破壊された。めくるめく移ろい。鬱ろい。

それなら。


「僕のでどうですか?」


__________


1つ、弁解をさせてほしい。彼に欲情されて困惑したぼくは、誰かに見られていることに気づいた。それは救世主のようでもあり、地獄へ連れ去る者でもあるようだった。

結果としてはどうであったかは別として、ぼくは助けを乞うように殺してとつぶやいた。


彼女は笑った。ぼくも笑った。

でもぼくは殺して欲しかった。でも殺されたのは彼だった。


幸か不幸か、彼は幽霊になった。

そして彼女は現れた。


「いいの?ほんとに?貰っちゃうよ?減るもんだよ?」

「いいです。大丈夫です。だって愛は減りません。」


ぼくも幽霊になれば、和田とずっと一緒に居れるんじゃないだろうか。それは僕の普遍を守るものではなかろうか。

だとしたら、これがぼくの最善の手ではないだろうか。


ぼくは結局のところ、彼に襲われることよりも、彼との今後の関係性が変わってしまうことに不安を抱いた。彼とずっと居たい。彼との関係が悪くなるのを避けたい。

だが彼は変わってしまった。それなら自分が死んでしまえばいいのではないかと思った。ぼくは、彼がぼくを想っているよりもずっと彼を好いている自信があった。


「じゃあ、亜子ちゃん、いきますよ〜」

気だるさを無理やり引き伸ばしたような声が聞こえる。これでもう、ぼくの停滞は守られる。


__________


人間は変わる生き物だ。生き物は変わる事を強いられる。それはとても痛みを伴うものだ。かの二枚目もここまで頑張ったのに、あんまり報われないような気もする。


「でもアンタのそこまでの停滞への執着は、中々のものよね」


和田とやらを泳がせた事で結局2人分も魂を頂いてしまった。満足満足。

本当は灯守の横に居るのを確認した瞬間捕まえてしまった、可哀想な色男。

だって余計なこと言われたら困るもんね。

一挙両得だか一石二鳥だか。人間のことは知らないけれど。


思い出す。私に殺される和田の目を。あの目は一体、何に執着していたのだろうか。それでも。


「結局はお互いが鈍感なだけだったのね」


ここまで苦労した彼らの魂は、きっと特別な味がするのではないかと、幼い悪魔は思うのであった。

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