第18話 不思議な山

「これでなんとかなるかな」

フレスは準備をひとつひとつ確認したあと、そういった。

何日も何日もじっくり選んで用意したものだ。確認は万全に行わなければならない。

「さて、と」

準備が入った重いリュックサックを背負い、部屋を出る。

ドアの鍵は入念に閉めたことを確認し、朝と言うにはまだ少し暗いうちにフレスはアパートから出ていこうと考えていた。

「…フレス、そんな荷物持ってどこ行くんだ?」

まさか人がいると思っていなかったのでフレスは一瞬動揺したが、いくら冬でも多すぎる白いもやと、独特の匂いですぐに麻だとわかった。

「いや、ちょっと山に登らなければいけない気がしたから…」

「こんな真冬に山登りか、高いところが好きだからってこんな真冬に登らなくったってなぁ」

麻はいかにも怪訝そうな顔をしてそう言うが、タバコをもう一度吸ってふぅっと息を吐くとその顔はすでにニヤリと笑っていた。

「まあ、そんなこと言ってもフレスは山に登りたいんだろ?どこに登りたいんだ?」

「エベレスト」

「世界最高峰だったか…」

麻はそういうと、おもむろにフレスのリュックをじいっと見つめる。

そして、フレスが物を入れていないところのチャックを開けて、何かを取り出した。

「アブねぇな、大麻入ってたわ」

なんでそんなものが、とフレスは思ったがおそらく麻がどこかのタイミングでこっそり仕込んでいたのだろう。

「空港の検査だったら一発アウトだろうな。俺が気づいてよかったよ」

「本当ですよ…」

「そうだな、ついでにパスポートは持ったか?それがないと飛行機に乗らせてすらくれないぞ」

「大丈夫だと思うけどなぁ、めっちゃ確認したし」

「そうか、俺が心配するほどのことでもないな。じゃあ、楽しんでこいよ」

麻はそう言うと、少しニヤリとしてまたタバコを吸う。

フレスは笑い返すと、駅までリュックを背負って歩き始めた。


*****


「次は、香港国際空港行き…」

フレスは空港にたどり着き、飛行機の発着を待っていた。

飛行機がどのようなものかはよくわからなかったが、明月曰く「すっげー」らしい。

そもそも何がすっげーなのか。フレスにはやはりよくわからなかった。


飛行機が動き始めた。

外の景色はあっという間に後ろに流れていく。どんどん、スピードを上げていることが感覚でわかる。

そして、いきなり飛行機は宙に浮いた。

この感覚は、なにか覚えがあるような気がする…。何であろうか…?

そう考えているうちに、飛行機は高度を上げ、雲を突き抜け、景色は青空になった。

「現在、高度一万キロメートル…」

フレスはトイレに駆け込んだ。飛行機はすごいを通り越してなにか自分の言葉では言うこともできない。

だがしかし、少なくともフレス自身はどうすることもできず、ただ、自分の手を握りしめることしかできない。

「青い空…、光る太陽…、そして、せかいじゅ…?」

何もわからないが、何か口から出てきたのはその言葉だった。

フレスはそっと、握りしめていた手を開く。


そこには、今までは持っていなかったはずだった、黄金の羽根があった。

フレス自身はすでにとても落ち着いていた。


フレスは香港国際空港からまた日本にとんぼ返りしてきた。

なにか重要な手がかりがわかったような気がしたからだ。

自分にとってはそれで満足だったからだ。


ただ、アパートに戻ってきた時麻は

「もう登ったのか?」

と不思議そうに言っていた。

というか、アパート中に広めていたらしい。

このときばかりは、麻が迷惑なことをしてくれたなとも思ったが。

けれど、ここのアパートの人は、すぐに理解してくれた。

いい人たちばっかりだ。

ここには。

それがかけがえのないものだと、フレスは再確認したのであった。

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