第8話 段ボールハウスに入ってやってきたアンディ(終・前)

まよちゃんがいなくなった


お母さんは、涙ぐみながら「まよは『びょういん』に入ったの。もう安心だからね」と言って、僕を撫でた


安心なら、なんでみんなそんなに悲しそうなの?


ぼくにはわからない


ぼくは待った


待って。待って、待ち続けて……


久しぶりに『がいはく』で帰ってきたまよちゃんはずいぶん変わっていた


ぼうっとしていて、ずいぶん太っていて、口の端からよだれを垂らして……

『おくすりのふくさよう』と、いうやつらしかった


人間だったら気にするのかもしれない。でも、ぼくには関係なかった。

力の限り、まよちゃんに飛びついて、しっぽを振った。まよちゃんは僕の目をしっかり見て、泣き笑いの表情になって、震える唇で、


「アンディ、会い、たかったよ」


と言った。


ああ、まよちゃん

ちゃんとぼくを見てくれた


きっと、もう大丈夫だ


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時は流れていく


まよちゃんは『げんやく』をして、見た目は普通になった


大学にまた通い始めたり

『こうむいんしけんろうにん』になったり

アルバイトをはじめたり


毎日の散歩が復活したけれど、前とずいぶん様子が違う


まよちゃんは、前はぼくが草や電柱の匂いを嗅いでいると「アンディ、早くいくよ」とかしたけれど、『びょうき』のあとは、辛抱強く待つようになった


まよちゃんは『にゅういん』で家からいなくなっていた間にいろんなことを考えたらしかった。

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まよちゃんは念願の『こうむいん』になって、ぼくは十四歳になった


体中にぼこぼこが出来て痛いけれど、目もほとんど見えないけれど、ぼくは、まだ生きていたかった


まよちゃんには ぼくがついていてあげないと

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冬の寒い日。窓の外で雪が降り始めたのを感じた


ぼくがこの家にやってきた日も降っていたそれ。


ぼくは、感じていた


もう 限界が 近づいている


家族で出かけていたのに、まよちゃんだけ早く帰ってきた


「アンディ」


まよちゃんの温かな手が僕を持ち上げる


「ずいぶん軽くなったなあ。……きょうはご飯たべてくれる?」


ごめん、まよちゃん、僕もう、ごはんも水もいらないよ


ああ、だめだ、まよちゃんを見上げたいのに、首に力が入らない


カクン、と折れてしまう


「なあに、アンディ、首の座ってない赤ちゃんみたいだよ」


何もわかっていない、まよちゃんが笑う


笑ってくれた


これが最後に見るまよちゃんの笑顔なら


笑わせることができてよかった

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