第7話 段ボールハウスに入ってやってきたアンディ(下)
「前のアンディはね、おばあちゃんの犬で、ものすごくおばあちゃんに懐いていたの」
陽だまりの中、ぼくのふわふわの毛をブラッシングして、さらにふわふわにしながら、まよちゃんは言う
ブラッシングはあまり好きじゃないけれど、終わった後おやつをもらえるし、陽だまりも、まよちゃんの声も、大好きだから、僕はじっとしていた
「でもね、おばあちゃんの旦那さん……おじいちゃんが死んでしまって……娘であるお母さんたちももう大人だし、お姑さんと同居し続ける理由もないって家を出てしまったんだって」
まよちゃんは、ぼくよりかはゆっくりだけど、確実に、大人になっていく
ブラッシングも最初と違ってずいぶん上手になったものだなあ、とぼくは思わずちょっと、うとうとする
「そのとき、おばあちゃんはペット可の物件を選ばなかった……前のアンディはうちに残ったの」
大好きな人に置いて行かれてしまったの。と、話すまよちゃんの声は少し震えていた。
「前のアンディはおばあちゃんがうちを訪ねると本当に嬉しそうだったんだって。私は小さすぎて、よく覚えていないけれど、ちぎれるぐらい、尻尾を振って、おばあちゃんが帰った後は目に見えてしょんぼりしていたって」
ブラッシングをする手がぴたりと止まった。おやつ……と、思う前に僕はぎょっとした。
「前のアンディが居なくなった日、私はまだ小学生1年生だったけれどよく覚えている。前のアンディはもうおばあさんで、よたよただった。家いぬで、玄関を開けっぱなしにしていても、絶対にうちから出たことなんてなかったのに、行方不明になってしまったの」
まよちゃんの手が、声が、震えている。
「お母さんがね『きっと、最後におばあちゃんに会いたくて、外に出て行ったんだよ』って」
ぽろぽろと涙の雫が落ちる。まよちゃんが泣いている。 ぼくは、まよちゃんを見上げて、その透明な雫をただを受け止める。
「前のアンディは見つからなかった。保健所にも電話した。張り紙もした。近所の人に聞き込みも。でも、あの子の姿を見た人は一人もいなかった」
煙のように消えてしまったんだよ、とまよちゃんは言って、涙で真っ赤な目をして、ぼくの頭を撫でた
「アンディ。私はアンディを置きざりになんかしないからね。ずっと一緒だから。だから……いっぱいいっぱい、長生きしてね」
ぎゅっと強い力で抱きしめられた。ぼくはまよちゃんの涙で濡れた頬を舐めた。しょっぱかった。
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ぼくは、まよちゃんや、最初は怖いとおもったけれど、実はうんと優しいお母さんや、お父さんと一緒に年をとっていった。
まよちゃんは小学生から中学生になり、初めての友達が出来たぐらいから忙しくなったけれど、毎日散歩にいってくれた。
まよちゃんが、『ろうにん』っていうのをしたときは、散歩の回数が増えて嬉しかったな。
大学に合格したときは、「アンディのおかげ」と言って僕をうんと抱きしめた。
うちにはお金がないから、まよちゃんは『たくろう』っていうのをするしかなくて、家族以外の人と会話できる機会がほとんどなかった。
でも、ぼくをお散歩させることで散歩仲間ができて、会話できるのがものすごく救いになったんだって。
ぼくは誇らしかった。
大学に合格したまよちゃんはますます忙しくなって……そうしてあの出来事があった。
まよちゃんの様子が変になった
ほとんど眠らず、部屋をうろうろしている。
たまに泣き出したり、と、思ったら笑いながらパソコンのキーボードをすごい速さで叩いている。
散歩のことも忘れて、お母さんに怒られると「私はそれどころじゃないんだ、忙しいんだ」とくってかかるようになった。
ぼくは
ぼくは、まよちゃんが怖かった
変わってしまったまよちゃん
普通じゃないまよちゃん
ああ、また散歩につれていってくれたら
また、まよちゃんをぼくが救えたら
でも、それは叶わない
まよちゃんは「夢」のような「おかしな世界」にすっぽり包まれてしまって、そこにのめりこんでいる
ぼくの声はおろか、友達の声も、お母さんの声も、お父さんの声も、届かない。
手の届かないところに、まよちゃんは行こうとしている
僕はまよちゃんを見つめる
じっと、見つめつづける
ひたすら携帯電話やパソコンをいじって落ち着かない様子のまよちゃん
どうか、ぼくの視線に気づいてほしい
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