女侠姿新入社員(あですがたふれっしゅうーまん)

冷門 風之助 

女侠新入社員(あですがたふれっしゅうーまん)

 今年の四月の初め、ちょうど花見の時期のことだ。

 俺はある公園の、桜の大木の下にブルーシートを敷いて座り、缶コーヒーをちびりちびりと口に運んでいた。

(名探偵が花見とはね。暇なもんだな)

 馬鹿言っちゃいけない。

 これも仕事なんだよ。

 昔からの知り合いに『明日の夕方五時に〇〇公園で花見をするから、ついては場所取りをしてくれないか?勿論ギャラは払うから』と頼まれたのだ。

 名探偵の俺、乾宗十郎が引き受けるには安っぽい仕事だ。しかしギャラが発生する以上は仕事には違いない。真っ当に務め上げるのが俺の主義だ。

 腕時計をちらりと見た。

 時刻は1時半を少し回ったばかり、約束まであと四時間はある。

 俺はため息をついて、また缶コーヒーを口に運んだ。

『あの、良かったらこれ、どうぞ』

 右隣から声がした。

 黒っぽいリクルートスーツに身を包んだ若い女性が、コンビニの袋を俺に差し出している。

『有難う』俺は礼をいって彼女から袋を受け取った。中にはおにぎりと、ペットボトルのお茶が入っていた。

『お花見の場所取りなんでしょ?実は私もなんです』

 彼女の名前は岸本早苗、今年大学を卒業して、そこそこ有名な商事会社に就職し、その初仕事がこの場所取りという訳だ。

 確かに、俺と同じ午前9時頃からやってきて、ずっとブルーシートに座り、文庫本を読んでいたな。

『折角入社して初めての仕事が、場所取りだなんて、嫌じゃないかね?』

 俺は彼女に貰ったおにぎりを頬張りながら訊ねた。

『いいえ、別に、社会人になったんだから当たり前だと思ってます』

 微笑みながらもきっぱりした口調で答えるその顔は、決して見栄や体裁ではないというのが、俺にもはっきり読み取れた。

 丁度その時だった。 

 俺たちのいる近くで、何やら大声が聞こえた。

 振り返ってみると、数人の男女が群れながら遊歩道を歩いてくるのが見えた。 

 手に手にペットボトルやら、缶ビールのパッケージの入った袋を振り回している。

遊歩道はそれほど幅が広いわけではないので、他の歩行者の邪魔になっているのだが、いかんせんちょっと危なそうな連中ばかりで、そんなことにはまるっきりお構いなしの様だった。

 と、そこへ連中たちの前から、一人の老婆と、その孫らしい女の子が歩いてきた。

老婆は杖をついており、女の子は手に赤い風船を持っていた。

連中は老婆と女の子の行く手を、明らかに故意に妨害しようとした。

『邪魔だよ!ババぁ!』

一番先頭にいた背の高い、顎の下にカビみたいな髭を生やしたデカぶつが怒鳴った。

老婆は小さな声で謝り、脇へのこうとしたが、その時、奴の仲間の一人が、手に持っていた金属バットで、老婆の杖を小突いた。

老婆は二・三度たたらを踏み、がくっと膝をついた。

『お祖母ちゃん!』

女の子が老婆を助けようとかけよったものの、しかしまだ小さい彼女には無理だ。

ふと、彼女の手から風船が離れ、空に舞い上がった。

風船は桜の樹の枝に絡まって、そのまま引っかかる。

老婆は杖に縋って立ち上がろうとするが、なかなかうまくゆかない。

すると、

俺の隣にいた彼女・・・・岸本早苗がいつの間にか立ち上がり、老婆の側に行き、

『大丈夫ですか?』

と助け起こした・

『おい!なんだてめぇ!』

デカぶつが早苗に向かって怒鳴る。

『謝んな!』

低いが、鋭い声である。早苗は立ち上がり、きっと連中をにらみつけた。

『なにを!』仲間の一人、茶髪のチビがまけじと叫んだが、彼女は一向にひるむ様子がない。

『謝んなっていってんだよ!お年寄りと小さな子供をいたぶって、それでも男かい?!あたしはね、この世の中で弱い者いじめをする奴が一番嫌いなんだ!』

連中は四~五人はいたろう。

早苗の周りを取り囲んで、彼女をけん制しはじめた。

早苗は、スーツの上着を脱ぎ捨て、ブラウスの袖を捲った。

『女だと思って甘く見てんじゃないよ!喧嘩(ゴロ)ならあんたらより、ずっと場数を踏んでるんだ!』

虚勢ではない。明らかに腹の座った啖呵である。

だが、こうなると俺だってぼさっとしている訳にもゆくまい。

『おい、もうその辺にしておいたらどうだ?』

ポケットから手袋を出し、両手にはめながら近づいた。

『なんだ?てめぇ?』

『俺も彼女と同じでね。弱い者いじめは世の中で一番嫌いなんだ。

『なんだと?』

背が低い、トサカみたいに毛を逆立てた男がナイフを抜いたのを見て、おれはベルトから特殊警棒を抜いて振り出した。

『抜いたな?ならこっちも容赦はしないぜ?』俺はわざと残忍そうに、にやりと笑ってみせると、連中もさすがにびびったのか、

『おい、行こうぜ』

リーダーらしきデカぶつがいうと、その言葉に反応し、全員踵を返して、元来た道を引き返していった。

俺は奴らの姿が小さくなるのを見届け、木によじ登って手を伸ばすと、枝に絡まっていた風船を外して戻ってくると、少女の手に手渡した。

老婆と少女は、何度も俺達二人に礼を言って立ち去った後、彼女は俺を見て、

『あの、貴方は・・・・?』改めて驚いたように訊ねた。

 俺は彼女が脱ぎ捨てたジャケットを拾って渡してやりながら、ポケットからライセンスとバッジを見せた。

『探偵さんだったんですか?』

『ま、そんなとこだ』

 彼女はジャケットを着ると、顔を赤らめて、

『・・・・恥ずかしいところを見せちゃって、実は私』

『さ、早くシートに戻ろうぜ。場所取りがいないとなると、お互い仕事に差し支えるだろうからね』

 え、その後?

 別に何もないさ。

 俺は依頼人が来るのを待って、ギャラを受け取ったついでに一杯だけゴチになり、彼女は彼女で勤務先の上司に褒められた。

それだけのことさ。

                               終わり

*)この小説はあくまでも作者の想像の産物です。登場人物、場所、その他一切は架空のものです。















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