第15話

 市街区天井の鉱石は煌々と輝いていた。白く冷淡な光は月の光に似ており、不気味な恐怖さえ感じた。

 普段の賑わいがない今日の夜の街並み。殆どの店は戸を締め、"CLOSE"の文字が書かれた看板を店先に掲げる。突如として人が消えたような感覚に陥り、まるでどこか不思議な世界に迷い込んだ様な違和感を、エリカは覚えた。

 ギルド連合協会会館でも、一階部分のすべての受付機能が停止している。クエストの発注から銀行的機能まで全機能だ。全ては今夜行われている対殺人鬼戦に備えてのことだった。

 そしてもちろんエリカたちも、陽人が殺人鬼戦に行くことを知っていた。

「お婆ちゃん………パパは大丈夫なの?」

「安心しな。アンタらの父親はそんな敵にやられるほどヤワじゃない。」


 ギルド連協会会館の二階部分は、対殺人鬼の避難所として開設されている。家よりももっと安全な場所に避難したいという人が身を寄せる。誘導やトラブル対応はギルド『ましゅまろ*』が総出で行っており、フロア内を駆け巡る姿が多々見られる。

「……婆さんは、怖くはないの。」

「怖くは無いね。何たって、精鋭中の精鋭が戦闘に当たってる。信頼してるのさ、みんな。」

 斯く言う婆さんも、陽人が自分にふたりを預けた理由はなんとなく理解していた。

 街中の狩人はほとんど先頭に駆り出されており、預け手がないのも確か。店や家の全ては戸締りを行い、これらにも預け手がないのは確か。よって、かつてより信頼を得ていた婆さんに預けたという所だ。

 婆さんにしてみてはこれを特に厄介とは思わなかった。若くして夫の家に嫁ぎ、子宝に恵まれずして夫はこの世を去った。幼子を身ごもるのは婆さん自身の夢でもあったが故、子供の面倒を見ることが出来るのは嬉しいことである。

 一方で、先程から珍しく落ち着きのないエリナの事を、エリカは先程から気にかけていた。

「エリナ、大丈夫?」

「……うん。」

 普段ならば冷静かつおとなしい性格のエリナであるが、ここまでソワソワしているのは双子のエリカ自身も初めて見たことである。

「………なにか……胸騒ぎがする…。」

 エリナはそっと胸に手を当てた。

 エリナの勘はよく当たる。自然とわかるものなのか、単純に運がいいのか、将又論理的に考察しているのかはエリカには分からないが、いずれにしろエリナの勘は常に何か当たりがあるのだ。

 その時、二階フロア内がどよめきに満ちる。ガヤガヤと言葉が蠢くかのように、耳元を覆い隠す。

「殺人鬼だ!!一人の殺人鬼が捕まったぞ!!」

 その時ざわめきの中に微かながら男性の声を聞き取れた。

 人々が避けた道の中を、一人の至って普通な面持ちの青年が、体に縄をまかれて二人の狩人に拘束されながら、顔を伏せて歩いていく。防具は欠けたり煤けたりして、激しい戦闘の跡が窺える。

「殺人鬼はグループらしい。こいつはその中のひとりだ。」

 婆さんが二人に囁いた。

 一人が捕まったというだけでも大きな安堵感。腰に掛かっている刀を見て、一体今まで何人をこの刀で殺めてきたのかと想像しただけで、エリカの頭には怒りと恐怖の情が湧き立つ。

「………お父さん……。」

 エリナは隣で静かに呟いた。


 ◆


 ことは急を要していた。

 つい先ほどのことであるが、第15パーティーとの連絡がつかない状況にあるのだ。寸前まで連絡を取っていたはずが、突如として応答が消えたのだ。

「帯刀!!どうだ?」

「だめ!!全然応答がない!!」

「ちっ…」

 先程からずっと帯刀が第15パーティーのパーティーリーダーに魔力通話をかけ続けているのだが、一向に応答する気配もなくただ呼び鈴のみが響いている。応答無しを聞いた遠山が思わず悪態をついていた。

「とりあえず今は超特急で第15パーティーの元へ向かうぞ!!九条が先行偵察している!このまままっすぐ走れ!!」

 迩摩はパーティー全体に語りかけた。

 陽人のパーティーから第15パーティーの地点まではおよそ260mと言ったところ。現時点で一番近い場所にいるのは陽人率いる第18パーティー。よって最寄りの18パーティーが救援に駆けつけるハメとなったのだが………

「ちっ……こりゃひどい……」

 陽人は走る足を止め、切れる息を抑えながら悪態をついた。

 陽人には信じ難い後継であった。殺人鬼と言えば、人を殺し歩くことが目的のように思えるのだが、この殺人鬼は違うと見た。今までの殺人鬼関連の殺人事件とは全く違う、凄惨たる現場。その恐ろしさに、陽人は言葉を失った。

「もう…………誰も残ってないのか?」

 道路の真ん中を覚束無い足を引きずりながら歩いた。あまりの衝撃に足に力が入らないのだ。

 道端には見るも無惨な死体が所々に倒れ込んでいる。商業地区と言うだけあってここは店舗が多く、人が住んでいる民家はほとんど無いが、もし人が住んでいる居住地区であったならばとんでもない事になっていただろう。

 そして何よりも無残なのが、その死体を弄んだ形跡がある事だ。ただの殺人ならば人が殺せればそれでいいはずなので、刺すか斬るかして殺した後はその場に放って置くはずだが、現場の死体には切断された頭部が二つに割られていたり、四肢が切断されていたり、ハラワタが体外に露出しているものなど様々な状態の死体が放置してあった。

「………悪魔か…。」

 陽人は呟くのだった。


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