第14話

 夜がやってきた。

 普段は夜でも賑わっているこの街であっても、今となっては皆夜を恐れて家にこもっている。最近何かと話題の殺人鬼の影響だ。そんなものが無ければ、陽人たちがこうしてお尋ね者をお縄にかけるための一大イベントに参加することもなかった。

「あーあ。にしても、もう夜の9時だぜ?これほんとに来るんかねぇ。」

 遠山が早くも飽きらかしたようで、子供のように道端の小石を蹴っては側溝に入れるという遊びを始めた。

「やめろ。お前何歳児だよ。」

 迩摩がすぐさま遠山に忠告を送る。

 しかしながら、今日本当に殺人鬼が現れるかどうかと問われれば甚だ疑問である。いままで毎晩姿を現している殺人鬼ではあるが、毎日姿を現すという根拠も保証もない。かなり地道な作業ではあるが、犯人の目的も情報も少ない今となってはこれが最善策である。

『こちら第3班。16番通り45-7付近に遺体一名発見。』

 魔力通話から残念な知らせが耳に流れ込む。つい今まで目撃情報が無かったということは、殺害されてからまだ時間が経っていないはず。

 つまり、どうやら殺人鬼の活動は確からしい。

「これで決まりだな。」

「ああ。殺人鬼はどこかに潜んでいる。もしくは、俺達のことを影から見ている。」

「九条さーん!!」

 ハァハァと息を切らしながら走ってきたのは帯刀であった。

「本当に良かったの?エリカちゃんとエリナちゃんを置いてきて……」

「その事については問題ない。風呂屋の婆ちゃんに任せてきた。何かあったら連絡をくれるように言っといたし。」

「そう………。」

 この状況下で離れるのは確かに不安ではあるが、屋外に出ると殺人鬼と接する危険がより増す故、陽人はこれが最善であると考えたのだ。

「 それで?殺人鬼の方は?」

「まだまだ全然だ。どこにいるかも分からない。」

 現在、全35パーティーに分かれて市街地を警戒中である。各パーティーは200m置きに配置され、1つのパーティーあたり6人の狩人が配置されている。ダークホースが警戒を行っていた時は総勢400人を動員しての大規模なものであったが、今回はその400人を120人まで減らし、それに強豪ギルドを加えた総勢330人の精鋭部隊が街の警戒に当たっている。路地が張り巡らされた東京地下大都市はどうしても死角が多く、捜索となると数百人規模になってしまうのだ。

『第8班。目標発見。14番通り88-14。家屋の屋根の上。これより戦闘を開始する。』


 ◆


「戦闘開始!」

 鈴響会ギル長、鬮原 吏仁の号令とともに、一斉に魔力の光弾が放たれる。

 しかし敵はまるで弾道が見えているかのように、華麗に避けていく。

「ちっ!!逃げられるぞ!!」

「待てこら!!」

 駆け出したのはダークホースギル長の釜淵 亮哉である。

「ギルティ・オブ・スオン!!」

 釜淵は盾を地面に叩きつけて叫ぶ。

 スキル『ギルティ・オブ・スオン』は、対象の身体に茨が絡みつき、一定時間行動不能にするスキルである。前衛に多く使われ、周囲攻撃であり、敵の動きを封じることが出来るため支援としてはこの上ないほど役に立つ。


 動きを止めた後にすることはただ一つ。防具の耐久を削るのである。

「放て!!」

 光球は魔法陣から次々と飛び出していく。動かない的には命中しないはずもなく、身動きが取れなくなっていた目標へ次々と光弾が着弾していく。

 煙があたりに立ち込める。白煙は視界を遮り建物の輪郭さえも消してしまった。

「やったか?」

「釜淵やめろ。それはフラグだ。」

 やがて徐々に煙が晴れてきて、淡く視界が見え始める。

 敵は防具の耐久を完全に失い、身体に青い障壁を纏っていた。

 この障壁は、防具を失った際の最後の非常用のバリアのようなもので、一度だけ攻撃を防げるが、それが壊れてしまえば防御力も何も無い状態となる。つまり、この状態にしてしまえば死が確定したと言ってもいいものなのだ。

「もう逃げられないぞ。」

 鬮原は敵の身体を縄で縛っていく。

「名前はなんだ。」

「…………吉田 猛だ。」

 犯人が口を開いた。

「吉田か。単刀直入に聞くが、お前らのボスはどこにいる。」

「は?ボスってなんだよ。」

「ボスはボスだ。名前は綾乃馬 撓乱。」

「綾乃馬?ああ、アイツか。あいつは俺のボスなんかじゃない。俺はあいつに人を殺せと依頼されただけだ。顔も見たことなけりゃ居場所も知らない。」

「なに?」

 主犯は綾乃馬で合ってはいた。合ってはいたのだが、居場所も顔も分からないとなると、早速お先真っ暗である。

「こりゃ、ほかの奴らも知らない可能性があるな。」

「ああ。何はともあれ一人確保だ。こいつをギルド連合協会まで連れていけ。」

「はっ!」

 二人の男に抱えられ、吉田はふらりと立ち上がった。猫背が目立つ長身と言った印象。何より、最後に釜淵を一睨みしたその目は狂気に満ちていた。

「気味の悪いやつだな。」

 鬮原はボソリと呟いた。

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