第9話

「お疲れ様。」

 会議室外の廊下の長椅子に座っていた帯刀が、小声で陽人を労う。

「寝ちゃってたか。」

 帯刀の膝の上にはエリカとエリナが頭を乗せて寝ている。

「途中までは見てたんだけど、やっぱり眠くなっちゃったみたいで。」

「まあ想定内だ。」

「それで、会議はどうなったんですか?」

「とりあえず今は保留だ。『自宅警備隊』がエンシェントドラゴンの生態調査に向かうことになった。レイドはやると思うが、調査が終わってからになると思う。まあ、3、4ヵ月はかかるだろ。」

「そうですか。」

「まあ、今日は帰ることだな。こいつら二人も寝たし。それにもう19時だ。晩飯まだだろ。今日はワイバーンの焼肉パーティーだ。」

「わーい……ってあれ?ギル長はどこへ?」

「アイツはその他ギル長やらと飲みに行くと。まあ、泣く泣くついて行ったんだがな。」

「有名ギルドのギル長たちから誘われたなら、そりゃ断りきれませんね。」

 ギル長立ちに囲まれて酒飲みとか……あいつら酒癖が悪いところあるし、遠山はいじられキャラなところもあるからなぁ………もみくちゃにされて帰ってくるのは目に見えてる。


「そういや帯刀。遠山からの伝言なんだが、俺のいない間ギル長代理頼むぜ副ギル長☆だとよ。」

 陽人がエリカをおぶって、落ちないように位置を調整する。

「うえぇ……マジで言ってます?ギル長の役職ってなかなかめんどくさい仕事多いんですよねぇ。」

「お前なんで俺に対して敬語なんだよ……副ギル長なんだからタメ口でもいいだろうに。」

「えー。でもほらなんか、はじめはタメ口でしたけど帯刀さん年上だし、なんか悪い気がして………」

 そう言って寝てるエリナをおぶったまま体をすくめる帯刀。

「なんだよ、チキンかよ。気にせずタメ口で結構だぞ。」

「えー、だってほら先輩にタメ口ってなんか抵抗あるじゃん?」

「なんでチャラくなるんだよ、普通に話せよ。」

『遊星の虹』のギルド本部まではギルド連合協会会館から徒歩わずか10分。誰かと話なんかして歩いていると、気がつけばすぐに着く。

 ただいまーと言って玄関を開けると早速出迎えがやってきた。

「陽人ぉおぉぉお!!テメェどこ行ってやがったぁぁぁぁあ!!さあ、今度こそケリつけて」

「うるさい、お前は黙って寝てろ!!」

「ぐっふぅぉぉぉぉお!!」

 帯刀の強烈過ぎる蹴りが気怒の腹部に直撃。瞬間その場に倒れ込んで悶絶する。

「全くもう…………」

「あ、相変わらず元気なようで……」

 広間にあるソファーにぼふぼふとエリカとエリナを寝かせて、陽人は腰にエプロンを巻く。

「久々に肩こったわぁー」

 腕をぐるぐる回して肩を抑える帯刀。こいつホントに狩人か?

「さて、焼肉パーティー……と行きたいところだが、緊急会合だなんだでクエストの報酬と達成報告をまだ出していなかったことに今気づいた俺氏。」

「え……さっき会合終わったあとに出してくればよかったじゃん。」

「それが報告用紙をギルド本部に忘れてさ。もっかい会館に行ってくるわ。」

 二度手間で正直めんどくさいけど……

「行ってくる。エリカとエリナよろしく。」

「へいへい行ってらっしゃい。」


 ギルド連合協会へ向かう途中、いくつか飲み屋が立ち並ぶ、大通りに面した『飲み屋街』を通るのだが……

「もしかしてこれ、遠山どっかにいるんじゃね?」

 飲み屋街の軒数は数百軒と言われ、夜になると賑わいが一層増す。

 すると……

「あ、いた。」

 大きなガラス越しに竃淵に絡まれる遠山の姿が見えた。

「うはぁー、やってんなー。」

 竃淵自身はそれはそれは楽しそうであったが、遠山は可愛そうなまでに涙を流す。でも、絡まれるとめんどくさいので、陽人は見て見ぬふりをしてその場を立ち去った。

 ギルド連合協会は夜の7時というのにまだまだ人気が消えていなかった。一回部分のクエスト管理部に終了報告用紙を提出することで、クエスト完了とみなされて報酬をもらうことが出来る。

「お疲れ様でーす。クエスト終了報告持ってきましたー。」

「お疲れ様ですー。お預かりしますね。」

 受付のお姉さんはキャットミングルという猫と人間が混じったような珍しい種族であった。ピコピコと頭の上で動く猫耳は自前である。なんか不思議な感じ………。異世界から来た人種ではあるが、全てが虐待や差別を受けているわけではなく、奴隷として売買されたり安価で雇われたりすることもある。まあどちらにしろいい状況ではないのだが。

「はい、こちら報酬金の103万円です。」

 カウンターの上にスっと小切手が出された。狩人のクエストは命の危険が常に伴う。なので、クエストのランクが上がっていくにつれて報酬金が増えていくため、レイドなんかでは1度に数千万、数億円単位の報酬金が来ることもある。

「それとこちらが、報酬品の『ワイバーンの肉』12kgです。」

「ありがとうございます………って、12kg?」

「お兄さん、この前お食事楽しかったのでオ・マ・ケです♡」

 耳をピコピコ動かしながらウインクするお姉さんはとても可愛い。ああ、エルフ幼女もいいがキャットミングルといいなぁ………いかんいかん!!こんなことしていては!!てか、エリカとエリナに見せらんねえなこんなところ。

「ありがとうございます。それじゃ、俺はこれで失礼します。」

「また誘ってくださいねー♡」

「あはは…………」

 陽人は苦笑をして、肉の入った木箱を肩に担いでギルド連合協会をあとにした。


「ただいまー。」

 ギルド本部一回にある厨房。ここでは毎日朝昼晩、ギルド全員分の飯を作っている。ただの地獄で草。

「おいーす」

「ん?お、九条だ。おひさー。」

 いつも厨房にこもってる料理長の飯吉 愛佳いいよし まなかである。たまーにつまみ食いしに行ってたので、陽人とはかなり仲がいい。

「なんだ珍しいな。お前が飯作ってないなんて。」

「今晩は焼肉パーティーだと聞いていたしね。野菜くらいは用意しておいたよ。」

「そうかい。」

「しかし九条………その格好ってことは、まさか料理を?」

「その通り。ワイバーンの肉持ってきたぞ!」

 調理台の上にボンと置かれたワイバーンの肉は、総量12kg。毎回報酬でサービス精神満載なギルド連合協会まじパネェっす。

「ず、随分もらったね………」

「流石にギルド全員分だったら食いきれるだろと思ってな。」

「まあ、流石にね。それに、ギルド遊星の虹特製秘伝の『虹のタレ』があるからね!」

 秘伝のタレ『虹のタレ』。遊星の虹で焼肉パーティーする時に必ず出てくる焼肉のタレ的なやつだが、飯にかけても合うし、サラダのドレッシング代わりにも合うし、ギョーザとかにつけても合うし、正直万能ダレと言ったところ。にんにくのスパイシーな香りに胡椒と塩ダレが混ざって、そこに絶妙に配合されたハーブが深い香りと風味を生み出す。ほんとにうまいタレだ。

「よし。それじゃ、準備始めますか。」

「了解。」

 そう言って二人は、肉を切り始めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る