第3話


 時刻が23時をだいぶすぎた時であった。テーブルに突っ伏してウトウトとしていた丁度その時、玄関のドアを叩く音が響く。

「ふがっ………!?あ、客か。」

 半ば寝ぼけ状態で目を擦りながら玄関へと歩む。

 どうやら考え事の最中で落ちてしまったらしい。この俺としたことが。

 ガチャリとドアを開けると、「よう!」とこれまた腹立つほどに適当な挨拶をしてくる男性が立っていた。

 彼の名は遠山 大翔とおやま ひろと。陽人の所属するギルド『遊星の虹』のギルドリーダー。所属加入人数87人の頂点に立つ。ギルドのモットーは「常識の範囲で自由!」らしい。よって他のギルドよりかは規約や規則の縛りではゆるい方だとかなんとか。

 ちなみに陽人の旧友でもある。

「お前から呼び出すとは珍しいじゃないか。なんだ?女の悩み事か?」

「馬鹿言え。あいにく女と金には困っちゃいない。」

「そりゃそうか。あんなに美人で綺麗な妻がいたし。おっと失敬、今では元妻だったな。」

「からかうのも大概にしとけよ。今度言ったら頭を挽肉にするぞ。」

「悪かったよ。」

「はぁ…………。まぁいい。入ってくれ。」

 陽人は終始イラつきながらも、遠山を家へと招き入れた。


 極一般的な六畳間。タイルの床に煉瓦の壁がなかなかレトロな雰囲気を醸し出す。

 部屋の窓際にタイル製のシンクがあり、そのすぐ傍らに竈がある。我が家でも自慢の台所。なかなかいい調理器具も揃っていて、再開発地区でありながらうまい飯を食べれる。

 その反対側には大きな自作のダイニングテーブルが置かれている。陽人が狩りのついでに巨木『ウォルウォルバの木』を使って作った、なかなか高級な家具。

「まあ、座ってくれ。」

「へいへい。」

 陽人の声と同時に、遠山が椅子に座る。

「で?急に魔法通話で連絡が来たと思ったら、一体なんの用だ?」

「………子供を拾った。食べ物をねだってた所を見ていたたまれなくなってな。それで、双子の少女を育てることにした。」

「養子か?」

「いやまあ、そうとも言えるな。」

「お前が子供を拾って育てるとは、随分丸くなったな。」

「全く同じことを誰かさんにも言われたぞ。」

 俺は昔からこいつと話をしていると、一向に話が進まない。いろんな方向に脱線してしまってなかなか本題を切り出せないことがしばしば。まあ、それも一興だし、久々に会ったからこんなもんだろ。

「それで?相談ってのはその子供たちの事か?」

「そうだ。さっき、晩飯を作る前にちょっと昼寝してな。その時にちらっと見えたんだ。………………三角の耳が。」

 陽人は遠山の顔色をうかがいながら話を進める。遠山は相変わらず呑気な顔をしているようだったが、先ほどとは声色をガラリと変えて告げる。

「エルフか。」

 エルフは本来空想上の生物に過ぎない。1400年前の第一次次元断裂時に異世界のモンスターが現世界に流入。人々は地下への移住を余儀なくされた。それから200年後、第二次次元断裂がおきた。この時にエルフが流入してきたとされている。長らく地上で生活していたエルフは、60年ほど前までその存在を知られることがなかった。しかし……

「60年前、一人の狩人がエルフと遭遇、連れ去られる事件があった。日本の異世界の種族に対する認識は、自分たちの領土を侵した侵略者に過ぎない。その恨み意識もあってか、ここ20年ほど前までエルフに対する虐殺・差別が絶えなかった。」

「狩りへ行った狩人がモンスターを倒したついでに周辺のエルフの集落を襲うなんてことは度々あったな。」

「ギルド『ダークホース』が作った規約と取締のお陰で差別意識や虐殺等行為は減ったが、それでもまだ一部の人には差別意識が根強く残っている。治安の悪い再開発地区では特にそれが起こりやすい。」

「ああ。わかってる。でもだからと言って、あいつらをほっておくにはいかないだろ。」

「それもそうだけど、エルフの子供がいるっていう時点でお前も奴らに身を置く侵略者って位置づけになるんだぞ?」

 陽人の言い分もわかる。しかし、遠山の言い分も最もであった。差別意識がまだ残る現状、世間にいい目で見られる可能性は薄い。ましてやそれがエルフならば最もである。この世の中で、彼女らの人種を隠して生活していくには限界があった。


 時は夜半、カルペオンクリスタルの光は昼間よりも弱くなる。その光は薄白く、月光にも似ていた。

 窓から差し込むカルペオンクリスタルの光で、エリカはふと目を覚ました。時計の針は午前1時を指す。隣のエリナはすやすやと寝ている。半寝ぼけで今一度布団に潜ろうとした時、隣の部屋から声が聞こえた。そこは、いつも朝昼晩の食事をとっているダイニングキッチン。一人はおじちゃんの声。しかしもうひとりの声は聞き覚えがなかった。

 エリカは恐る恐る耳を澄ました。


「やっぱり、彼女らをここに置いておくのは得策じゃない。陽人、お前もわかるだろ。」

「そうだけど……見捨てるなんて俺には……」

「充分わかるが、エルフを養うのは流石にまずい。リスクがでかいし何より……………そんなことしたら、お前までも悪者に……」

「………俺は………俺は………」

 陽人は言葉を詰まらせた。助けてやりたい。救ってやりたい。ただそれだけなのに、あの小さな二人を育てたいだけなのに、『人種』の二文字が絡むだけでこれほどまでに分厚く高い壁になるのかと、陽太は頭を抱えざるを得なかった。

 その時。

「おじちゃん………」

「……………エリカ…」

 後ろからか細い声が響いた。

「私は………ここにいちゃだめなの……?」

 投げかけられた疑問は、重く苦しいものだった。

「エリカとエリナは、ここにいちゃだめなの………?」

「ち、違うっ!!そうじゃない!!」

「陽人!!」

 遠山の声で、ぐちゃぐちゃになっていた思考がスッと戻った気がした。

 陽人は振り返り、遠山の表情を見る。険しいものだったが、「お前が決めろ」と言っているかのようでもあった。

「………エリカ…その、なんと言うか……」

 するとエリカは目尻に涙を浮かべて、深々と頭を下げた。

 そして声を震わせながら

「…………ごめん…なさい…。エリカがエルフで………ごめんな…さい……。エルフが………悪い…人で……ごめんなさ………い……」

 咽び泣きながらエリカは謝罪した。

 陽人はひどく心が痛むのを感じた。ズキズキと胸が締め付けられるようだった。

「………ごめ…んなさ………い………。だから、ここに……いさせて………くだ…さい………。おじちゃんと………いっしょに……いさせて……くださ………い…。………お願い……します……。」

 陽人はいたたまれなくなって、思わずエリカを抱き寄せた。

「…大丈夫。大丈夫だから……。ずっといっしょにいるから。エリカもエリナも、いっしょに。だから、泣くなよ。エルフの涙は幸せの象徴なんだぞ。その涙は嬉しい時に取っておけ。」

「うぅっ………うっ……グスッ……うっ……」

 エリカは必死に涙をこらえようとするが、溢れ出るものは止まらない。気づけば陽人も頬を伝い流れるものがあった。

 いつから聞いていたのか、ダイニングキッチンの出入口のところにエリナが立って涙を拭っていた。

「エリナ……おいで。」

 そう言うとエリナは必死に涙をこらえながら走ってきて、そのまま陽人へと抱きつくのであった。

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