第三話『第四使徒 硯屋銀子』3

「お待ち! さあ、早いとこ食ってくれ!」

 かたん、と木の質感を感じさせる高い音を伴って、寿司下駄が大理石のテーブルに置かれる。ソファに腰かけて脚を組み、頬杖をついた女王の御前。

 建物全体の絢爛たる壮大さと比較すればさほど広くない、楽土宮殿のサロンであった。天井まで伸びたガラスの大窓を境として、砂利敷きの中にタイルで回廊めいた道が伸びる中庭に面していた。既に湘南の冬の陽は暮れ果て、内には小作りなシャンデリアの輝きが煌々と、外には寒風の中で儚げなれど趣のある灯篭様の防犯灯がぽつぽつと。そして、闇に溶け込みながら、上空を警戒するかのように落ち着きなく周囲を見回す少女の影ひとつ。

 比較して、無音こそがその質を高らかに謳い上げる空調によって支配された室内は暖かなものだった――ただ、きんと冷えた氷水の桶に浸される少女の手を除いては。

「ええ、頂きますわ」

 眼前、女王は凛として在る。ただ目の前に立ったまま手を冷水に苛み続けている同級生に気を遣うことはない。それは冷徹ではなく、部下にあたる少女が誇り持つ職人の精神を尊重しているが故のことであった。

 吊り気味の目を飾るゴールドのアイシャドウ。大きな翡翠の瞳、煌めかせて――高貴なる『魔女離帝』のマハラジャ、楽土ラクシュミは左手でウェーブがかった前髪を掻き上げる――本来は左利きである彼女が、ヒンドゥーの文化を離れ無宗教を自称してもなお手掴みの食事に際しては右手のみ用いようとするのは、もはや単なる癖に過ぎないのであろうか。いずれにしても、彼女はすべすべとして長いチョコレート色の指を伸ばし、寿司を摘まもうとした。まずは左端、彩りも鮮やかなネタの数々を風神雷神が如くして挟み込む玉子焼きのうち左翼の一貫。

「おっと」

 す――と。

 翡翠の瞳、突き刺さんばかりに――テーブルの対面に立っていた金髪に小判帽の少女が、年季の入った包丁をラクシュミの眼前に振り下ろす。黒髪、はらりと揺れる。職人の名は松尾ザラメ<マツオ・―>、『魔女離帝』親衛隊に籍を置く鬼百合女学院の二年生であった。絆・ザ・テキサスによって統括される親衛隊は、血の気の多い者を揃えた特攻隊とは対照的に、防衛や諜報を得意とする性質の喧嘩師および非戦闘員から成る。その中には、特筆さるべき技能を以てマハラジャに奉仕する者も含まれていた。たとえば料理人のように。

 だが――

 どんな立ち位置であれ、『魔女離帝』に所属する以上、楽土ラクシュミを絶対の主君と仰ぐことこそが唯一のアイデンティティの証明であるはずだった。そうしてひとつの大きな旗印の下で群れることこそを悦楽と認識している半端者たちとて、不良少女であるのだから――そうした筋を通すことは、最低限のプライドであるはずだった。しかしながら、ザラメは拍子抜けするほどあっさりと、ラクシュミに刃物を突き付けた。

「言い忘れたな――玉子は右からで頼むぜ、マハラジャ。基本的には好きな順番で食ってくれていいんだが、左の玉子だけはちょいと仕掛けをさせてもらったんでね」

 研ぎ澄まされて張り詰める、室内の空気。ザラメの勝ち気そうな視線は、ただ己の握った寿司にしか注がれていない。当たり前のように仕える王たるラクシュミに刃を向けているが、きっと彼女の中に叛逆の心は毛の先ほども存在していない――ただ、出した寿司を客に完璧な状態で食させることしか考えていないのだ。松尾ザラメは天性の寿司職人であり、寿司職人以外の何者でも在り得ない。鬼百合女学院に身を寄せながら、きっと自身を不良と思ったことすらないのだろう。

 その狂気めいて静かなる専心ぶりを買って、楽土ラクシュミは彼女の手を取ったのだ。彼女の、生まれつき体温を保ちにくい、ただ寿司を握るためだけにデザインされたかのような手を。

 黒く染め残された眉がぴくりと動き、ラクシュミの美しく波打つ黒髪を見下ろす。

「……ええ、ええ。よくってよ松尾さん。わたくし、自分で見込んだ方の仕事は全面的に信頼しますもの」

 抜き身の刃物を眼前に振り下ろされながらも、ラクシュミは長い睫毛を瞬かせ、涼やかな微笑と共に小さく頷いた。褐色の額、汗のひと雫たりとも浮かべることなく。ここは紛れもなく楽土宮殿、彼女の居城でありながら、料理のサーブ時に関しては彼女よりもシェフの方に主導権が与えられる――他ならぬ彼女自身がそう取り決めたのだ。故に、ラクシュミは指摘を受けたことを恥じるでもなく右の玉子焼きを選び直す。視線で。

 だが――すぐにその寿司を手に取るのではなく、ふ、と小さく息をして楽土ラクシュミはソファを立った。優雅に、室内着であるシャンパンゴールドワンピースの裾、翻して。

 その優雅たる身体の流れに、迷いは一片として存在しない。それは自然の摂理であった。楽土ラクシュミという少女は、そういうものとして生まれついた。この青く平等な星の上で、彼女こそはひとつの確固とした引力であった。故に、彼女に服うた者という属性を帯びた松尾ザラメさえも、我に返って包丁を宙に泳がせる。

 楽土ラクシュミが、席を立った。サーブされた食事を前にして。型破りな王であることは間違いないとしても、既存の礼や作法を重んじる彼女にしては珍しい行動であった。だが、その理由というのも単純なもの。ただ、ただ、欠けていたからだ。礼よりも作法よりも、楽土ラクシュミにとって何よりも重いものが、その席には欠けていたからであった。

 故に楽土ラクシュミは席を立った。髪を掻き上げて。入浴を済ませてチョコレート色のまま火照る肌に張り付くワンピースを、悠々と揺らしながら。豊かに発育した乳房を支えるように腕を緩やかに組んで。

 強い――喧嘩も強いがそうした意味ではなく、存在の強度が純然として高いのだ。眉をきりりと吊り上げ、微笑さえ浮かべながら、彼女が伸ばす手の先に過ちはない。きっと、きっと今宵は、少なくとも。

 観音開きの白い大窓、開け放ち。

「絆! その辺りでもうお終いになさい。早くお酌して頂戴な」

 身を乗り出すと、寒風の中で勢いよく吹き込む中で何の躊躇もなく、よく通る声を張った。

 吹き込む宵の風、頬に冷たくて――ラクシュミは目を細める。口元、歪めながら。

 堂々たりて――王道たりて。

 鬼百合女学院最大勢力『魔女離帝』の主、少女たちの箱庭を治める理事長。全ての王たるその器、楽土ラクシュミは――付き従うひとりの少女のために、閑とした葉山の夜に喉を強く震わせた。

「……はい。直ちに」

 呼応する声、ひとつ。ひとつきり、冬の宵闇のどこかから。

 中庭に立ち尽くし、周囲を見渡していた少女――茶髪の少女。彼女など、ラクシュミの翡翠の瞳は捉えてもいなかった。

「クッ……ソが! オラァ!! 出てこいっつーんだよ、テキサァス!!」

 獰猛な八重歯を剥き出しに、ツインテールを振り乱して、中庭に立ち尽くしていた少女は荒々しく叫ぶ――小勢力『鳴物姉妹<ナリモノシスターズ>』、その頭を務める彼女は「ホイッスル」と綽名されていた。首から提げた真鍮のサンバホイッスルがトレードマークであるから。

「メガホンとデンデンの分まで、アタシがテメエをブッ潰してやっからよォ!!」

 ウールセーターの襟元を引き伸ばして気炎を吐くが、三白眼には焦燥。口元が腫れて、擦過傷は土の色に汚れている。『魔女離帝』の頭潰しを掲げて自宅まで乗り込んできたはずだったのに――楽土ラクシュミはおろか、堂々と正面玄関から特攻してきたホイッスルを人目につくからと中庭へ連れてきた仏頂面の従者にさえ、拳骨の一発も入れられていない。

 乾いた夜の微風は、滴る汗を凍らさんばかり。焦り、苛立ち。渾然一体となってその胸を掻き毟る。

 つまらなさそうな無表情が、瞼の裏に浮かんでいた。不良少女としての筋を通しタイマンを望んだホイッスルを、きっと意識の最下層にさえ留めようとしないまま防犯灯を蹴って屋根の上に姿を消した。笑わない道化師、『魔女離帝』の魔女。

 彼女を同期最強と語る時、苦々しい顔をしない鬼百合の一年生はいない――これほどに。これほどに他者の不良少女たる矜持を踏み躙って平然と立っている絆・ザ・テキサスという女を、誰ひとり、誰ひとりとして捻じ伏せられずにいるのだから。

 だからこそ。だからこそ、ホイッスルはここで彼女を倒すのだ。倒さねばならないのだ。ひとりの不良少女として。『魔女離帝』に一矢報いなければ、こんな自分についてきてくれた舎妹(スール)のふたりに顔向けができまい――

 だが。

 だが、肉と骨の戦鎚はあまりに非情で。

「……もう夜ですよ」

 かひゅっ、と。

 ホイッスルの唇から、息が漏れる。音はなかった。右の脇腹に捩じ込まれたのは膝、至近距離での膝蹴り。さらに背中に一発、薙ぎ払うような回し蹴り。よろめいたホイッスルはツインテールの片方を引かれ、質の違う苦痛の一瞬の後、さらにズンと深く腹部に膝を突き上げられる。

 迅雷。

 そうとしか、捉えられなかった。そこに発生したのは現象であった。滝の水が流れ落ちるように、当然の顔をして暴力がホイッスルの肉体に四方八方から降り注いだ。ひとつひとつの痛みを感じる間さえ与えられなかった。

 いつの間にか。

 いつの間にか、細い身体を捻って、屋根の上にいたはずの彼女は飛び降りていた。銀世界が如き無色を基調としながら、毛先、虹の七色に染め分けられた――ふたつ結びのお下げ髪が、細波のように躍って。

「あ、」

「ピーピー吹かれては、近隣に迷惑ですので……」

 セーターに緊張がかかる。何かが振り返ったホイッスルの襟首を掴んだ。何か、否、誰かが。誰か――ポンチョの飾り紐、揺らして。幽鬼が如き女の右腕。笛を吊るしたナイロンの紐が、うなじに強く食い込む。遮二無二振り回した腕は虚しく空を切る。視界の端に砂色翻る、翻る。左手、一度はなんと帽子を触った。己が頭上のテンガロンハット、落ちないように軽く触った。目の前のホイッスルを殴るべき手で。その一動作がホイッスルの脳天に、瞬間、血を上らせた。

「てン、め」

 だが、彼女が身を捩るその一瞬で、表情なき少女は拳を引いていた。

 衝撃を受け流せないよう、しっかりと頭部を掴まえた上で――

 細い腰の捻りを乗せて、絆・ザ・テキサスの固く握られた左拳がホイッスルの鼻っ柱を撃ち砕いた。

 振り抜かれたその一発が少女の顔面に突き刺さると、まるで剛速球がミットに収まったかのような鋭い音が夜に響いた。笑わない道化の左腕は、その時、何の種も仕掛けもなくただ直線軌道で振るわれたのだった。残像さえ後に残る、彗星が如き美しさの直線。終わりを意味したその打撃を、ホイッスルは視認することも叶わなかった。

 サンバホイッスルの紐が千切れて、それを名札にしていた彼女自身は発条仕掛けの玩具のように勢いよく仰向けで倒れ込む。……中庭、砂利の中に敷かれたタイルの道の上へ。

 嫌な音が響いた。そしてそれきり、夜は静かになった。

「マハラジャのお屋敷にまで乗り込んできておいて、これですか……他愛無いですね、実に」

 飛び散った血液をステップで避けた絆は溜息をつきながら指に残ったサンバホイッスルを投げ捨て、手品のようにどこからか愛用のタブレットを取り出して指を滑らせる。楽土コンツェルンの息のかかった病院へ、救急搬送を要請する。捲れ上がったスカートを直すことも出来ぬまま、ホイッスルの意識はとっくに弾け飛んでいた。倒れた彼女の様子は夕食前にまじまじと見たい代物でもなくなっていたが、絆・ザ・テキサスはそんなことを気に留める性格ではなかった。タブレットを脇に抱えたまま、傾いたテンガロンハットを取って胸に当てる。

 喧嘩は、終わった。

 打ち伏せた少女にとってこの殴り合いがどんな意味を持っていたのかなど、どうでもいいことだった。年上の部下ということになる寿司屋の娘をわざわざ宮殿に招いて設えた、楽しいラクシュミとの夕食を邪魔された――絆にとっては、その事実の方が遥かに重大であったのだ。

 窓枠に近寄って主の前に片膝をつく絆。細身で眼光鋭い彼女がそうしていると、狩人に付き随う猟犬のようにも見えた。目を伏せ、相変わらず硬い表情筋をぴくりともさせずにそっと言葉を紡ぐ。

「お待たせしました、マハラジャ」

「ええ、お疲れ様。気は済んだんですのね」

 手を腰に当て、彼女は笑う。眩き太陽、絆の王。輝けるひと。勝ち気そうな眉は、しかし微笑みを意味するアーチを形作っている。

「……滅相もありません。私は、マハラジャの剣として速やかに排除を」

「あらそう? わたくしには随分イキイキとして見えましたわよ、貴女」

 意地悪めかして、目を細めてみせる。窓枠に肘をついて。ラメを散りばめて輝く漆黒の長い睫毛、蠱惑的に震わせながら。

 悪戯を見咎められた子供のように、絆は下唇を軽く噛んだ。視線、小さい振れ幅で泳ぐ。

「はい。……彼女の体格は、数値上『酔狂隊』第二使徒・養老案<ヨーロー・アグネ>とほぼ一致していましたので。彼女と接敵した場合のイメージトレーニングに使えるかと期待したのですが……とても」

「うふ、可愛い子。別に怒ってはいませんのに。わたくしの絆……勉強熱心ですこと」

 こちらへいらっしゃい、と窓越しに手招きするラクシュミ。いくら女王の誘いであれど、足を上げて窓枠を踏み越えるような蛮行はせず――あくまで秘書らしく、淑やかに。スラックスにポンチョ、被り直したテンガロンハットといつものカウボーイルックをした絆は、音もなく立ち上がり、静かにガラス戸を開けて美しい象牙色をしたサロンの中へ帰ってゆく。

 ワンピースの裾をたくし上げながらソファに腰を下ろしたラクシュミは、隣をぽんと叩いた。胸元に手を遣って礼をし、絆は長い脚を組んだ主の隣に座る。松尾ザラメに目配せをすると、頷いた彼女が足下の鍋で湯に浸けていた燗の徳利を持ち上げてくれた。東北地方から取り寄せた最上級の大吟醸。

 とくとく、と水音。ふわり立つ湯気。冬の夜風に冷えた白い肌をマハラジャの身体に触れさせてしまわぬようにと繊細に酌をする絆であったが、上等な日本酒を口に含んで鼻腔から満足気な息を漏らしたラクシュミはその褐色の指先を絆の頬から耳へ這わせた。それから、つい今しがた人を殴ったばかりで赤みが差している左手の指を取って、自らの指を絡める。

「マハラジャ、イチャついてるとネタが干からびるぜ」

「……そうでしたわね。松尾さん、絆の分も握り始めてくださる?」

「あいよ! ……っと、まあ、じゃあこいつはあたしが夜食に頂くとするかね。あんたら上客には最高の状態で食ってもらいたいからな、マハラジャの分も握り直させてくれ」

 そう気風良く笑って、ザラメはラクシュミの前の寿司下駄を下げ戻す。

「あら、悪いですわね」

「いいや。『誰と一緒に食うか』だってメシの味を左右する大事なファクターさ。そこにこだわるのを咎めるあたしじゃあない」

 ラクシュミと絆の顔を見比べながら、再び玉子焼きに包丁を入れていくザラメ。

 輪郭の細い絆の顎の下をからかうように撫でながら盃の日本酒を舐め、女王はその仕事ぶりを見ていた。

「さあ、絆。わたくしと一緒に右の玉子焼きの秘密を考えてくださいまし」

「右の玉子焼き……?」

「松尾さんが何か仕掛けをしたらしいんですのよ。最後に出してくださるはずですわ」

 絆は硬い表情筋をぴくりとも動かさず、顎に指を当てた。

「ああ……ギーとガラムマサラでしょうか」

「へ?」

「キッチンをお貸しした時、松尾先輩に頼まれましたので……バターの代わりにギーを使ってなめらかに香りを立たせながら、スパイスを混ぜ込んだ玉子焼きを作って……インド風オムレツ寿司、と言ったようなものに仕上げたのかと。香辛料は刺身の繊細な風味を阻害しますから、最後に召し上がって頂きたかったのだと思います」

 食するどころか、下げられた寿司を一瞥することもしないで。

 絆はお下げ髪の先端を弄りつつ、すらすらと述べてみせた。

「……」

「ははっ、こりゃ敵わないな隊長! 流石は楽土宮殿の総料理長、ってとこか」

 シンプルな方の玉子焼きを仕上げて鯛に取り掛かりながら、ザラメは笑う。そもそも彼女は別にラクシュミに対して謎掛けをしたつもりはなくて、単に自分の工夫を見抜いてくれる一流の料理人の存在が嬉しかったのだった。

 だがしかし、彼女たちの王にとってはそうもいかず。

「この! 娘は! 本当に! そういうところですわよ絆!!」

「……痛いですマハラジャ。痛いですマハラジャ」

 ラクシュミは絆の手首を掴み、執拗に「しっぺ」をする。

「本っ当~~~に面白味のわからない子ですこと!! 貴女、本当にオープンキャンパスを仕切るおつもりですのォ~~~~~!?」

「そちらは、ええ、首尾は上々です。首尾は上々、楽土は王道……と言ったところでしょうか」

「やっかましいですわァ~~~~~!!」

 白い歯を剥き出しにしたラクシュミは、がくがくと絆の細い肩を揺さぶりながら、唐突にくすくすと笑い出す。……楽土ラクシュミがこんなことで本当に激怒するはずもなく、これもまた彼女たちふたりにとっていつも通りのコミュニケーションなのであった。

「……そうでした、差し出がましいようですが……マハラジャ。オープンキャンパスのミスターコンテストにおける我々『魔女離帝』代表の件です。羊崎<ヒツジザキ>先輩かユさんの方向で進めていましたが……松尾先輩はいかがでしょうか。背も高いですし、きりっとしたお顔立ちですから男装もお似合いかと」

「あたしか?」

 鰤のキッツケを取り、三手で握りの形に整える。手早くしかし緻密に仕事を進めていた松尾ザラメは、切れ長の目をぱちくりさせた。

「確かに……悪くありませんわね」

 唇を尖らせ、しげしげとザラメの顔を見つめるマハラジャ。持ち前の男勝りで姉御肌な性格に江戸前寿司のツケ場に立つことで磨かれた職人の風格が加わって、確かに勇ましく中性的に見えるところがあった。彼女であれば当日のステージパフォーマンスにも困らないだろう。

 だが、しかし――どこか不服を隠し切れないような褐色の少女をちらと視界の端に入れ、ザラメは唇の端を歪める。おまかせを頼まれれば、初対面であれ目の前の客を見て握るネタを考えることになる。必然、腕利きの寿司職人は人を見抜く力に長けているのだった。

 ――店の宣伝になるなら、悪くない話ではあるんだが……ま、ここは援護してやるとするか。

 ――にしても……このインド人の姉さん、今度は何を企んでるんだろうな?

「マハラジャ。あんたは恩人だ――楽土系列の出資を受けられたから、うちの親父は店を畳まずに済んだ。寿司の腕前には自信があっても、顔のつくりには無いんだが……ミスターコンでも何でも、あたしが役に立てるならやるぜ。ただ」

 光り輝くトロの握りを、寿司下駄に並べ。

 松尾ザラメは、にやりとした。

「男装して女子の人気を競い合うってんなら、あたしより――テキサス隊長の方がよっぽど向いてるんじゃないか?」

「……何を仰るかと思えば。そもそも」

 微かに目を見開いた絆の否定を、遮って。

 盃を傾けたラクシュミも、嬉しそうに頷く。

「まあ奇遇ですこと。わたくしも絆が相応しいと思っていましたの」

「マハラジャ?」

 かくして――

 絆・ザ・テキサスの男装ミスターコンテスト参戦が、決定したのであった。

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