ほんの時々の、空想よりも素敵な現実

ろ~りんぐ

第1話 ほんの時々の、空想よりも素敵な現実

 図書室は、私の最高の時間を提供してくれる場所だ。

 昼間50分、放課後は4~5時間。毎日運動部の練習時間終わりまでほぼ毎日ここにこもる。図書委員なんてものはあるけれど、本好きの一握りが行っているだけで他は幽霊委員と化している。特に毎日毎週私がここにこもるから同級生や後輩たちもほとんどが別のことをしている。

 さてさて、この教室2.5個分の空間。ここがなぜパラダイスなのか。後輩生徒が借りに来た本の貸出を行うために今読んでいる本を閉じる。本の後ろからカードを引き抜いてクラスと名前を記入、出ていく生徒を見送る。

 今ここには15人ほどの生徒がいる。単純に本が好きだったり、受験のために勉強をしに来ている先輩だったり、星占いを見ている同級生……。

 ここには、空想が飛び交っている。

 受験勉強に励む大柄な先輩が持つ赤本はここらでは偏差値が高い大学だ。なぜ彼はそこに行きたいのだろう。未来勉強したいことがその大学の学部学科にしかないのかもしれない、その大学に尊敬する先生、先輩がいるのかもしれない、もしかしたらそこがおうちから一番近い大学なのかもしれないし、ただ単にそこの食堂が特別おいしいのかもね。もしかしたら単純に横にいるきれいな彼女と同じ大学に行きたいだけなのかもしれないし。

 星占いをしている女の子。グラウンドに一番近い席を陣取っている彼女は牡羊座の本をもう穴が開くように、食い入るように見ている。かと思いきやグラウンドの方を見て、私から唯一見えるパーツである耳を真っ赤にしているのがわかった。この子はきっとサッカー部か野球部の誰かが好きなのだろうかな。

 そして本好きの生徒たち。彼らがもつその空想の形は手がかりがなくて、それこそ無限大だ。その本の語り手となって物語を体験しているのかもしれないし、神様のような三人称視点となって登場人物の行き先を見据えているのかもしれない。主人公以外のだれかになりきっているのかもしれない。そもそも本に没入しておらず、その物語の中の新たな登場人物となっていて、その世界において別の道を歩むかもしれない。もしかしたら本の世界ですらないのかもね、自分が思う大切な世界、面白い世界、くだらない世界、きれいな世界に汚い世界、当人しか表現できないそれはもう素敵な世界が広がっている。

 ああ、ああ!! なんと空想とはすばらしいものだろうか。空想とは有史以前からヒトと共にあった。感情が現れてからすぐに空想はヒトに寄り添い、ヒトを支えている。空想がなければ人は多様性を持てなかったし、今の私達のこの快適な世界だってなかっただろう。空想は無限大で、無限の将来性を持つ。

 私は空想好きだ。他人がひりだして本という形にした空想を読むのが大好きだし、それを他人が見て枝分かれしていく空想も好きだ。空想妄想夢想、想いは何かと触れて色や形を変えていく。私という一視点では網羅なんてしきれやしないし、そもそも私という一個人の色眼鏡ではどうしても色も形も変わっていく。その真実の思いを見れないことが、本当にもったいなくて、心地がいい。知らないことはいいものだ。

 毎日毎日最高の時間を過ごしていると、鐘と共に下校時間になるという方法が鳴り出す。もったいないなぁと思いながら帰りの準備をして待つ。生徒が帰って後は鍵とここの電気の消灯だけ、廊下の電源が切られてこの図書館以外真っ暗に。

 全部の処理が終了し、下校時刻まであと3分というところで図書館の扉が開く。


 「…………」

 「……帰るぞ」


 ジャージのデカい男が入ってくる。私は頷いて図書館の電気を消して鍵を閉める。戸締りを再確認してから非常灯の暗い緑色の光を頼りに職員室に向かい金庫に鍵を返す。大男が先導するがまま階段を下りていき昇降口で靴を履き替えて門を出た。


 「……カケル、清涼剤くさい」

 「……すまん、やりすぎたかもしれない」


 大男、佐藤駆がちょっと小さくなった。





 私、形部理央と佐藤駆は幼馴染だ。年は私が一つ上の2年生。カケルはバレー部に入っている。きっかけはたぶん私だと思う。小さなころにバレーボールの漫画にはまってカケルを巻き込んで読んでいたから。にしても小学生1年からずっとやってるわけだから10年とずいぶん長続きしているものだ。

 私は毎日カケルと一緒に帰っている。私もカケルもどちらも相手のことが好きだとかそういう感情はないけれど、学校から駅まで20分、最寄り駅から私の家まで15分、カケルの家までは20分。近辺に不審者がよく出ているとのことで不安がっていたうちの親に対してカケルの親が「図体ばかりデカいこいつならば不審者も寄り付かなかろう!!」と息子を犠牲に出したばかりにカケルは今年の夏が始まる前から私と帰るのを強制されてる。部活の先輩や同級生と共にかえって買い食いしたいだろうに。

 罪悪感ゆえに帰り道のコンビニで週に2回くらいホットスナックを買ってやる。


 「ほい」

 「ん」


 ホットドックを受け取ってかぶりつくカケル。私はあんまん……あつっ。


 「で、どーなのさバレー。スタメンとれそう?」

 「……無理。セッターは3年生の先輩が強すぎるし、ブロッカーとして俺は調子がいい時と悪い時の波がひどすぎて悪いときは話にならん」

 「いいときは先輩にも負けないの?」

 「……たぶん。でもアベレージで比べて先輩たちの方が強い」

 「186あってもスタメン取れないって、やっぱうちの高校強いんだ」

 「今年はたぶん春高いける、というか行く」


 カケルはなんというか、がきんちょだ。だけれどがきんちょが故にやりたいことをしっかり口に出すことができる。

 カケルはカケルで、自分の空想を持っている。仲間たちと一緒に公式戦で勝つという空想を。

 カケルの持つ空想は現実から延長したものだ。理想の自分、理想の自分たちを思い描いてそれを実践する。なりたいものを自分の中で所持し、研鑽を重ねてなりたい自分になる。それもまぎれもない空想の一つの形だ。


 「ま、やりたいようにやんなよ」

 「……ん」





 11月は案外冷えるものだ。まだ雪は降らないけれど風は冷たいし、雲は悲しそうな色をしてるし。ただその雲さえ晴れてしまえば空気が澄んできれいな青が見える。

 行きはカケルなし。朝練でアイツは7時から出ている。すさまじい熱量だと思う。もしかすればあいつはバレーでご飯を食べるようになるかもしれない。いやまあみんな同じような努力をしているだろうけど、そう思うのは幼馴染の色眼鏡かしらん。

 すれ違う人らを見る。学生がちらほらとスーツ姿の男女が一組。彼らは営業のチーム? それともカップルなのかも。

 もしもチームならば。年下の女性はきっと仕事始めかな。ネクタイをきっちりした男の人が先輩で、女性の教育係だ。初めて営業先に行って、私も仕事に参加しますというアピールをする。彼女と彼は取引先とお話をしていき、あらたな仕事を作り出す、ソリューションだ、空想を現実にしていくのだ。

 もしもカップルならば。同じ職場で働く二人が会社へ行くための駅に向かっている。二人は今日はどんな仕事をしようか、どのようにすれば上司に面倒をかけられずに済むかを話し合って、そして今夜は何を食べようか、週末のデートはどこに行こうかと考えるのだ。もしかしてもしかすれば、結婚式とかを考えることも?

 ……………………いいなぁ。

 今は誰とかはないけれど、あの白を身にまとうのはちょっとした憧れだ。

 全ての道、全ての時は空想に通じている。空を想うのはとても楽しいことだ。


 「あ、電車間に合わない」


 こんなことはあるけれど。





 図書室から体育館までは遠いし、何をしているのかも見えやしない。今日の客は例の赤本の先輩男子と星占いの子、今日は服部先生が1年生の男子を二人連れて数学教本を手に取っていた。毎日めんどくさそうにしている服部先生だけど、意外と勉強が苦手な子に対しては熱心に教えるのか。しらなかった。

 漫画を読むたぶん元野球部の先輩。いいのか? とも思う。ここで私の空想ギアが回りだす。

 先輩はきっと野球部のエースで大学推薦が決まっている。なので勉強もせずにのんびりと大学へのモチベーションを上げている……。

 と思った瞬間に気の強そうな眼鏡の女子の先輩が図書館の扉を激しい音で開ける。全員の視線が扉に集中し、野球部っぽい先輩はひどくうろたえる。

 眼鏡先輩がこっちに「ごめん!」といってから野球部っぽい先輩の耳をひんづかむ。イテェイテェ言う先輩を「逃げんな!!」と一喝しながら連れてく。「あんたいつまで受験さぼってんの!!」とか言っているあたり私の空想は大外れだった。

でも、こっちの方が面白い。空想は現実にない動きを取ることができるが、時に現実は空想を上回る。だからこそ人生というものはひどく面白い。

 現実が空想を上回り、人間が想像に打ち克つ。昔読んだ本に書いてあったその瞬間を当事者として見れることを私は夢見ている。

 それが空想を最も愛す私の夢。小さいころから空想を愛しすぎてしまった私のただ一つの空想でない願い。





 帰り道でカケルは歩きながらウトウトするようになった。予選の大会があって、練習が佳境に向かっているそうな。練習試合で好調な時には監督にすら驚かれるほどだそうな。


 「でも、そこが限界じゃない。まだ人を驚かせる程度で、自分が驚くようなことなんて何一つできちゃいないんだ」


 泣き虫で弱虫なガキンチョは、でかくてわがままなガキンチョに成長していた。お姉ちゃんとして鼻が高い。

 カケルは何がどう足りないかというのをテンションが上がったオタクみたいに喋りまくる。言ってることはよくわからないけれど、まあ本の話だと私もこんな感じになるみたいだから否定はしない。尊重はする。


 「それにしてもうちの親がごめんね、カケル」

 「……何が?」

 「だって、アンタってモテるんでしょ? クラスの人らも言ってたよ、成長株で女子から黄色い声もらってるって。私を送り迎えするこれがなければさっさと彼女作って一緒にかえれたろうに」

 「……別にいい。そんなもんよりバレーが大事だ」

 「うっそつきぃ」

 「ウソじゃない」

 「でも、女の子に対して『お前よりバレーの方が大事』なんていっちゃだめだかんね? そんなことしたらきっと相手も愛想をつかしてしまうからね」

 「……そう、なのか?」

 「そらそうよ。よっぽど理解のある相手じゃないと。『バレーを頑張るあなたを応援するわ!!』なんて子じゃないとねー。だからとりあえず口だけでも『バレーよりもお前の方が大事だ』くらいいってやらないと」

 「……嘘をつくのは、嫌いだ」


 律儀で真面目だなぁ。

 真面目モードだったカケルは電車に乗って5分で寝始めた。


 「……情緒はあほな方向に不安定」


 ムニャムニャと寝言まで立てて暢気だ。


 「……大会、ガンバレ」


 図体ばかり伸びたデカいがきんちょの頭を撫でた。


 「……なんかゴワゴワしてる。昔はサラサラだったのに」





 「ねえねえ、理央って佐藤くんとどういう関係?」

 「佐藤? 佐藤ってバレー部のサトウカケルのこと?」


 別に仲が悪くないけどあまりしゃべったこともない女の子が話しかけてきた。


 「そーそー!!」

 「単純に親同士が知り合いだったから、一応物心ついた時には手下状態だった」


 そういうがはやいかJK二人がキャーという。


 「それって、親公認のナカってこと!?」

 「お、幼馴染ってやつ!!」


 す、すごい勢いだ。


 「で、そのカケルがどうしたの?」

 「バレーの公式戦あるじゃん、それで佐藤君がチョー注目されてんの!!」

 「ほえー、自分ではだめ臭いって言ってたのにやるじゃん」

 「それでなんだけど、来週の公式戦、県大会決勝を一緒に見に行かない?」


 ……ん? ああっと……。


 「カケル目当て? たぶんあいつ彼女出来ても付き合い悪いと思うよ。しかもガキンチョだし、甲斐性なさそうだし、汗くさいか清涼剤臭いかの二択だし」

 「いやいや、んなまさか」


 二人に同時に首を横に振られる。


 「うちらハナから勝ち目のない勝負はしないタチだしね」

 「ねえ。でも、佐藤くんからコミュニケーションが広がるかもしれないし……」

 「サカガミ先輩とか顔が好みだし」

 「……なるほど」


 サカガミ先輩を狙ってる方がたしかミドリちゃん、もう片方がヤスホちゃん、だったはず?

 まあ少しだけカケルが本気の顔しているところを見てみたい自分もいたので好都合。


 「うん、わかった。来週の土曜だよね」

 「「おっし!!」」


 二人が去っていく。その時にフウくんにうんたらとか言ってたけどなんだろうか?





 今日の図書館は星占いの女の子が来ていた。でも今回はグラウンドの席ではないし、星占いでもなかった。嬉しそうな表情ではなく、泣きそうで、それを必死に我慢している表情。きっと彼女は恋に破れてしまったのだろう。我慢して我慢して、おそらく自分たちの知り合いであるチャラい系2年生が寄り付かないであろう図書館までたどり着いて、一番目立たない席を探して、それでやっと抑えていたものが抑えきれなくなってしまった。

 とりあえずまだ誰かが来る時間じゃなくてよかった。彼女に声をかけて、自分の後ろの図書準備室に彼女を案内して扉を閉める。ここに入るにはいやでも私の視界に入らなきゃいけないし、お手洗いで離れるときにも、図書準備室は内側から鍵をかけられるから問題ないし。

 そうだ、確か名前はヒトミちゃん。サッカー部の誰かを好きって言ってたっけ。彼女に対する空想は彼女の大勝利で終わっていたけれど、現実が空想を裏切った。空想を現実が下回ることは悲しいことだ。今日は珍しく別のお客さんも来ないようだし、彼女のしゃくり声を聞かないようにウォークマンで曲を流しながら時間まで過ごそう。

 そのまま本の世界に浸っていたら、先ほどの星占い高校生が出てきていた。


 「あの、ありがとう」

 「ああ、はい」

 「その、ごめん。あなたのお城を逃げ場所にしちゃって」

 「いえいえ、……お城?」

 「噂になってるけど。2年の形部さんって人は図書室の主だって」

 「な……なにそれ」


 私が他者のイマジネーションの元になってる……!!


 「……なんかうれしそうだね」

 「い、いえいえそんなことは!!」


 ちょっとうれしかったけれど女子高生に一城の主というのもどうかとおもう!!


 「あ、あの……」

 「……ああ、うん。私サッカー部でマネージャーしてるんだけど、オトしたい相手が結構きつい怪我して、それを支えたいって思って、まあそういうヒロイン面でオトせるって打算もあって。でもそればれてて、同情すんなって本気でキレられて……」


 フラれたわけではない。けどフラれるよりかダメージがでかいようなレベル……。


 「でもね、決心ついたの」

 「決心?」

 「絶対離れてやんない。リハビリでもなんでも手伝ってやって、隆之を復帰させて、私がいないとダメだったって言われるくらいにしてやる。私無しではいられなくしてやるって。私の支えで、私の応援で勝たせるの。なんか燃えてきた」


 ……か、かっこよ。強い女とはこのことか?


 「……相談乗ってくれてありがとう」

 「相談もなにも……」

 「聞いてくれるだけでもいいのよこんなの。どうせわからないことはわからないんだし。尊重さえしてくれればそれでいいの」

 「……じゃあ、応援、頑張ってください」

 「うん、ありがとう」





 「今日ね、珍しくお客さんが一人だけだったんだけど」


 帰り道、いつも通り眠そうなカケルに話す。


 「……その人に好きな人がいて」

 「その手の話、たぶん俺一番向いてないぞ」

 「いいのよ、適当に聞いてくれりゃいいんだから。カケルがわかるなんてこっちも期待しちゃいないし」


 カケルがすごいウザそうな顔でこちらを見た。


 「その好きな人が怪我しちゃって、支えようとしたら同情すんなってキレられて……」

 「……ほーん」

 「でも絶対自分の手で復帰させるって息巻いててね、かっこいーって」

 「同情とかじゃない、とまでは言ってるだろうから本気で応援したいって口に出せばよかったのにな」

 「……そういうもんなの? 同情とそれは同じじゃない?」

 「同じじゃない。『あんたのかっこいい姿をもう一度見たいから手伝ってやるのさ』くらい言えばすぐに落ちただろうに」

 「……男子って本当に面倒だね。なんでそんな言い回しに固執するかな? 同情も応援もかっこいい姿をみたいも全部同じ意味になるでしょう」

 「なるけど、そこが大事なんだ」

 「……あんたもそれが大事なわけ?」


 カケルがものすごい目でこちらを見た。


 「な、なぁっ!!」

 「明後日の試合見に行くから。どんな声援欲しいかリクエストしてもいいけど?」

 「ね、ねえよ!!」


 カケルが走り出そうとしたけど、10mくらいで立ち止まり、不審者がいるかもしれないからとバック走のまま戻ってきた。へえ、いっちょ前に恥ずかしがってやがんの。めっちゃ面白いなこいつ。


 「なによなによなによ、授業参観で真っ赤になるタイプかお前、ガタイのわりにかわいいとこあるなカケル~」

 「うるせえ、さっさと歩け!!」


 ちょっと面白くなってきた。他人を応援して強くするというのは考えたことがなかった。カケルは今自分のもつ空想を上回ることができないでいる。もしもそれを私の声援で一押しすることができるなら、それはとても素晴らしいことだ。現実が空想を上回れる瞬間の目撃者になれるかもしれないのだから。当事者といえるようなものではないけど、カケルがバレー始めたきっかけは私だし。

 それはそれとして今のカケルをからかうのがめちゃくちゃ楽しいし。というか今のところはそっちの方がずっと大きい。


 「ほらほら、リクエストするなら今のうちだよっ」

 「そもそも周りの応援歌とかで聞こえるわけねえから!! 余計なことすんなよな!!」





 それでミドリちゃんとヤスホちゃんと一緒に応援に向かったのだが。


 「フウくーん!!」

 「お、ヤスホ、連れてきてくれたか!!」


 出会い目的とか言っていたのにヤスホちゃんの彼氏がバレー部だった。彼氏のフウくんがこっちに走ってくる。


 「あー、2年のカタベさん、だよね?」

 「は、はい」

 「3年バレー部副主将のヒガシフウヤです。ヤスホに連れてきてもらうようにお願いしてて」

 「はぁ……」

 「カケルって特定の誰かに応援来てもらうことないから、知り合いっていうとあなたが一番に出てきて」


 先輩は先輩なりに後輩のテンションアップを願ったということなのだろうか。

 遠くからカケルの姿が見える。一言駆けてやろうかと思ったけれど……。


 「……本気、なんだなぁ」


 集中しているのか、こちらに気づきもしないカケルの姿を見て、なんというか驚いてしまった。ただ勝利のために、自分の理想に追いつくことを考えている姿から、なんか自分の知っているカケルじゃないみたいだった。





 前の時から言っていたけれど県大会の決勝はすごい熱量だった。相手高校は春高バレー進出常連者であるらしい。カケルが言うには全国での勝率はあまりいいものらしくないが、それでもパワーとディフェンスの化け物だとか。ブロックでの勝負が分けるとカケルは見ていた。

 カケルはスタメンだった。集中は切れないまま、いい状態で試合に入れそうな気がする。


 ミドリちゃんとヤスホちゃんは思い切り声を出して応援している。たいして図書館の主などと揶揄された陰キャラにこの状況で大きな声を出すことは至難の業だった。


 「が、が…がんばれぇ」


 ヒョロヒョロとした声では今のカケルになんて届くはずもない。そのまま試合が始まる。

 カケルのポジションはMB(ミドルブロッカー)。攻撃は速攻を担い、守備では名前の通りブロックを担当する。大体が身長が高い選手を使う。それを思えばまさにカケルにとってはうってつけのポジションだった。

 相手チームがサーブを難なく拾って勝負に出る。それに対してカケルともう一人の人がジャンプする。相手のスパイクがカケルの手にあたり勢いがそがれた。

 ナイスワンチ、と味方が叫んでユニフォームが違う、リベロがレシーブ、セッターの3年生がセットしたボールをフウくんさんが叩き込む。


 「オエーイッ!!」


 試合が進んでいく。点差は拮抗しているが、いまいちカケルの調子がよくない。ブロックにつかまっているし、サーブレシーブでは狙われて、相手のビッグサーバーぽい人に何回かサービスエースを取られてしまう。

 2連続で取られてしまったときには監督がタイムアウトを取った。


 「(まだ、カケルはもっと理想より高くいける)」


 なのにこのままだと替えられてしまうかもしれない。何よりもそれをカケルがしょうがないことかもしれないと認めつつある。

 後押ししなきゃ、後押ししなくちゃ。絶対に。


 「が、がんばれ、カケル!!」


 いきなり周りの声が静まってしまって、思ったよりも大きな声が出てしまって。私の声にカケルが気付いた。

 あ、全然カケルが思うような身の引き締まる応援じゃなかったし、全然具体的じゃない微妙なものになっちゃった。

 でもそのカケルはというと落ち込んでいた顔を戻して、試合直前と同じような顔で頷いた。


 「理央姉さん」


 ……あれ、カケルが私の名前を呼んだのって何時ぶりだっけ。小さい頃は理央姉ちゃん理央姉ちゃんとついてきてたけど、小学校を卒業してからずいぶんと聞いていなかったかもしれない。私はカケルのことを、自分が知っているカケルの延長線上になると勝手に空想していたのかもしれない。当然のことながら、現実のカケルは私が知っている人間ではないんだ。

 現実のカケルが私に向かって道破する。


 「理央姉さんのみたいもの、俺が見せるから」


 ……駆は知っているんだ。私が空想を打破する瞬間を当事者として見ることを望んでいるのを。


 「だから、そこで応援してて」





 試合が終わるまで、私はただひたすら駆のことを応援し続けた。彼は自分の思う自分を超えてた、と思う。第4セットまでずっと出続けて、半分はいかないまでも40点近くをブロックとスパイクで稼いだ。レシーブも人並みとなっており、サーブ以外はテレビで見る春高バレーに出場する選手みたいな動きだった。

 試合が終わり、解散してからはヤスホちゃんはフウくんさんと帰ってくし、ミドリちゃんはサカガミ先輩を捕まえに行ってるしで、バレー部のみんなは適当に挨拶をしたのちに私と駆だけが残される。


 「……帰る? それとも買い食いとかしてく?」

 「いい。理央姉さんが午後に予定有ったら困るし」


 駆は歩きながら寝てしまいそうだ。いつもならボディアタックとかできるんだけど。ちょっと今日はできそうにない。

 電車までたどり着くといつも通り駆は寝だして、私の方によりかかるのだけど。


 「(顔が近……)」


 駆が自分が思ってるよりもよっぽどすごくて、自分が思ってるよりも私の夢を大事にしてくれてて、自分が思ってるよりも私と一緒に戦ってくれてて、自分が思ってるよりも自分のことを頼ってくれてて。

 こそばゆくて、心地よくて。

 ヒトミさんがいっていた言葉を思い出す。


 『私の支えで、私の応援で勝たせるの』


 駆は割と私のことが好きだと思う。少なくとも女性の中では今のところマネージャーの女子の先輩と同じくらいには。


 「駆は、私が応援したらもっと、駆の空想だけじゃなくて、私の空想すら超えてくれるの?」

 「……超えるよ。それが理央姉さんの夢だろ」

 「お、おきてんなら先に言えよ!!」


 いつの間にか最寄り駅までたどり着いてた。何を恥ずかしいことを言っているんだ私は。さっきから調子が狂ってしかたない。全然自分の中の空想通りになってない!!

奇妙な沈黙のまま歩き続ける。いつの間にか家まで一本道になってしまっていた。どうにかしてこいつに吠え面かかせてやりたい。マウントを取るのはいつだって私だ、駆じゃない。


 「駆さ、私の応援で強くなるんだよね」

 「ん? ああ」

 「それって、もしかしなくても、駆は私のこと好きってことだよ……ね?」


 ほら、ほえ面かけ!! 顔真っ赤にしてそんなんじゃねえよって否定しろ!!

 駆が息をのむ。そして顔を赤くする。そうだ、そのまま大声出せ!!

 と思ったけど駆は思い切り叫ぶ。


 「ああ、そうだよ!! 俺は理央姉さんのことが好きだよ!!」


 は、は……。


 「はぁーーー!?」


 顔が赤い駆が見れない、こんなの全然私のプランじゃない!!

 思い切り逃げ出す。この距離なら逃げ切れる。


 「理央姉さん、応援来てくれよー!!」

 「応援行くから、理央姉さんって呼ぶなー!!」





 図書館は私のパラダイスだ。赤本先輩は勉強が順調そうで彼女さんと一緒に勉強しているときの笑顔が多くなっていた。星占いのヒトミさんは怪我した彼と和解はできたそうな。本好きの生徒たちはよく時間を見つけてはいろいろな本を読破している。野球部ぽい先輩は眼鏡の先輩に今日も絞られながら勉強をしている。眼鏡の先輩は真面目に勉強する野球部ぽい先輩を見て幸せそうに笑っている。

 彼らの過去と今と未来を空想する。空想することは大好きだ。どんな道を歩んできて、どんな道を選ぼうとして、どんな道へ向かおうとしているのを考えるのが面白い。

 そんな毎日を過ごして、土曜日となって隣の県へ移動する。そこは春高バレーの試合がある場所。

 春高1回戦を突破し、注目選手とまでされた駆が女子アナにインタビューを受けている。


 「目標は優勝です。そのために目先の1勝が必要です。でも、それ以上に、現実が空想を越えること、自分の最良の自分を越えることを常に考えています。自分がバレーをするきっかけがそれなので。チームの先輩方と一緒に、応援してくれる人と一緒に、頑張りたいです」


 いうことまで大きくなった駆がチームの元まで戻ってきた。それでこっちに気づいて近づいてくる。


 「駆、チョイ」


 目線を低くするようにジェスチャーする。駆はその通りに背中を丸める。

 自分の額と駆の額をこつんと当てる。


 「見てるから、応援してるから。私の駆のすごいところ全部、私に見せてね」

 「……おう」


 駆が思い切り走っていく。

 今日はどうやって空想を現実が塗り替えてくれるのだろう。楽しみにしながら応援席に戻る。

 大会はまだ二日目だ。

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