見えている罠
アダンとジスランが自室でとんでもない内容の密談を終えた後。
僕達三人は応接間からこっそり抜け出し、僕に宛がわれた個室に移動していた。
先程までは
何故なら。
「アダン村長がラファエレを狙うほどに欲望に忠実に動くなら……」
「次に狙われるのは確実に……エリクさんですよねぇ?」
アグネスカとアリーチェが揃って、頭を抱える僕に視線を向けた。
そう、アダンの性的欲求の捌け口になるのは「男性の」「
僕は使徒の加護に付随する能力として、
耕作にあたって大地属性魔法を十全に扱うためには、
カーン神の使徒という立場に守られてはいるものの、欲望に狂ったアダンが変身した僕にまで手を伸ばしてこないとは限らないのだ。
「まぁでも、ぶっちゃけ手を出してくるなら好都合です。問答無用で
「現状の、使用人である
アダン村長は先行きがない状態だと言えるでしょう」
アリーチェもアグネスカも、最早アダンに情をかけるつもりはないらしい。そこについては、僕も同意見だ。
神罰とは、神や神の眷属に対して罪を犯した場合や、人道に悖る罪を働いた場合に、ルピア三大神から下される罰だ。
人間社会における刑罰とは少々方向性が異なり、下されたが最後、決して弁解の余地は与えられず、未来永劫許されることもない。
法に背く罪ではなく、神に背く罪なので、罪人に救いが訪れることは無いのだ。
アダンは、自らの権力を以て、カーン神の眷族である獣種の魔物を、それも雄をむりやりに手籠めにし、欲望の捌け口とした。
人道的にも、倫理的にも、れっきとした大罪である。
「アダンさんがやらかしたのは僕も間違いないことだと思うし、神罰は逃れ得ないことだと思うけれど……
どうするんだ? 神罰を下すためには使徒や巫女がその現場を見ていないといけないだろう」
腕を組みながら、僕はアリーチェに視線を投げた。
神罰はその苛烈さゆえに、現行犯でしか下せないという制約がある。それも神の代弁者である巫女か、神そのものと言える使徒がその場にいることが条件だ。
僕の問いかけに、アリーチェが指を三本立てつつ口を開いた。
「そうですねぇ……方法は三つあります。
一つは、アダンさんやラファエレ、使用人の皆さんに監視神術『
一つは、アグネスカさんやエリクさんがアダンさんがやらかしている最中に、部屋に物理的に突入する方法。
一つは、エリクさんが
こんなところですかねー」
「ちょっ!?」
いつもの調子であっけらかんと答えるアリーチェに、僕は思わず目を剥いた。
監視神術をかけるのはいい。アダンがいたしているところに突入して現場を押さえるのもいい。しかし僕がアダンに襲われるのは、どうなんだ。
僕としてもよろしくないし、アダンにとっても間違いなくよろしくない。先程その可能性を論じておいてなんだが、全くもってよろしくないのだ。
神の眷属である魔物を辱めるどころか、神そのものを辱めることになるのだから。神罰どころの問題ではなくなる。
しかしアグネスカもアリーチェも、既にその展開を見越しているようだった。眉を寄せつつアグネスカが口を開く。
「エリク、アダン村長は既に罪を幾重にも犯しているのです。神罰を振りかざしても、きっと罪を重ねることを選ぶでしょう。
ことわざにもあるではありませんか、『パン屋の店頭からパンをくすねたコソ泥は、やがて強盗としてパン屋に押し入る』と」
「アグネスカさんの言う通りですよー。だからこそ、三つ目のが選択肢に上がるわけなんです。
『
実際、使徒であるエリクさんに
「えぇぇ……やだなぁ……」
二人とも自分がアダンの欲望の対象にならないことを分かっていてか、随分と他人事だ。
むしろアリーチェなど、僕が手籠めにされることをどこかで期待してやしないだろうか。なんだかさっきからにやにやしているように見える。
そんな、うっすらと笑みを浮かべたままで、アリーチェがピッと指を一本立ててみせた。
「大丈夫です、エリクさんが手籠めにされそうになったら、その瞬間で神罰案件成立ですから。
私やアグネスカさんの到着を待つまでもなく、全力で神罰下しちゃっていいんですよー。アダンさんを獣に堕とそうが木に変えようが誰も文句言いやしません。殺すのだけはダメですけれど」
「えぇぇ……むしろ殺した方が楽なんじゃって思うんだけど……」
げっそりした表情で言葉を零す僕に、ふるふると首を振りながらアグネスカが声をかけた。
「エリク、殺しては駄目なんです。自然に属するものとして生き永らえさせて、その罪の意識に苛ませることが神罰の本質ですから。
なんでしたら私がエリクの身体に神罰術式を描きましょうか、エリクの下半身にアダン村長が触れたら発動するようにして」
「いやいいよ、いいって、僕が自分でやるから」
そうして額を突き合わせ、どうやってアダンを罠に嵌めるか相談する僕達。
そんな相談をされているなどとは露ほども知らない、罠に嵌められようとしている当の本人が、僕を部屋まで呼びに来るまで、相談は続けられたのだった。
アダンに呼ばれるままに屋敷を出た僕達は、既にチボーの村人たちが集まっている農園予定地までやって来た。
ラファエレが指摘をした後にすぐさま木灰を撒いて、村民と一緒になって地面に鋤き込んだのが
もうそろそろ、堆肥を鋤き込んでいい頃合いだろう。
「集積所から、堆肥は既に運んで地面に撒いております。お声がけいただければすぐにでも、堆肥を鋤き込ませることが出来ますぞ」
「ありがとうございます。今回もお手伝いします……うん、始めましょうか」
そう告げながら、僕は
これも勿論、「
長く細い尻尾を揺らしながら耕作予定地の真ん中まで行く僕に、アグネスカがそっと耳元に顔を寄せてきた。
「(予想通り、エリクが変身した瞬間にアダン村長の纏う魔力に乱れが生じたことを感知しました。エリクの姿に興奮したものと思います)」
「(分かってはいたけれど、自分がそういう目で見られてることを知るって、嫌な感じだね)」
自分が性的な目で見られているという事実に気恥ずかしさと怖れを抱きながら地面に手を当てると、僕は地面を下から掘り起こすようなイメージを頭に思い描いた。
自分の手を通じて魔力が地面へと浸透していくのを感じつつ、発動文句を唱える。
「
束の間を置いて、魔力を通された地面が一斉にふわりと盛り上がった。
空気が通り、深くまでかき混ぜられ、堆肥が混ぜ込まれた土壌が、
無事に、土壌に堆肥を一発で鋤き込むことが出来たようだ。
「おお……!」
「さすがは使徒様、これだけの広範囲を一度に耕してみせるとは、やはり並大抵ではない!」
周辺で見守る村人からやんやの喝采が上がる。その隣でアダンもジスランも嬉しそうな目でこちらを見ていた。
ちょっとだけ複雑な気分になりながら、僕はふかふかの地面をゆっくりと進んでいく。
そうして僕とアグネスカが畑となる場所の外に出ると、アリーチェがぽんと両手を打ち鳴らした。
「さー皆さん、後は畝を作っていくだけですよー。それをやったらいよいよ小麦の種撒きです!」
その声に、村人が一斉に気合の入った声を上げつつ鍬や鋤を握った。
いよいよ、畑づくりのスタートだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます