踊る劫火

 地面から噴火のように立ち上がる黄金色の炎。

 日輪狼スコルの足元から躍りかかった大イタチギガントウィーゼルの一体と、ループの二体が、揃ってその身を焼かれて地面に転がった。

 すぐさま斥候部隊のイタチ人ウィーゼルマンたちによって後方へと送られていく彼らだが、再び戦線に復帰できているのは三割にも満たない。

 戦闘開始から10分1ジガー、いまだ傷らしい傷を負っていない日輪狼スコルに対し、ループイタチウェッセルの連合部隊は着実にその数を減らしてきていた。


『どうしたけだもの共、山に生きるおのれらの力とはこの程度か!!』


 そう吼えながら噴き出させた炎を槍のように練り上げ、投擲する日輪狼スコル

 樹上からとびかかろうと枝を蹴ったイタチウェッセルが、槍に貫かれて後方へと――僕のいる位置の遥か後方へと大きく吹き飛ばされる。


「あ……っ」

『私が行ってまいります、使徒様は、このままで』


 人間族ヒュムの姿に戻り、立ち上がってイタチウェッセルのところへと向かおうとした僕を押し留め、パトリスが立ち上がる。

 アリーチオに目配せしてすぐさま後方へと駆けていったパトリスの背中を、僕はやきもきしながら見送った。


「僕も、力になりたいのに……」

『気持ちは分かるっす。回復魔法を使えるのも分かるっす。でも、ダメっすよ。

 エリクさんは切り札、最後の最後まで残しておくべきカードっす。負傷者の回復に奔走して、消耗していたら、いざという時に動けなくなっちゃうっすよ』

「……うん」


 アリーチオに諭されて、僕は再び膝を地面につけた。こうしている間にもまた一人、剣を手に斬りかかった狼人ウルフマンが炎に迎撃され、黒焦げになって地面へと倒れ込んでいく。

 正直、もどかしい。許されるならイタチウェッセルの斥候部隊とループの警護部隊で構成されている支援部隊に参加して、負傷者の回復に当たりたい。

 だが、ダメだ。その理由は先程アリーチオが分かりやすく、しっかりと説明してくれた。

 事実僕が使える回復魔法は第一段階の回復促進キュアまで。第二段階の応急手当ファーストエイドは練習中で安定しないし、そもそも日輪狼スコルの攻撃力が高すぎて焼け石に水だ。

 魔法も、無尽蔵に連発できるわけではない。連続で使用していると必ず消耗するし、いずれ限界が来る。その時に僕が必要な場面になったとしたら、大惨事だ。


 そうこうするうちにパトリスが一人で戻ってきた。僕に向かって小さく首を振る。


『申し訳ありません、あのイタチドンノラは……全身を焼き焦がされて絶命していました。恐るべき命中力です』

「そんな……」


 また一つ、命が失われた。その事実に肩を落とす僕。そんな僕の傍らにしゃがみ込んで、パトリスが視線を日輪狼スコルへと向けた。


『伝説の神獣の力、これほどとは……実在していたことも驚きですが、その能力は驚愕の一言ですね』

日輪狼スコルは、月輪狼ハティ地帝狼フェンリルと並んで自然神カーンの眷族の中でも最上位の存在っす。

 エリクさんや王様たちならともかく、俺たちじゃ、とても敵わない相手だと思うっす……』

「えっ、なんで僕が……?」


 パトリスと一緒に、日輪狼スコルへ恐怖を帯びた視線を向けるアリーチオの言葉に、僕は思わず日輪狼スコルから視線を外した。

 それと同時に爆発音が耳を劈き、熱風が僕たち三人の顔に吹き付けてくる。

 アリーチオは熱風の威力に目を細めながら口を開いた。


『使徒っていうのは、立場的には眷属の上に来るんっす。神に最も近い者、っすからね。

 だからあいつがエリクさんを使徒だと理解すれば・・・・・、抑えられる目はあるんっす。

 でも、さっき先生が話していた通り、もしかしたらの話でしかないっす。なにせ、あいつは今怒り狂っているっすから』

『アリーチオの言う通りです。使徒様はあの日輪狼スコルを従えうる存在。しかしそれも、彼の者が理性を取り戻さないことには叶わないのです』

「僕が、あの日輪狼スコルを、従える……?」


 二人の言葉に、僕は改めて目の前でイタチウェッセルループを蹂躙する日輪狼スコルを見た。

 あの強大で、強力で、恐ろしい神獣が、本当に僕に従ってくれると言うのだろうか。全くその様が想像できない。


 戦場に目を移すと、立ち向かう獣たちの数は既に四割を割っていた。二割ほどが後方で治療をしたりされたりという状況を加えても、旗色が明らかに悪い。

 最初のうちは後方から風魔法を連発していたイヴァノエも、既に前線へと踏み込んでいた。トランクィロの隣に立って、日輪狼スコルを睨みつけている。


『親父、このままじゃジリ貧だ! なりふり構っちゃいられねぇぞ、畜生め!』

『落ち着けっつってんだこの野郎! 焦って攻め急ぐな、あっちが落ち着く・・・・まで耐えろ!』

『耐えてる間にもどんどんあいつに仲間が焼き殺されてってるんだぞ! 黙って見てろってのかよ!!』


 諫めるトランクィロの言葉に噛みつくと、次の瞬間イヴァノエの姿がかき消えた。

 すぐさま視線を巡らせると、僕の頭上高く、沼周囲に茂る木の枝の一本に取り付く、大イタチギガントウィーゼルの姿が一つ。

 枝が、大きくしなる。


『待て、イヴァノエ!!』

「イヴァノエ、駄目だ!!」

『これ以上てめえの好きにさせてたまるか、畜生めーーー!!』


 トランクィロとアルノー先生が大きく声を張るが、数瞬間に合わない。


 風魔法の力も借りて枝を蹴って、高速で、弾丸のように日輪狼スコルに頭から突っ込んでいくイヴァノエ。

 その眼前に大きく展開される、黄金色の炎が。


 壁のようになってイヴァノエの身体を包み込み、大きく跳ね飛ばした。



『ぐぅぅぉぉぉぉっ……!!』



 体毛に炎を点しながら、イヴァノエの巨体が宙を舞う。

 そして日輪狼スコルの後方、洞窟の入り口付近に、大きな音を立てて落下した。


「イヴァノエ!!」

『エリクさん、待つっす!!』


 顔面蒼白で立ち上がり、飛び出していこうとする僕を、アリーチオが腰に抱き着いて止めた。

 その細く黒い両腕を、引きはがさんと僕は手に力を籠める。


「離して、アリーチオ!!」

『落ち着くっすよエリクさん!! アニキは生きてる・・・・っす!!』

「え……」


 アリーチオの両腕を押さえたままで、僕は改めて前方を見た。

 先程までの激しい戦闘が嘘のように、ラッツォリ沼の周囲は静まり返っている。


 その静寂の中で、地面に倒れ伏したままのイヴァノエが、小さく身じろぎをした。


「あ……!!」

『ふぅ……でも、俺も肝を冷やしたっす』


 僕の腰に取り付いたままで長く息を吐くアリーチオと、僕の肩に手を置くパトリスに挟まれて、僕は喜びの声を漏らした。

 イヴァノエは再度身じろぎをして、その藍色の瞳をうっすら開くと、攻撃の手を止めて自分を見下ろす日輪狼スコルを忌々しげに見上げた。


『んだよ……とどめを刺すなら刺せってんだ、畜生め』

『いいや、それには及ばん。面白いことをするな、と思うてな。お陰で多少、目が覚めた』


 先程までの荒々しさはどこへ行ったのか、落ち着いた声色で日輪狼スコルはイヴァノエに語り掛けた。


『突風を足にまとわせるまでは誰しも出来ることだが、全身にまとって鎧とし、我の炎を眼前に据えてそこに突風を上から叩きつけた。

 叩きつけた反動でお主の身体は跳ね上がり、落下する代わりに我の炎から逃れたわけだ。よく思いついたものよ』

『へっ……エリクの魔法の使い方を見ていたおかげ、だな』

『エリク……?』


 にやりと口角を上げるイヴァノエに、日輪狼スコルが不思議そうな表情を見せた。

 頃合いがようやく来た、とアルノー先生は立ち上がったままの僕へと視線を向けた。


「あなたの奉じる神、カーン神の今代の使徒です、神獣の一柱よ。

 さ、お前の出番だぞエリク。こっち来い」


 手招きをするアルノー先生に頷きを返して。

 僕はアリーチオとパトリスを伴って、地獄の様相を呈する戦場へと踏み込んだ。



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