2. 学校編
冒険者養成学校からの誘い
ルドウィグとリュシールの手伝いもあって、至極スムーズに僕とアグネスカの引っ越しは完了した。
父さんと母さんは寂しがっていたが、僕の部屋に水を張った盥を設置してもらったので(術式はルドウィグが構築した)、いざという時にはいつでも転移が出来る。
そうして僕が聖域の屋敷に移り住んでから、
僕は屋敷の庭で、警護のために飼われている
この屋敷は「聖域」の中にあり、森の中から切り離された場所にあるが、それでも全く侵入者や外敵と無縁というわけではない。
その為、屋敷や庭、周辺の森の警護を担う
僕が融合したコンスタンも、そのうちの一匹であったわけである。
『エリク様~、もっと撫でてください~』
『ずるいぞお前ばっかり! オイラも、オイラも撫でてください!』
コンスタンと融合した影響か、今の僕は
話しているのを聞いていると、案外彼らもよく考えて、吼え声にしっかり情報を乗せていることが分かる。
僕にもふもふされている時は、普通に犬みたいなんだけれど。
「ふふふ……」
僕の手の下を奪い合う様に顔を突っ込んでくる
そんな僕の背後から、芝生を踏みつつ駆けてくる足音があった。
「エリク様! 探しました!」
「ん……あ、エクトル」
僕は声のした方を振り返ると、座る僕を見下ろす栗鼠の
この少年はエクトル。守護者の力は持たないが、屋敷に住みこんで下働きをしている少年だ。
リュシールの部下にあたり、動物たちの世話や屋敷の掃除、使い走りのようなことをやっている。
くるくるとした巻き毛と大きな尻尾が、とても愛らしい少年である。
僕に太陽のような輝かしい笑顔を向けると、エクトルは一枚の封書を差し出した。
「エリク様に、ご実家からお手紙が届いています!」
差し出された封書を受け取り、僕は首を傾げる。
宛名は確かに僕だ。だが封筒の紙質は触るだけで分かるほどに上等なもので、裏には封蝋まで押されている。
交易都市ヴァンドにある僕の実家の住所が書かれているところを見るに、どこかから僕宛てに届いたものを、父さんか母さんが転移陣を通じて送ってきたのだろう。
僕は立ち上がって封書を陽光に翳してみる。そして自然と目に入った、裏側端に印字された、送り元の名前を呟いた。
「『国立ドラクロワ冒険者養成学校』……?」
「ふむ、押された
魔法がかけられた様子も皆無です。安心してよいでしょう」
僕は届けられた封書を、真っ先にリュシールの元へと見せに行った。
別に偽物だと訝しんだわけでも、何か危険を察知したわけでもない。ただ単に、封書を開封してもらうにはそうするしかなかったのだ。
リュシールが必要以上に神経質になっているだけである。そうだと思いたい。
ペーパーナイフを手に取ったリュシールが、封書の封をゆっくり切っていく。中から現れた書面を一瞥したリュシールは、目を見張った。
「これは……」
「どうしたんだ? 何が書いてあるの?」
両手をテーブルについて、僕は身を乗り出す。その目前に、リュシールはそっと書面を差し出してきた。
それを受け取り、まじまじと見つめる。声に出しながら読んでいた僕は、リュシールと同じように目を見張った。
「『エリク・ダヴィド殿、本校は、貴殿を第127期入学生として
……
僕は思わず大きな声を上げた。
国立ドラクロワ冒険者養成学校は、僕の実家がある交易都市ヴァンドを要する国家、ラコルデール王国の王都に位置する学校だ。
そこは真に才能のある生徒が集められ、一流の冒険者を育てるために様々な知識と経験を施すのだと聞いている。
王国の冒険者ギルドに所属する一流の冒険者は、軒並みあそこの出身だとされるほどに、名門中の名門だ。
そこに僕が、学園の側から、招かれているという事実に、頭がくらくらしてくる。
「驚きました。国立ドラクロワ冒険者養成学校といえば、ラコルデール王国の中でも最大級の冒険者養成機関。
そこがエリク様を、
どこから情報が伝わったのかは気がかりですが、あそこは良い環境ですし、渡りに船です。喜んでいいでしょう」
リュシールは腕組みしながら、嬉しそうに目を細めた。
その発言に、僕は目を見開いたままでリュシールの顔を見る。
学費が免除される、というところも大事だが、問題はそこじゃない。
「渡りに船、って、どういうことだ?」
「言葉通りの意味ですよ。
エリク様を一流の
私もある程度の指導は出来ますが、やはりこういったことは本職の教師の方々にお任せするのがいいですからね。
エリク様がある程度落ち着いてから養成学校を見繕うつもりでしたが、その必要もなくなりました」
細めていた目を閉じて、うんうんと頷いている。
何だか一人で納得されているが、改めて書面に目を落としてみる。
何度読んでも、文面は変わらない。僕を、
学費がタダで、というのは、正直有り難い。何しろ、国立ドラクロワ冒険者養成学校の学費の高さは有名だ。
僕の実家では高額な学費を用立てるのは困難だし、聖域として世界から隔絶されているこの屋敷に、それほどの貯えがあるかもわからない。
冒険者として、
「リュシール……」
「はい」
僕は書面を見つめたままで、静かにリュシールに声をかけた。
リュシールの返事を待ってから、改めて口を開く。
「王都って……ここから遠い、よな」
「そうですね、交易都市ヴァンドからおよそ
しかしお忘れですかエリク様、ここは自然神カーン様の聖域。
リュシールの言葉に、僕ははたと手を打った。
「転移陣を作っちゃえばいいってこと?」
「そうです。盥ほど大きいと目立ってしまいますが、スープ皿程度の大きさであれば学校の寮に持ち込むことも可能でしょう。
私が用意して差し上げます。入学前の手続きや説明の折に、私もご同行いたしますので、そこで設置いたしましょう」
リュシールの言葉に僕ははっきりと頷いた。
実家に転移陣を用意した時も思ったが、いつでも気軽に行き帰りが出来るのは、非常に気が楽だ。
特に学校に入学したら、アグネスカとも離れ離れで行動せざるを得ない。僕はともかく、アグネスカがどうなるか、非常に不安だ。
手続きや説明の場が設けられたのは、今日から
「ところでリュシール、なんで学校のことにそんなに詳しいんだ?」
「それは勿論、私もあの学校に通っていた時期があるからですよ。第95期入学生です」
リュシールの意外な過去を知れたのは、ここだけの話だ。
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