国立ドラクロワ冒険者養成学校

 3日3ティス後、ラコルデール王国・王都ウジェにて。

 僕は革張りの豪華なソファに腰掛けて、緊張でガチガチに固まっていた。


 僕の前には、背の低いテーブルを挟んで三人の男性。

 僕の右手後方にはびしっとした正装に身を包んだリュシール。

 屋敷に備えられていた、着慣れないジャケットとスラックスに身を包んだ僕の口の中で、唾液を飲み込む音がいやに大きく耳に響く。


 ここは国立ドラクロワ冒険者養成学校、その校長室。

 ルドウィグとアグネスカに見送られ、リュシールを伴って馬車で2日2ティス。指定された期日に学校の門を叩いた僕は、校長であるマルセル・ドラクロワ先生に、校長室まで案内されたのである。

 校長室に通され、ソファーに座るように促されてから、未だに誰一人として一言も発しない。先生方は三人とも、僕を観察するようにじっと見つめるか、手元の資料に目を落とすだけだ。

 いい加減、沈黙に耐えられなくなってきた僕だ。時計の長針がカチリと鳴った瞬間に、我慢が限界を迎える。


「あの……」

「……あぁ、いやすまん。あまりにも資料の通り・・・・・だったものでな」


 僕が細く声を上げたのに気が付いた、正面に座る恰幅のいい白髭の人間族ヒュムの男性――マルセル先生が、自身の額をぺしんと叩いて言った。

 そうしたら他の先生も切り替えたのだろう、身を動かしたり小さく唸ったりしながら、居住まいを正す。

 全員が姿勢を正して改めて、マルセル先生が柔和な笑みを浮かべた。


「さて、国立ドラクロワ冒険者養成学校にようこそ、エリク・ダヴィド君。

 我々教師一同は、君の入学を心より歓迎しよう。我々の持てる知識の全てを、君に授けることを誓う――と、本来ならば言うところなのだがね。

 初めに断っておこう。残念ながら、君に対しては我々が教えられる内容にも限界がある・・・・・

「えっ……? それは、どういう……」


 マルセル先生の意味深な発言に、僕は両手を膝について身を乗り出した。

 僕から見てマルセル先生の左隣に座った、屈強な体格の巨人族ティタンと思しき先生が、首元に手をやりながら口を開いた。


「勘違いさせたなら悪かったが、何も教えられないことがあるわけじゃねぇ。

 俺達が教えられる知識の何割かが、お前には必要のない知識・・・・・・・だってことだ。

 既に心得を持っている奴に、別の手法を教えたところで、サンジュに木登りを教えるようなもんだろう?」


 体育会系の見た目に違わずぶっきらぼうな口調で言ってのける、屈強な体格の先生。だがその発言内容は尤もだ。

 例えば学校で魔物との融合の仕方を教わったとしても、僕は既にその手法を身に付けている。

 学校で教わるやり方と僕の知るやり方に差異があったとしても、知識として教わることはあれど身に付ける必要性は薄いだろう。

 マルセル先生の右隣に座った、痩せぎすな体格をした鹿の獣人アニムスの先生が書類に目を落としながら口を開く。


「魔物との融合については、既に出来ると伺っています。

 変身までも、もう身に付けておいで、と考えてよろしいのですね?」


 鹿獣人の先生がちらりと、僕の後方、リュシールに目を向ける。その視線を受けて、リュシールはしっかりと頷きを返した。


「はい、アデライド先生。既に私共の手でループとの融合を行わせ、変身まで行えるよう、教示しております。

 現状では一種のみですが、機会があればいかなる魔物を相手にしてでも、傅け、その身に受け入れることでしょう」


 リュシールのあまりにも確信に満ちた言葉に、思わずそちらに視線を向けた僕だが、目が合ったリュシールはさも当然と言わんばかりの目をしていた。

 話の内容を咀嚼しきれていない僕を置いて、アデライドと呼ばれた鹿獣人の先生は満足そうに口元を緩めた。

 そのままリュシールは僕から視線を外し、屈強な体格の先生の方へと顔を向ける。


「アルノー先生、エリク様は素質と技術こそ備わっておりますが、心構えなどはまだ未熟そのものです。

 どうか、必要のないなどと謙遜なさらぬよう。彼が生きていく・・・・・ために、必要な知識です」


 そう述べて、リュシールはスッと目を細めた。

 アルノーと呼ばれた屈強な体格の先生が、唸りつつ腕を組む。


「うーん、そうだなぁ。如何にカーン様の加護を最大限受けているとはいえ、死ぬ時は死ぬからなぁ。

 どんな魔物と融合する器を持っていたところで、魔物を前にして恐れを持ってちゃ話にならねぇ。

 ま、その辺りは特待生らしく特別カリキュラム・・・・・・・・で行く予定なんで、心配するこたねぇよ」


 そう言ってにやりと笑いながら、アルノー先生は僕を見た。

 その視線を受けて、びくっと跳ね上がる僕の身体。

 特別カリキュラム。特待生に独自に組まれる、特別な授業構成。

 一体どんな授業が待っているのだろう、不安なような、楽しみなような。


「アルノー先生、エリク君を怯えさせることはない。彼ならきっと乗り越えられる内容だろう? ……そうだ、改めて紹介しようか。

 こちらの男性が、融合士フュージョナー学科の教員であるアルノー・テニエ先生。

 こちらの女性が、本校の副校長兼、治癒士ヒーラー学科の主任を務める、アデライド・オーベルタン先生。

 入学してから一年1ムートの間、世話になることも多いだろう。覚えておくといい」


 マルセル先生が手短に紹介をすると、アルノー先生とアデライド先生が、揃って僕に向かって一礼した。

 それにつられて僕も、ぺこりと頭を下げる。

 そして僕が頭を上げたことを確認すると、マルセル先生はくるりと、その白い顎髭を指でいじりつつ口を開いた。


「さて、これから入学手続きと、説明に入ろうと思うが……なにか質問はあるかね?」

「あっ、その、一ついいでしょうか」


 僕は慌てながら、呼吸することを思い出したように口を開いた。マルセル先生の髭が指先から離れ、ピンと跳ねる。

 僕の質問を待っているのだろう、何も言わずに微笑むマルセル先生に、僕はずっと気になっていた質問を投げかけた。


僕がカーン様の・・・・・・使徒であることは、・・・・・・・・・どこから・・・・伝わったんですか?・・・・・・・・・


 僕のその質問に、マルセル先生は口を閉ざしたままだ。再び顎髭を指でいじり出して、そのまま誰も何も言わず、数分。

 沈黙を破ったのは、アデライド先生だった。


「そうですね、その説明も含めて、ご案内したい場所があります。

 お二人とも、私に付いてきてください」




 椅子から立ち上がったアデライド先生を先頭に、僕とリュシールは校長室を後にした。

 この案内が終わった後に手続きやら校内の案内やらをするとのことだが、その前にわざわざ案内する必要がある場所とは、一体どこだろう?

 そんな僕の疑問には答えないまま、アデライド先生は無言で校舎を出て、校門をくぐり、王都の街中へと歩を進めていく。校内にはない場所らしい。

 学校内では全く口を開かなかったアデライド先生が、王都の喧騒の中で、ようやく口を開いた。


「聖域の守護者ですか、随分出世したものですね、リュシール・・・・・

伯母さん・・・・こそ、いつの間にか副校長ですか」


 全く表情を変えないまま、視線を動かさないまま、アデライド先生とリュシールはそう言葉を交わした。

 伯母さん???

 驚きのあまり立ち止まった僕の背中を、リュシールが優しく叩いた。


「言っていませんでしたね、私のフルネームはリュシール・オーベルタン。

 エリク様の目の前にいらっしゃるアデライド先生は、私の父方の伯母にあたります」


 突然の暴露に、僕の思考は完全にストップしていた。

 リュシールが冒険者養成学校の卒業生であることは聞いていたが、リュシールの身内がこんなところにいるなんて予想外だ。

 振り返ったアデライド先生が、目を見開いたまま立ち尽くす僕を見て小さく息を吐いた。


「リュシール、もう少し貴女はちゃんと自己紹介することを覚えなさい。

 いくら世間から隔絶された聖域に住まう身とはいえ、必要な情報は明かすものですよ。

 ――あぁ、見えました。あちらです」


 そう言ったアデライド先生が前方を指し示す。

 その指の先には実に立派な造りの、背の高い塔が見えた。先端には大きな円形の紋章シンボルも見える。

 このラコルデール王国で最も大きい神殿、ウジェ大聖堂だ。




 ウジェ大聖堂の入り口をくぐると、表通りの喧騒が嘘のように遠くなる。

 シーンとした、張りつめた静寂が中の空間を満たしている。

 アデライド先生とリュシールの履いたハイヒールの、コツコツとした硬質な音が大ホールに響いていた。


「ウジェ大聖堂には、自然神カーン、太陽神インゲ、水母神シューラのルピア三大神がそれぞれ祀られており、それぞれに司祭がおります。

 大ホールから見て左がインゲ神の神殿、右がシューラ神の神殿、正面がカーン神の神殿です」


 大ホールを直進しながら、アデライド先生は言葉を紡ぐ。

 話の内容から、カーン様の神殿に向かっていることは明白だ。先生が続ける。


9日9ティス前、カーン神の司祭が神託を受け取りました。曰く、『使徒が目覚めた』と。

 カーン神の加護を強く宿す子供が交易都市ヴァンドに住んでいることは、能力検分の記録から認識していました。

 その加護の力が目覚めたのだろうと、司祭は話しています」


 言い終わる辺りで、入口より幾分小さなアーチをくぐって、僕達は神殿の中に到着した。

 中の祭壇で祈りを捧げていた、司祭服に身を包んだカーン様の司祭が、足音に気付きこちらに顔を向ける。

 と、その瞬間、司祭の表情が一気に明るくなるのが僕にも分かった。

 司祭服の裾をはためかせながら、思っていたよりも若い、中年程度の妖精族アールヴの男性司祭が駆け寄ってきて、僕の手をぐっと握った。


「使徒様……! ようこそ、ようこそ大神殿までお越しくださいました!!

 このオスニエル、生きている間に使徒様の御身を拝する栄誉に与るとは、この上ない幸運……!!」

「あ、あのー……」


 手をぐっと力強く握られ、感極まった口調で語りかけられ、僕は司祭に声をかけるのが精一杯だった。

 オスニエルと名乗ったこの司祭、明らかに感動している。ルドウィグもリュシールもエクトルも、ここまで全身で感動を表すようなことはなかった。

 アデライド先生がオスニエルの手に、そっと自身の手をかぶせる。


「オスニエル大司教殿、エリクさんが困惑しています。まずは説明を」

「はっ、し、失礼いたしました!」


 訂正。司祭ではなく、大司教だった。オスニエルはハッとして僕の手から両手を離すと、胸の前で両手をぐっと握った。


9日9ティス前の正午のことです。祭壇に祈りを捧げていた私の前で、カーン様の彫像が一際強い光を放ちました。

 そして私に仰られたのです、『私の使徒が目覚めた』『彼はもうすぐ都の学び舎にやってくる』と。

 私はすぐさまドラクロワ冒険者養成学校に赴き、事の次第を説明しました。そして見出されたのが使徒様、貴方なのです」

「で、でも……」


 オスニエルの言葉に、僕は困惑するしかなかった。

 いくら能力検分の結果があり、その際にカーン様の加護について言及されたとはいえ、結局はお告げである。

 だがオスニエルは確信に満ちた目で、僕の胸元に視線を落とした。


「大丈夫です、見出されたのが間違いないことは、貴方自身の身体が・・・証明しておられます。

 その証拠に、胸元をご覧になってください」

「胸元? ……!?」


 オスニエルの言葉を受けて、その視線の先を追った僕は驚嘆した。

 胸元が、僕の胸元に刻まれた痣が、淡い緑色の光を放っているのだ。

 この聖堂に入るまで、そんな様子はなかったはずだ。


「エリク様の聖印・・が、神殿に反応しているのですか……!?」

「この聖堂は、自然神カーン様が特にはっきりとおられる場所です。

 貴方様に刻まれた聖印が、カーン様の存在に反応されているのです」


 ニコニコと微笑むオスニエルと、驚きに目を見開くリュシール。

 二人の言葉に呼応するように、胸元の光が小さく脈動した。



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