森の最奥、聖域の館
僕とアグネスカは、ルドウィグに連れられて、東の森の中を進んでいった。
正確に言うと、ルドウィグの背に二人して乗せられて。
アグネスカは身体つきがほっそりしているし、僕もそんなに体格のいい方ではないとはいえ、そこそこの年齢の子供を二人も背に乗せたら、相当に重量がかかるはずだ。
だというのにルドウィグは足取り軽く、倒木を踏み越え、背の低い枝を潜り、奥へ奥へと進んでいく。
「なぁルドウィグ、森の中心部には何があるんだ?」
緩いリズムで上下に揺られながら、僕は目の前にあるルドウィグの後頭部に声をかけた。
ルドウィグはチラリと後ろを振り返ると、再び前を向いて前方へと足を運んでいく。
「使徒殿は、先程森全体に意識を拡散させた際に、
そう問われた僕は、ルドウィグと出会う直前のことを思い返す。
森の中、木々や草花の息遣い、数多住まう動物たちの声、いる場所……そこまで思い出した僕は、ある一つの事実に思い当たり首を傾げた。
森の中心部、範囲にして半径10メテロ――地球でいうと30メートル程だ――の広範囲に、
何か柵でも存在して、大型の獣が入れないというなら分かるが、柵をすり抜けられるような小動物や、そもそも柵などで留められない鳥が全くいないというのは、どういうことだろう。
僕はその疑問を率直にルドウィグに告げてみた。するとルドウィグのその大きな頭が、ゆるりと上下に動くのが見える。
「そう、それですな。そして使徒殿、既に
「そうですね、鳥の声や獣の声が後方に聞こえます。『聖域』に入っているようです、エリク」
僕の後方でアグネスカが、周囲の木々を見回しながら言う。確かに、騒がしかった森の動物たちの声が、どこか遠い。
そして僕は視界の先、おおよそ3メテロほど先だろうか。開けた空間になっているのを見つけた。そしてその中に。
「泉だ!」
そう、泉だ。草地を切り取ったように、清浄な水を湛える泉が、開けた空間の中心に現れたのだ。
開けた空間に入ると、ルドウィグは立ち止まって身を伏せた。乗せてくれるのはここまでということらしい。
僕はその大きな背から降りると、泉に駆け寄った。遅れてアグネスカも僕の傍に寄る。
滾々と水の湧き出る綺麗な泉だ。水は澄んでおり、汚れや澱みは見られない。落ち葉が浮いている様子もなく、沸かして飲んだらさぞ美味しいことだろう。
今この場に、携帯型の魔導コンロやコップを持ってきていないことが実に悔やまれるが、僕はふとある違和感に気が付いた。
「あれ?この泉……」
一つ呟き、立ち上がって泉を眺める。腰に両手を当てて、なるべく上から俯瞰するように泉を眺める僕を、しゃがんだままのアグネスカがじっと見つめていた。
そして僕は違和感の正体に気が付いた。
「なんか、この泉……すごく綺麗に
そう。今目の前にあるこの泉は、まるで
自然物ではまず有り得ない。不自然なまでに人口的な円形の泉は、あたかも誰かが人工的にこしらえたかのようだ。
僕とアグネスカの後方でじっと伏せていたルドウィグがくくくと喉を鳴らす。そしてゆったりした動きで僕達の方に近づいてきた。
「違和感に気付いたようだの、さすがは使徒殿。
なれば、あとは現物を見せた方が早かろう。泉の水に触れてみなさい」
「水に……?」
ルドウィグに言われた僕は、再びしゃがみこんで泉の水面に手を触れようと手を伸ばした。
そして指先が水面に触れ、小さく波紋を広げた刹那。
波紋が大きく泉全体に広がり、波打ち、まるで魔法陣のように模様を形成する。
一瞬だけ、水面の表面が静止したかと思うと、周囲がまばゆい光で満たされた。
思わず目を閉じ、両手で顔を覆う僕。数瞬の後、光が収まったのを感じた僕が目を開くと、そこには先程とは似ても似つかない光景が広がっていた。
「えっ……!? こ、ここは、一体!?」
狼狽する僕の目の前には、先程と同じ真円を描く泉の向こう側には。
まるで宮殿のような、煉瓦造りの立派な屋敷が聳え立っていたのだった。
よくよく見れば泉の周囲は切り出した石で噴水のように整えられ、足元も同じく切り出した石による石畳が備えられている。
屋敷の入り口の両脇には、石像が一対鎮座しているのも見えた。
そして屋敷の入り口、僕の身長の2倍はあろうかという巨大な扉には、僕の胸元にあるものと同じ、カーン様の紋章が焼き付けられている。
「自然神カーン様の聖域、『ヴァンド森の屋敷』にようこそいらっしゃいませ、使徒エリク殿。巫女アグネスカ殿。
我等聖域の守護者一同、貴方様のお越しを心より歓迎しますぞ」
ゆるりとした足取りで、ぽかんとする僕と、変わらず無表情のアグネスカの前に移動したルドウィグが、改めて僕達二人に向かって深く頭を下げた。
自然神カーン、その聖域……そんなすさまじく重要な場所が、まさか家の近所の森の中にあるなんて。
僕はただただ、目の前の屋敷の雄大さに圧倒され、立ち尽くしていた。
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