手に入らないのならば

 私は、放課後に友達と校舎裏で会う予定になっている。この学校に入ってきて一番目の友達で、一番の親友だ。向こうもそう思ってくれていると嬉しいな、と感じるくらいの間柄でもある。普段は大人しい彼女が呼び出しとは珍しいことだが、一体どんな用件なのだろうか。

 貴女のことをずっと前から愛していました。私と付き合ってくれませんか。開口一番、彼女はこう言った。つい目をまんまるにしてしまう。私は当然狼狽えてしまうが、何かしら返答しなければならない。貴女は私の一番の親友だと思っている、でも恋愛対象としては見れないんだ、ごめんね。

 そうだよね、突然変なこと言ってごめんね。彼女は笑顔でそう答える。良かった。でも明日から今までどおりやっていけるだろうか……私はついぎこちない笑顔になってしまう。

 次に口を開こうとしたとき、彼女の後ろ手にしていた手が掲げられた。その手には刃物。止める間もなくその刃物が彼女自身の首筋に突きつけられ……


―――――


 私は、幼い頃から病弱で、入退院を繰り返していたため、友達が居なかった。入院時にお見舞いに来るような子も居なかったし、たまに登校すれば腫れ物扱いで交流するような子も居なかった。

 中学も終わりになると体調も良くなり、人と変わりなく通えるようになったが、やはり友達ができるでもない。そんな中、高校は学力の問題や親のすすめもあり、やや遠方の学校に通うことになった。

 高校の登校日初日、私はやはり一人で居た。なにせ今までが今までで、他人にどう話しかけて良いのかも良くわからないのだからしょうがない。苦笑し、一人で帰ろうと思っていたとき、ある女の子に声をかけられた。一緒に帰ろう。それが彼女とのはじめての出会いであり、たぶん一目惚れの瞬間だったのだろう。

 彼女は事あるごとに一人になっている私を誘ってくれた。登校のとき、グループ学習のとき、食事のとき、体育のとき、下校のとき、イベントのとき。また、彼女は他のいろんな子にも優しく、友達が多かった。そのため、彼女を通じて、私にも友達が大勢できた。高校生活は、中学以前と比べて極めて充実していた。必然、いろんな友達といることも多くなり、彼女と二人っきりになる機会は大幅に減った。やはりそれには満足できず、気がつけば彼女を目で追うようになっていた。

 首を振って思い直す。彼女には彼女の人付き合いがあり、今となっては私にも私の人付き合いがあるようになった。そう、彼女も私もそれなりに忙しいのだ。そう納得しようとしたが、駄目だった。やがては、彼女を独占したくなってきた。彼女は私にだけ振り向いてくれないと駄目だ。彼女は私にだけ笑顔を向けてくれないと駄目だ。彼女は私のものでないと駄目だ。不可能だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。

 だけど、自分のものになってくれないことは分かっていた。彼女は私だけではなく、皆にとっても太陽みたいな人だからだ。私は、だんだんと彼女を恋愛対象として見るようになった。だけど、自分のことを愛してくれないことは分かっていた。彼女は私だけではなく、皆にとっても大事な人だからだ。私の思いはだんだんと苛々へ、そして憤りへと変わっていた。

 彼女の一番になりたい。どうすればいいだろうか。普通に告白する、これはきっと駄目。私の部屋に閉じ込める、これも駄目、彼女はきっと悲しむだろう。では彼女を殺してしまえばどうか、でも駄目だ、これは彼女を傷つけることになる。心中してしまおうかとも考えた、でも結局は彼女を傷つけることと同じだ。

 私は今の生活には到底耐えられそうにない。ではいっそ自殺してしまおうか。でも一人で死ぬのはやっぱり怖い。そうか、彼女と一緒になら……彼女の目の前で自殺すれば、”私は彼女だけのもの”になれる。

 早速、私は彼女と放課後に会う約束を取り付けた。


―――――


 彼女と会う予定となった放課後の校舎裏。自殺のための刃物は準備済みで、後ろ手に隠すことにしていた。早速彼女が校舎裏に現れる。突然呼び出したりしてどうしたの?彼女の笑顔は相変わらず眩しかった。やはり、私は彼女のものにならなければだめだ。

 貴女のことをずっと前から愛していました。私と付き合ってくれませんか。開口一番、私はそう言った。彼女は目を丸くしている、それはそうだろう。貴女は私の一番の親友だと思っている、でも恋愛対象としては見れないんだ、ごめんね。思ったとおりの返答だった。

 そうだよね、突然変なこと言ってごめんね。私は笑顔でそう答える。ここまでは予想通りだった。ではこの先はうまくいくだろうか……刃物を握る手が震える。

 さあ、決行のときだ。


 私は後ろ手に隠した刃物を自らの首筋に突きつける。/彼女が驚きとともに走り込んでくる。

 刃物が皮を突き抜け肉に刺さる。/彼女の顔が恐怖に染まる。

 刃物が縦に走り動脈を切り裂く。/彼女の顔が、吹き出した血で赤く染まる。

 体から力が抜ける。腕が下がり刃物が地面で跳ねる。/彼女が私に追いつく。

 足から力が抜け、膝をつく。/彼女が私を抱き寄せようとする。

 力なく横倒しになる。/彼女が私の横に蹲る。

 どこか遠い世界を見るように、泣き顔の彼女を見る。/彼女が喉の傷口を押さえる。

 ありがとう、ごめんなさいと笑顔で呟く。/赤い泡が口から吹き出る。

 私はゆっくりと目を閉じ。/私はゆっくりと目を閉じ。


 静寂の世界に落ちていった。

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