ありがとう

「なぁ、あの日なんで俺を拾った?」

 

 老人は、2年前よりも無口になっていた。何も言わず、店の金庫の1番大事な金庫箪笥から何やら立派な装飾が施された細長い棒を取り出した。

 「これが、なんだか分かるか」

 「煙管だろ?遊女とかが使ってた─ぁ、」


 はっと、した。

 そうだ。そうだったな。あの頃は、あんなことを、思っていたんだ。

 

 “知らない人と知らない人がユウカクという場所がなくなったらいいのに。って言い合ってる”

 今じゃ心の引き出しなんかに入れてなくても分かる。

 遊廓は遊女の鳥籠。

 遊女は身を売る女。

 

 遊女は・・・煙管で自分を買ってほしい相手に御八度の想いを伝える。

 

 客を選べなかった遊女はせめてもの想いで煙管を自分を買ってほしいと思った相手に渡したらしい。遊女だなんて今で言う売春婦だ。身分が低い、いつ消えても誰も困らないようなやつらなのだから。

 だからこそ、煙管をへし折る輩も、自分が気に食わなければ見て見ぬ振りをする当時はいたらしい。

 ということは、あの夢の中で語り合っていた二人の正体が気になった。

 遊女特有のあのはんなりとした艶かしい言葉を使っていないところから察するにきっと遊女の類いではない。

 

 自分だけで悶々としてしまい、老人の言葉で意識をどこか遠くの場所から戻すことができた。

 

 「あの日は贔屓のお客さんからこの煙管を買い取った日だった。・・・お前さんをみてたらなァどうも神様か仏様だか知らねぇが、お前さんに煙管を渡してやれって言ってる気がしてな。

 ま、年寄り1人で一生独りなんてのも味気ないと思って拾っただけだよ」

「・・・・・・意外と適当な理由だな。」

 まぁ、それでも命の恩人だ。義務教育6年間分のことを教えてくれて、それ以外にも骨董や美術・・・いろんなことを教えてくれた。

 多分、この知識がなかったら俺は今頃不良にでもなっていたかも知れない。非行に走っていたかもな、なんて思う。 

 だから、

 「まぁ、あの時は助かった。ありがとう」

 これも、教わったこと。感謝を伝える言葉は“ありがとう”

 

 それからいつも通り、二人分の朝食を作り、客の来ないがらんどうな店番をして、社宅である骨董店二階の割り当てられた部屋でいつも通りの時間に目を閉じた。

 

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