第43話~疑念~

~新宿・大久保~

~メゾン・リープ 食堂~



 翌朝。

 朝食の席で昨日のことを同僚の皆に話すと、みんな揃って驚きの声を上げた。


「マウロのお姉ちゃんまで地球に来てたの!?」

「しかも一年半前に!?」

「それで四ッ谷でカフェを営んでいるだと……!?」


 三人の反応を受けて、僕は改めてため息をついた。

 予想していた流れだ。僕だって昨日は人前にも関わらず大声で叫んだわけだし。

 自分たちよりだいぶ先に、自分たちと同じ世界から、自分の身近な人間が地球に転移して来ていた。驚かずにいられようか。

 僕は手にしたフォークをくるりと回しながら、目尻を下げつつ口を開いた。


「信じられないだろ? 僕だって信じられないさ。

 故郷の村で安穏と平和に暮らしていると思ったら、いつの間にかこっちに来ていて職を得るどころか自分の城まで得ているんだぞ。

 「こっちで結婚したのー」なんて言いながら旦那を連れて来たって、僕は絶対に驚かない」

「マウロ、それどう考えてもフラグ」


 僕の発言に、パスティータがソーセージを齧りながらツッコミを入れてきた。

 分かっている、フラグになりそうだということは僕自身にも。

 しかし、あの姉ならやりかねないから始末に負えない。


「それにしても、お姉さんまで新宿区に転移してきているなんてすごい偶然ね」

「偶然……だろうか。クズマーノさんの話していた「チェルパへのホールが新宿区に空き始めた」ことの前兆だったりとか、するかもしれない」


 エティがサラダにフォークを入れながら僕を見る。対して返す僕の視線は、どこか不安の色を帯びている。

 僕達が転移して来てからホールの開く頻度が格段に上がった、とマルチェッロは話していたが、それより前にホールが開いていなかったというケースは考えづらい。

 何しろ、数百年の昔から地球は異世界とあちこち繋がっていたのだ。その中に僕達の世界チェルパが無かったとは、どうしても思えない部分がある。

 と、シフェールがブラックコーヒーを飲みながら、僕へと視線を向けてきた。


「それにしても、転移してきたのが一昨年の冬だろう? ってことはチェルパでは3年が経ってるんじゃないか?」

「そう……なるんだろうな。チェルパは一年が360日、一日が12時間だ。地球の二倍の速度で一年が過ぎていくことになるだろうが……」


 僕の言葉を受けて、シフェールの視線が訝し気なものに変わる。眉を寄せながら僕へと指を向けてきた。


「だったら時系列がおかしくないか? マウロが「岩壁」の二つ名を得たのは私達が地球に転移してくる2年前・・・だっただろう。

 お姉さんが地球に転移した頃は、お前はSランクであったとはいえ上がったばかりで、無称号だったはずなのではないか?」


 シフェールの言葉に、僕の目が大きく見開かれた。

 確かにそうだ。僕が「岩壁のマウロ」と呼ばれるようになったのは神聖暦749年の芽月1日から。

 僕達が地球に転移してきたのが神聖暦751年の葉月上旬だったから、その頃にはジーナは既に地球にいたはずだ。

 エティもパスティータも、揃って不思議そうな表情をしている。


「お姉さんは、どこでマウロの二つ名を知ったんでしょう……?」

「誰かから教えてもらったんじゃない? 私達やお姉さんの他にも、チェルパから転移してきた人がいて、新宿区にいるかもしれないじゃん」

「教える理由がどこにある? 彼女とマウロが身内であることを知っている人間でもない限りは、世間話の話題にも昇らないだろう」


 女性三人が顔を見合わせながら話している中、僕はじっと黙り込んで思案を巡らせていた。


 確かに、ジーナは僕と顔を合わせた時に「岩壁」の二つ名を口に出した。Sランクであることも知っていた。

 ロンディーヌ県グレケット村は、王都エメディオから馬車で二日はかかる距離だ。僕も家出をした時に、王都まで行くのに随分時間をかけた覚えがある。

 それ故、王都からの情報が伝わって来るのにも時間がかかる。ましてや国立冒険者ギルドの一冒険者のランクアップや二つ名授与の情報など、辺境の村まで届いてくることはそうそう無い。

 僕が二つ名を得て、大きな活躍をした際は王国の新聞にも記事が載ったものだが、その情報を得るにしてもこちらに転移していては無理だろう。

 なにか、なにかカラクリがあるはずだ。


 と、エティがテーブルの上に置かれた、昨日僕がジーナから貰った店の名刺を手に取った。

 「Gina's Cafe」と店名の書かれた名刺を、表裏をひっくり返しながら眺めつつ口を開く。


「四谷3丁目……住所を見る限りでは四谷三丁目の駅からそんなに離れていないわね。

 私、今日お仕事休みだし……このカフェ、行ってみましょうか?」

「いいのか?」


 僕が言葉を投げかけると、エティははにかむように微笑んで口を開いた。


「マウロのお姉さんにも会ってみたいし……それに、久しぶりにパーティーの皆以外の、チェルパの人と会える機会だから」

「確かにねー、出身の世界が同じ人って、なかなか直接会える機会無いしね」


 パスティータも話に乗っかる。彼女も気になっているようだ。

 そうしてある程度、方向性が決まったところで僕はすっかり冷めたトーストを齧るのだった。




~新宿・歌舞伎町~

~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~




 時刻を夜に移して、「陽羽南」の店内、仕事時間。

 いつものようにやって来るお客さんに応対しながら、僕は提供する料理を作っていた。


「マウロさん、4席さんの冷奴出来ました!」

「ありがとうございます、サレオスさん。4席様冷奴どうぞー!」


 サレオスから冷奴を盛った小鉢を受け取ってカウンターに置き、僕は声を張った。

 サレオスはどうしても身長が低いため、料理を提供する際にカウンターの上に料理を置けない。「こでまり」の時のように自分で持って行くスタイルで無いから、料理を定位置に置くのは僕やシフェールの仕事だ。

 その点で手間がかかるといっても、サレオスの料理の腕前には目を見張るものがある。ドジをしないとここまで輝くのか、と驚かずにはいられない。

 僕がビールを中ジョッキに注いでいると、エレベーターが開く音がした。アンバスがすぐさま対応に向かう。と。


「おっ、いらっしゃいませー……あれ?」

「アンバス、どうした……あっ!?」


 注ぎ終わったビールのジョッキをカウンターに置きながら顔を出した僕は、思わず声を上げた。


「やー、我が愛する弟よー、来てやったわよー!」

「ごめんマウロ……断り切れなくて……」


 そこには満面の笑みで僕に向かって手を上げるジーナと、彼女に付き添うようにして身を縮めているエティが、客としてそこにいるのだった。

 僕はまた一つ、今日いくつ吐いたかも分からないほどの溜め息をつくのだった。



~第44話へ~

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