第27話「プログラムされた能力」
リビングへ向かう途中に位置する優が滞在する部屋。少し早く起床した彩乃は、その扉の前まで来ていた。
「ちゃんと寝れてるかな。目覚めるまで、ずっと魘されてたし」
息を呑んだ彩乃は、唇を噛んでそっとドアを開ける。
次の瞬間、目を見開いた彩乃は、勢い余ってドアを押し飛ばす。
「ゆ、優君!?」
優が、いなかった。
皆が寝静まる明け方から彩乃の家を忍び足で脱出した優は、舞友実が死んだ場所へと来ていた。
隙間風によって揺れる雑草。木漏れ日が草木を照らす森の中、今でも忘れない。
生い茂る木々が広がったこの場所で、舞友実が倒れていたあの光景が、今でも夢に出てくる。
あの日舞友実が静かに息を引き取った位置まで来ると、両手を合わせ、深く目を瞑る。
どれ程時間が経っただろうか。
「約束、守るから」
優が再び瞼を開け、一息吐いて微笑んだ時だった。
憎たらしく、既に懐かしい声が優の耳を燻る。
「へぇ……わざわざ追悼に来るなんて性が出るねぇ」
「っ、お前……っ!」
ハッと我に返って腰の刀に手を掛ける優。
声がした方を振り返ると、そこには白服に、白髪。それに似つかわしくない紅の瞳と、終始緩んだ口元。
月見陰無がいた。
あの日、開戦の日の陰無との戦いを経て、陰無の圧倒的な力を再度思い出した優。自然と膝が笑い出す。
「そんな怖い顔しなぁいでよぉ。聞いたよ。あの大剣使いを1人で倒しちゃったんだって?」
木の陰から、徐々にこちらへと歩みを寄せる陰無。
優は陰無を睨み付けたまま、噤んでいた唇を痙攣させながらもなんとか動かした。
「俺だけの力じゃない。みんながいてくれたから」
「へぇ〜、まだそんなこと言ってるのか」
「何しに来たんだ」
両手で優を指し、煽る陰無に、優は強い口調で罵声を飛ばす。
「何って」
すると、陰無は吹き出して笑い、ゆっくりと優に歩き出す。
「死んだんだろ?彼女」
「彼女……舞友実のことか」
「彼女も可哀想だよねぇ……君みたいな偽善を振るって正義を象る奴なんかに出会った所為で、余計な感情を覚えて死に急いだ」
刹那、優は焦りからか目を見開き、素早く引き抜いた夜那を陰無へと振るう。
「っ!!」
陰無は飛び蹴りでそれを回避し、優から距離を取る。
物凄い剣幕で自分を睨む優を見て、今にも吹き出しそうな顔でり寒そうな仕草をしてみせた。
「そんな怒るんじゃないよ〜、だって事実だろ?彼女らと出会うまで本気で人を殺す気でいた奴がいきなりみんなは俺が守るぅ!とか気持ち悪いんだよ」
「黙れ!!」
そう言い放つと、地面を蹴り、両手で握る夜那を叩きつけた。
陰無は当然のように夜那を剣で防ぎ、口を引きつらせる。
「感情的なのも祈凛さんと一緒だねっ!」
「お前には訊きたいことがある!ここで倒す!!」
陰無が放った剣撃は優を弾き飛ばし、空中に飛んだ優は落下の回転を利用して夜那を振り下ろす。
「能力発動っ!!」
「よっと」
「なっ!?」
軽々しく攻撃を避けた陰無は、余裕そうに片足を上げて優に蹴りを入れた。
「ほい!!」
「がぁっ!」
それでも威力は絶大で、数歩退いた優は、腹を押さえて呆気なく倒れる。
陰無は首を左右に振って、ダメだぁっ!と呆れたように言ってみせる。
「全然ダメ!君は余計なことを覚えすぎた!あの日の君なら今ので僕を殺せていたよ?あ、いや、それはないか……」
と、顎に手を添える陰無を睨みながら、ズルズルと立ち上がろうとするも、身体はそれを許さない。
そんな優を見て、陰無は肩を下ろす。
「はぁ、僕はずっと君を観察していた。耐え切れなくなって今日は来たんだ。何故だ!?何故そうなっちゃったの!?最後の1人になるぞ!現実世界に帰るぞ!って威勢は、どした!?」
「……」
「君は守る者を持たなければもっと強くなれる。戦争に勝つことだってできるかもしれない。今の君は、守る者を持ちすぎている」
寝そべって陰無の言葉を聞く優。
目を瞑り、唇を噛み締めた。
頭に過ぎる。
そうなんだろうか……守る者がいなければ、偽界戦争に勝利できる程強くなれたのだろうか。
誰かと関わりを持たなければ、現実世界に帰ることができるのだろうか。
「いや……」
枯れた声でそう呟いた優は、手を使って立ち上がる。
「俺がここまで戦ってこれたのは、そしてこれからも戦えるのは!みんながいるからだ!お前なんかに……「俺」が分かるわけないだろ!!」
はぁ……と溜め息混じりに剣を構える陰無。
優は揃えた両足で高く飛び上がり、瞬時に陰無の目の前へと移動する。
足を踏み込み、夜那を連続して振るう。その全てを防ぐ陰無だったが、追い付けなくなる勢いで優は攻撃を繰り出す。
陰無の剣を弾き飛ばし、大きく踏み込んで夜那を突き立てる。
が、陰無はまたも指で挟んでそれを阻む。
「っ!!」
「いいね。確かに強い……この調子だ」
少し疲れたのか、陰無の声のトーンが下がった気がしま。奴の右手に宿る光。その後、不思議なことに手元に戻る剣。
剣を振りかぶる陰無。優は屈む。
「ぐっ!!」
陰無から遂に嗚咽が漏れた。
その理由は、陰無の背中に刺さる空界にあった。
「能力、かっ……」
緩んだ指から夜那を引き抜き、そのまま斜めに陰無を切り裂く。その勢いで空界を持ち、振り返った陰無を2本の刀で斬り上げた。
「ぐはぁぁぁっ!!」
地面に倒れ伏した陰無。
しかし、治癒能力は今も健在で、ある程度回復すると、足を組んで座り始める。
「ふぅーっ、やっぱり回復速度が弱いなぁ……」
そんな陰無の襟を掴み、優は捲し立てる。
「俺の勝ちだ……お前には訊きたいことがある!母さんの何を知ってる!?」
鬼のような形相を浮かべる優を尻目に、襟を掴む手を振り払って、陰無は立ち上がる。
「今はまだ、その時じゃない」
「その時って……おい!!お前は、何がしたいんだ!!」
そう残して背を向ける陰無を、優は追いかける。
それに呼応して陰無が振り返ると……
「君の成長……とだけ言っておこうかな」
思いも寄らぬ言葉に口を噤んでしまった優。それを見て微笑むと、陰無は親指を立てる。
「ハハッ……あばよっ!!」
そして、能力なのか、一瞬にして姿を消した。
「俺の……成長……」
舞友実の最後の地を汚してしまったことを舞友実に詫び、無事に彩乃の家へと戻った頃には既に、起床した彩乃と、傷が癒えすっかり元気になった相原が優の安否を心配していた。
戒とレインは……恐らくまだ寝ているのだろう。
優の姿を確認すると、2人揃ってこちらに駆け寄ってくる。
「優さん!」
「どこ行ってたんですか?」
「……墓参りだよ。舞友実の」
「……そっか」
微笑んで彩乃と相原に応える。
すっかり動けるようになった相原を見て、優は言う。
「傷、回復してよかった」
「ああ、彩乃ちゃんのおかげだね!すっかり動けるようになったよ」
「そんな……」
「いやいやほんとほんと!もうこうなったら僕の一生の伴侶になってほしいくらい!」
「は、はぇっ!?あ、相原さん!お相手がいるんじゃなかったんですか!?」
「冗談だよ冗談〜」
相原に首を振る彩乃。それでも彩乃を褒め称える相原。
微笑ましい日常に、つい優の頬も緩む。
「じゃあ、俺行くよ。ありがとうね、色々」
荷物をまとめ、玄関に立った相原は優と彩乃を振り返る。
「こちらこそありがとう。助かった、色々」
「わ、私も、ありがとうございました……助けていただいて」
「はははっ」
「会えるといいね……彼女さんに」
優に無言で頷く相原。彼女のことを思い出したのか、自然と笑顔になり、鼻を指で擦る。
「じゃっ、次会った時は、まあ……敵同士だけど」
瞬間。優に走る衝撃。
そうだ。
偽界戦争に参加している限り、どれだけ関係を持っても……結局は……
「……ああ、またな」
相原が家を出た後も、傷心したように立ち尽くす優を心配して、彩乃が声を掛ける。
「優……さん?」
彩乃の言葉に我に帰ると、辺りをキョロキョロ見渡して、ようやく彩乃を見た。
「え?」
「どうかしましたか?」
「あ、いや……何でもない」
そう誤魔化して、彩乃を横切る優。
?を浮かべて優を見つめる彩乃を置いて、優は頭を抱えた。
守る者を持つと強くなれない。
その意味が少し、分かった気がする。
ーENDー
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