第23話「覚めないナイトメア」


彩乃の決死の呼びかけに応ずることはなく、優の重い瞼が再び開かれることはなかった。


先程の戦闘、能力の使用により体力のほぼ全てを賭してしまった彩乃だったが、躊躇うことなく優の胸に両手を合わせ、能力を発動させた。


「優君!優君!」



彩乃のすぐ側で、復活を果たした大剣使いと、戒を含む対大剣使いメンバーの激闘が繰り広げられている。

僅かな希望を彩乃に託し、時間を稼いでいるのだ。なにせ、優なしではやはり大剣使いには敵わないとはっきり分かっているから。

そう、戒たちは劣勢を強いられていた。


「くそっ!優、俺のせいでっ!」


能力により強化した拳を、何度も何度も大剣使いに叩きつける戒。

だが、死ぬまで動き続ける能力を発動させた大剣使いには効きもしなかった。

それでも攻撃を続ける戒だったが、反撃に転じた大剣使いの操る2本の大剣で吹き飛ばされてしまう。


「ぐはぁっ!」




彩乃は、自らの両手に浮き出た能力の回路を優に移植し、再生を開始させる。

能力の酷使により、彩乃から微かに流血が始まる。


「くっ……優君……起きてよ……」



彩乃の血が落ちるのと引き換えに、なんとか優の傷は塞がっていく。

何とか優を救うことができそうで、安堵する彩乃。


それを確認した戒は立ち上がり、勇壮とした表情を見せ、他メンバーと共に再び大剣使いに迫る。


「よっしゃっ!」


優の回復に彩乃も微笑む。


だが……


「あれ……?優、君?」


優の目は依然として開かれない。

傷は、彩乃の力を使い果たし、修復したはずなのに。何故か息が吹きかからない。

ボロボロの彩乃。またも迷わず優に能力を使用し始め完治を試みるが、今度こそ彩乃の能力は完全に途切れた。


「何で……心臓も、傷も治ってるのに……意識が戻らないっ」



「くそっ、優君」

「おい……マジかよっ、優っ!」


大剣使いの猛撃を必死に抑えながら、相原と戒は叫んだ。

今すぐにでも彩乃の助けに行きたいのに、大剣使いはそれを許さない。何十にも及ぶ攻撃を部位鋼鉄化能力で防ぐ戒だったが、もうじき限界が来る。

相原や、他のメンバーもその隙に攻撃を与えるが、火力不足、なにより大剣使いの無痛能力により死に至らしめることができない。


戒が怯んだのを見計らい、大きく2本の大剣を構える大剣使い。

そこから振り払われた大剣は、戒や他のメンバーを吹き飛ばすには十分な威力だった。

メンバーの中の何人かの腕や、上半身、首が飛び、真っ赤な血がそこら中に飛び散る。


「うわぁぁぁっ!!」

「ぐはぁっ!!」


大剣使いはすぐさま彩乃と優に急接近する。


「……優君っ!」


大きく振りかざされた大剣から優を守ろうと、優に覆い被さる彩乃。

だが……


ガギィィィン!!


「!?」


先程の攻撃を盾にて防いでいた相原が、それを防御する。

だが、あまりの大剣の衝撃に、相原は片膝をつく。


「ぐるぁぁあああああっ!!!」


狂いに狂った大剣使い。盾を斬り裂く程の勢いで大剣を押し付ける。


「相原さん!!」


叫ぶ彩乃に首を捻り、相原は言う。


「……あ、彩乃ちゃん……俺、実はさ……向こうの世界に大切な人がいてっ、さっ!ぐっ……明日プロポーズって時に、偽界に連れて来させられて……ハハ……だからほんと、クソッタレな神には、1発殴ってやりたいくらいなんだよ!」


「相原さん……」


大粒の涙を流しながら、相原の背中を見守る彩乃。彩乃には、相原を助ける力など、当然残っていないのだ。


大剣使いへと顔を向き直す相原は、フンッ!と力を入れて盾で防いでいる大剣を持ち上げる。


「だから……こんなとこで死ぬわけには……いかないんだよっ!おるああああああああ!!」


大剣を押し払い、大剣使いの間合いへと飛ぶ。そして、もう片方の手に装備した剣を大剣使いに斬り付けた。

見事命中。優にも劣らぬ大傷を大剣使いに刻み付けた。



だが……


「ぐぅぉおおおおおおおお!!!」


絶えず大剣は迫って来た。

空中に飛んだ相原には、避ける手段はなかった。相原は、最後に薄っすらと笑う。


「ごめんな。雪菜(せつな)……」


大きく振りかぶられた大剣は、綺麗に一直線を描き、相原は絶叫を上げながら吹き飛ばされる。

当然……即死だろう。


「相原さぁぁぁああん!!!」


「てっめぇぇぇぇぇぇぇ!!」


能力を一点集中させた右手を、大剣使いの頭にクリーンヒットさせる戒、流石の大剣使いも後方へ吹き飛んだ。

彩乃を振り返る戒。


「彩乃ちゃん、優を頼んだ。2人で逃げてくれ」


「そっ、そんなの!」


「いいからっ!俺が時間を稼ぐ!」


戒はそう言い切ると、地面を強く蹴って大剣使いに追い打ちをかけた。

あれ程のダメージを負っても、まだ戒と互角以上、いや、戒を圧倒していた。

押されながらも戒は叫ぶ。


「行けっ!!」




「そんなこと……できるわけ……」


優を見る彩乃。まだ、優の意識は戻らない。


「……優君、お願いっ」


その瞬間、彩乃は自らの唇を、血がこべりついた優の唇と重ねた。

冷たい口に、息を何度も何度も吹き込む。

優の身体が少しだけ膨らんだ。しっかり空気が入っていると確認した彩乃は、さらにそれを続ける。


「っ!」


口を離し、次は心臓マッサージを行う。

優の胸部に体重をかけ、圧迫を繰り返す。


「優君!優君!優君!優君!!!」










「あれ……ここは……」


目が覚めると、そこは夜の森の中だった。

辺りは真っ暗で、静寂に包まれていた。


優は身体を起こすと、その森を歩き始める。

時々木々から溢れる月の光が優を照らす。


やがて河川に辿り着き、森を抜ける。

よく空が見える広い草むらだった。大きな川を挟み、それは長く続いている。

川沿いに1人、人影を見つけ、それに近づく優。優の気配に気付いたのか、その人物はこちらを振り返った。長く、美しい黒髪を靡かせて。

そこにいたのは……


「……舞友実」


ーENDー

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