第17話「願ったこと」
真っ暗で、視界がおぼつかない中、少年は傷だらけの少女に声をかけた。
「ねぇ。どうしたの。どうして……泣いてるの?」
「!?」
危険を察知し、足を引きずって身を引く少女。
「えっ……」
少年も伸ばした手を引っ込める。
「あ、貴方……は」
警戒しながらも、そっと呟く少女。
それに少しほっとしたのか、少年は微笑む。
「僕?僕は、優。優、だよ」
「優は……優しい、人?」
「えっ……ぼ、僕は……」
あれ……また……まゆ……み
「……僕……は……」
「はっ!!」
優は、上半身裸の状態でベッドに横たわっていた。何もない空間に伸ばした手を、じわじわと引き戻す。
あれ程深手だった胸の傷は、不思議な事に綺麗になくなっていた。
そのことに多少の疑問を覚えながらも、優は身の周りを見回す。
辺りには見知らぬ壁、見知らぬ家具。素材は木を主張とした、落ち着いている内装だった。
漂う木材の匂いがプーンと、鼻を伝って臭う。
と、そんなどうでもいいことを考える優に急速に近づく足音。自然と意識が集中する。
「あっ!よかった!目が覚めたんですね!」
駆けてきたのは、彩乃だった。手元には水の入った桶と濡れタオル。
どうやら、ここは彩乃の家のようだ。彩乃のベッドの上のようだ…………!?
「ぶはぁぁっ!?」
「ゆ、優さん!?」
女の子の部屋のベッドで眠っていたなど、今までの優には刺激が強すぎる。
悟られないように、平然を装う。
「あ、い、いや。な、なんでもない……色季、さん……どうして」
「勝手に、ごめんなさい。えっと、私も対コネクトアイズに参加してて、それで……あの後、優さん、気失っちゃって」
安堵しながらも、申し訳なさそうに視線を落とす彩乃。助けたことを迷惑がられているのではないか、と彩乃は懸念しているのだ。
「い、いや。ありがとう。俺の方こそ、ごめん」
「え?」
再び彩乃が優を見るのと同時に、優は彩乃から視線を外した。
「君を……置いて行って……」
少し、間が空いた。
彩乃はキョトンとした表情を見せた後、手を口元へ近づけ、ぷっと吹き出す。
「何言ってるんですか!優さんのおかげで、私今生きてるんですよ!」
その顔が、あまりにも美しくて、可愛くて、流石の優も頬を赤らめる。
そのまま彩乃の下半身部へ目を下ろしていくと……
「んがあぁああっ!?」
「ゆ、優さん!?」
口元を抑えて、先程よりも更に気まずそうに目線を逸らす優。噤んでいた口を、不細工に動かす。
「し、色季さん……し、下……パンツ……」
「えっ?」
優の言葉を聞くや、彩乃は自身の下半身に目をやると、熟しきったトマトよりもさらに赤く、彩乃の頬は火照っていく。
下は……パンツのみだった。恐らく、急いで優のところまで来たのが原因だろう。
太ももから足にかけて彩乃の白い裸が露出していた。
「ひゃぁぁぁ!?ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
宙を舞う桶。不運なことに、その桶はそのまま優に向かって一直線に飛んだ。
「わ、わわわわぁぁっ!!」
ビシャァッ……!
「ごめん」
「こちらこそ……ごめんなひゃい。あっ」
下をしっかりと履き、ベッドの横にある椅子に腰掛ける彩乃。優も彩乃も、染まった顔をお互い向き合わせない。
「い、いやぁ、優さん。1ヶ月前とは、立場が逆になっちゃいましたね!」
「え、あ、ああうん。そうだね」
少し経って。
「優さんは……なんで偽界戦争に参加したんですか……」
真剣味を帯びた彩乃の言葉に、優の表情も固くなる。
彩乃は恐らく、先程、優が襲われ、反撃できる程の力を持っていながら、何もしなかったこと。殺されかけたことに疑念を抱いているのだろう。
僅かな沈黙の末、優は口を開いた。
「1番は……現実世界に行く為。行きたいんだ。現実世界に。俺は……10年前より前に偽界に転移したらしいんだけど、そこの記憶がなくて、現実世界を……知らないんだ。だから、見たい。見たいんだ」
「そう……なんですか」
「君は……?」
突然話を振られたからなのか、彩乃は双眸を見開いて、ビクッと震える。
「えっ、私ですか……?私は……私の、大好きだった人に、もう一度会う為に……い、いえぇっ!!!りょ、両親にまた会う為に参加しました!」
なんか……どこかで、聞いたな……
そう思いながらも優は、微笑しながら言った。
「隠せてないよ色季さん。大好きな人……か」
彩乃も笑う。
「へへ……約束したんです。一緒に現実世界に行くって。その為に、第4次に参加するって。でも、両親に会いたいっていうのも本当なんです。私だけ、こっちに来ちゃったので」
「そっか。会えるといいな。俺も、君も、願いを叶えられる結末にしたい」
「そう……ですね」
そうは言っても、優にはまだ、人を殺す覚悟なんてものはない。
恐らく、対コネクトアイズでも、これからの戦いでも、それは変わらない。
彩乃は、この戦争についてどう思っているんだろう。人を殺すことが、できるのだろうか。
なんてことを考えながらも、優は偽りの決意を露わにする。
「その為に今は、コネクトアイズを一緒に倒そう」
「……はい」
彩乃は、優に笑顔で頷いた。
対コネクトアイズ本作戦会議は、4日後に迫っている。
優も、彩乃も、生き残る保証はない。それでも、こうして絆を紡ぐ。
悲惨な未来を迎えない為に。
その、夜。
「好きなようにさせる、か」
高台で、珈琲片手に黄昏れる、政綺。強風によりコートが強くなびく。
温かい珈琲カップを手で転がしながら、微笑んだ。
「まったく。昔から面倒な子だよ。君は」
ーENDー
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