第16話「蒼黒をジャッジせよ!」
セーフティータウンから離れた、とある闘技場のような円形の建物の中。
中心から階段状に敷き詰められた丸石の上に勇壮と腰掛ける大勢の人間。彼らは全員、第4次偽界戦争の参加者だ。
騒めきは止まらないが、何故か、戦闘を行っている者は1人もいない。
それは、今日、この広場で、「対コネクトアイズ・作戦会議」が赤のレインのもと、行われるからだ。
いわば、彼らは皆、一時の同盟を結ぼうとしているわけである。
そして、それらに囲まれるように広場の中心に、1人の赤髪の青年が立った。彼が、赤のレインだ。
真っ青な空の下、声を張った。
「集まってくれてありがとう。今日はみんなの意思を確認する日だ!ま、目的も同じ訳だし、コネクトアイズを潰すまで、俺たちの啀み合いはなしだ。みんなで協力して、コネクトアイズを倒そう」
次々と、赤のレインに喝采を送る参加者たち。皆、この同盟には賛成のようだ。
その中に1人。何の反応も示さず、ただその光景を眺める黒ずくめの衣装を身にまとった少年、優がいた。
建物の出入り口付近の物陰からその場を眺めて、小さく息を呑む。
優も、この対コネクトアイズに参加するのだ。すぐにこの戦争を終わらせて、現実世界に行く為に。願いを叶える為に。
切夜との、舞友実との約束を果たす為に。
だが、こんなことが、舞友実の言った「みんなを現実世界に連れ出す」ことの、何に繋がるというのだろう。切夜の言葉に、舞友実の言葉にただ囚われているだけに過ぎない。
コネクトアイズを倒したって、戦争に勝ったって、還れるのは、1人だけなのだから。
正直。今、何の為にこの戦争に参加したのかすら、優の中で分からなくなってきているのだ。
意気込んで参加者を殺す!などの宣言は、実際に人の死を目の当たりにして見事に掻き消えた。
優は何も、知らなかったんだ。
そして。
そんな優に、ある男が駆け寄ってきた。
「お、おいあんた!」
「!?」
声に即座に反応し身構える優。
男は焦ったように両手を振る。
「い、いや、違う。襲おうってわけじゃねぇ、ダチが怪我したんだ。助けてくれよ!」
「ん、他の奴らに……いや、分かった。どこ」
「ありがとう!」
そうして、男により建物の外に連れ出された。中では未だに参加者たちが騒めきあっている。
丸みを帯びた壁に沿って、男の誘導に従い、進む。
「どこにいるんだよ」
優がそう言った瞬間、男の纏う空気が凍り付く。
気付けば優の背後には、多数の人間がいた。即座に優を取り囲み、武器を装備する。
それを確認すると、先程の男が狂気に染まった双眸をこちらに向ける。
「お前、蒼黒、だろ?」
「!!……」
蒼黒。第4次偽界戦争現時点での有力者の1人。凄まじい剣術と反応速度を持ち、かつて名を挙げていた参加者たちを秒単位で撃破したという。
ただ、殺さず、瀕死にだけ至らしめる。
フードで顔を覆っている為、正体も分からない。第4次偽界戦争で、最も謎に包まれた人物だ。
「俺は見たぜ。そのコートの中に隠れた2本の刀を。蒼黒が使ってたもんと一緒だ」
そう言いながら、徐々に優との距離を詰める男と、その仲間。
優の背後には壁。逃げることはもちろんできないし、焦りで思考が回らない。
汗が、頬を伝って、地面へと落ちた。
「ぐっ」
男が剣を突き立てる。咄嗟に逃げようと試みた優だったが、右にも敵。左にも敵。
グシャァッ!!
「ぐっ、ぶふっ……」
剣は、優の右胸部を貫いた。
「はっ、人を殺さないとか、甘い考えが仇になったな蒼黒」
強烈な痛みが走る中、両手で剣を強く握り、抵抗する優。
「俺は……俺はっ、人を殺すのが……怖、くて」
「ハッ、なんだそりゃ。じゃあなんで対コネクトアイズに参加したんだよ!なんで偽界戦争に参加したんだよ!」
男の言葉が、何度も、何度も優の鼓膜を揺さぶる。男の言う通りだからだ。
優は第4次偽界戦争開戦日、本当に人を殺して現実世界へ帰るつもりだった。
でも、戦争により死んだ者たち、なにより舞友実の死によって、いつしか人を殺すのが怖くなってしまっていた。
いや、初めから殺すことなんてできなかったのだろう。何も知らない、空っぽな少年の意気がりに過ぎなかったのだ。
優には……この戦争に挑む資格は、ない。
でも、死にたくない。
優の必死の抵抗も虚しく、男は徐々に左胸部、心臓へと剣を抉らせていく。骨と肉が裂ける音が脳に響く。刀を抜く力も、痛みにより掻き消された。
「やれ!潰せ!」
男に送られる声援。こんな、こんなことで死ぬのか。
やはり優しさは、人を殺す。
いつもそうだ。優しい奴が不幸になる。優の父親だって、死にかけの優を助けてくれた。優しかった。だから殺された。
舞友実だって、優に道を示してくれた。優しかった。だから死んだ。
戒だって、優を生き生きとさせてくれた。優しかった。だから裏切られた。
でも優は……優しかったのだろうか。この男を助けようとしたのも、結局はただの詭弁による罪滅ぼしだったのかもしれない。
優は、目を閉じた。もう……いいや……
「やめて」
「!?」
少女の声で、優の肉を抉る剣がピタリと止まる。
その少女は、すぐさま腰の剣を抜き取り、周りにいた男の仲間の剣を次々と弾き返し、無力化させた。
「なっ、なんだこの女!」
「ぐはぁっ!」
1人、また1人と倒れ行く男たちにより、優にも奥に立つ少女を確認できた。
優の目に映ったのは、彩乃だった。
1ヶ月前、優が戒から逃げる為に見捨てた、彩乃だった。
逃げ出す男たちを振り返り、無言で剣を納める。
「し、色季……さん?」
景色がおぼつかない中そう呟いた優は、そのまま意識を失った。
ーENDー
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