第10話「背いた者への制裁」


森の細道を歩く優と舞友実。互いに大きな荷物を抱えていた。僅かな木漏れ日が2人を照らす。


「悪いな。手伝ってもらって」

「いやいや!ダイエット……じゃなくていい運動にもなるし!いいのいいの!」


優と舞友実が受けた仕事は、隣村まで荷物を運ぶものだった。

彼女のデートと被った為、代わりにやってほしいと中年の男に頼まれたのだが、優の中では報酬金が高額だったので、引き受けたのだ。優の中では。

しかし、セーフティータウンの隣町に行くということは、当然戦闘領域に出るということ。危険は伴うが、参加者もかなり減っているだろうと踏んだ優。



「ねね!2人共付き合ってるのー??」

2人並んで歩く優と舞友実に、背後から子供たちが声をかけてきた。

同じ様な地味な服装に、同じく腰に下げられた1本の刀。確かに一見カップルに見える。

優が予想通り頬を赤らめ口をモゴモゴさせているのを見た舞友実は、荷物を降ろして子供に言った。

「そそ!お似合いでしょ?」

「おい」


「やっぱりな!ヒューヒュー!」

煽りに近い口笛を吹いて、河川に戻る子供たち。


それを舞友実と、両手に荷物を抱えたまま見送る優。そして舞友実はニヤニヤ顔で振り向く。


「へへ!1日カップルになろうよ!どうせそんな経験ないんでしょ?」

「うるさい」



「いいじゃん1日くらい!てか!急がないと!午後から授業優君担当でしょ?」

「授業って、なんもやらないし」


「刀の素振り授業でもやればぁ〜?」

笑いながら言う舞友実。目を瞑った優の額に怒りマークが入る。


冷えた瞳を向ける優に爆笑する舞友実。そんなに笑えることではない気もするが……いや一切笑えないが。

やがて止み、どこか笑顔とは別の、嬉しそうな顔をする。


「こないだの優君の言葉。ほんと嬉しかった。ありがとうね」


「こないだ?」


「ほら、私の存在価値を肯定してくれた……」


「ああ。別に。礼なんていいよ」

「優君、優しっ!」



「優君。私の直感なんだけど、優君なら、この世界を終わらせてくれる。そんな気がする!」



「え……」


刹那、時が止まったように舞友実の台詞が鮮明に聞こえた気がする。



「いつか……私を外に連れ出してね。待ってるから」



「……」



舞友実の、どこか悲しげな表情に思わず目を見開き言葉を失う優。何か言わなければならないと試行錯誤を繰り返すが、何も思い浮かばない。


そこで声色表情共に普通に戻した舞友実が、薄っすらと見えてきた村に向かって走り出す。


「着いたぁぁぁぁ!村長さぁ〜〜ん!」


「え……」


何もない空間に、それでも舞友実を掴もうと手を伸ばす優。その瞬間に響く鈍い音。彼自身も確信した。やらかした、と。




「まったく!落とすとかなにやってんのよ!バカバカバカバカバァァァカ!」


ギャアギャアベンチに座る優に喚く舞友実。優の耳には入って来ず、右から左へと通り抜けて行く。



「ホントにうるさいな」


「んもう。あ!そうだ!午後まで時間あるし!私子供たちと遊んでくる!」


「切り返しが急すぎだろ。ついでに言うと戦争中だからな?」


優が呆れたようにそう言うと、舞友実は目を丸くして隣に腰掛ける。

「な、何」

「優君ってさ、何の為に戦ってるの?」

「は?だ、だから、俺の記憶を取り戻して、現実世界に行く為だよ」

「今も?」

「……う、うん」

「そっか。優君、戦いたい?」

「は、いや、そりゃぁ……まあ。どうした急に」


舞友実の突然の言葉に、優は困惑しながら問う。

舞友実は少し目を見開いて、俯く。


「なんか最近楽しくて……戦争に参加したこと、後悔しちゃってて」

「……それは」


微かに微笑んだ舞友実。しかし何処か寂しそうだった。あのね。と言い残して立ち上がると、優を振り返る。

「私は、例え偽界にいても、戦争をしてても、現実世界の人たちと同じように遊びたい、笑っていたい。そう、そう思うよ!優君!」


開いた口が塞がらなかった。

優は現実世界に行きたい。その一心でずっと生きてきたし、戦ってきた。それしかなかった。何かがしたいなんて、そんなこと思ったことなんて、なかった。

舞友実は、今に生きる意味を見出している。優にはなかったものだ。


「凄いな……舞友実は」


小さく呟いた。

俯いて、目を閉じていた優だったが、咳を吐いた舞友実に釣られて顔を上げる。

「ケホッ……ケホッ!!」


「ん、どうした」


「な、なんでもない!」



「ねー、おねーちゃん!早く遊ぼ!」

「そーだそーだ!」


「ちょちょ!あ、じゃ、じゃあまたね優君!」

子供たちに手を引かれ、近くの森に向かう舞友実。



「確かに、そうだよな」

微かに唇を綻ばせ、大空を見上げる。

こんな混沌の世界にいるとは言え、優たちは確かに、生きている。今、この一瞬にも、生きる価値はあるはずだ。


同時に、舞友実を守ってやろうという感情が、いつからか芽生えていたことも思い出す。


「自分の為だけに戦ってたつもりが、いつからだろうな」


優は確かに自分の為だけに戦争に参加した。それでも、舞友実を守りたいという気持ちは、偽りではない。

後で、遠回しに言ってやろう。


そう決心した優。



しばらく経ったその時。

そこへ近づく、不穏な足音。村人でも何でもない。血塗られた地面を抉る艶かしい液体の音。



「よう。テメェが桐原優か?」


声に反応した優は、ゆっくりと立ち上がり、警戒心を露わにして声の主を見る。小柄な男だが、背後には多くの人間。恐らく部下か下僕か何かだろう。


何だろう。その程度の思考は、いつしかある感情へと変わる。

男の、部下の背後に目を向けると、そこには死体が転がっていた。無惨に首をもがれた村人と思しき数多くの死体が。

優を支配したのは憎悪、と言うより恐怖の感情だった。


「お前、何だ」

「アブソルートキル……って言えば、大体分かるか?」


瞬時に大きく瞼を開かせ、黒刀・夜那を引き抜く優。

アブソルートキルと言えば、この僅か数日で戦争参加者の大半を殺したという、巨大組織。

そんな連中が、何故優の目の前に。


「安心しろ。この村周辺は包囲してある。逃げるのは無理だぜ?」


「安心できないな……まさか、舞友実!?」

つい舞友実のことが脳裏に浮かび、彼女が向かった方向に反転する優。しかし。


「どこ向いてんだ」


次の瞬間。男の足は優の目の前にあった。

「!?」


ドゴォォォォォォォォォンッ!


吹き飛ばされる優。建物へと飛ばされ、先程座っていたベンチを突き破り、更には壁にめり込んだ。


「ぐっ、な、何だよ……それ」


「え、生きてんの?意外とやるなテメェ。気持ちわりぃ赤い目しやがって」


「……ちっ」




その頃、森の開けた場所で子供たちを背に刀を構える舞友実。目の前には、明らかに強者の風貌の2人の男。アブソルートキルの1員である。


「おいおい、餓鬼共見捨てて逃げたほうがいいんじゃないか?」

「そーだそーだ兄貴の言うとーり!この偽善者!」


剣を振り回し、にやけ顔で舞友実たちにのそのそと近付く男2人。


「お、おねぇちゃん。怖いよ」

「た、助けてよ」


怯える子供たちの頭を撫でる舞友実。笑顔でこう言った。


「大丈夫。守るよ」



「へっ!俺の女になれば見逃してやってもいいのにな」


「願い下げ。こっちはようやく見つけたんだから」


舞友実は男2人の方へと向き直ると、再び刀を縦に構え、互いに突進する。


「いくわよ。やぁぁああっ!」

「精々後悔しな!」



重なった互いの武器は、火花と轟音を立てた。





バゴォッ!ギュイィィィィィン!!

更に優に追い打ちをかける男。顔面に迫る蹴り。何とか左手に持った黒刀で防ぐも、既に体からは血が噴き出している。


「へぇ、お前やるな!俺の名前教えて逝かせてやるよ。俺、神夢囲一馬(かむいかずま)」

「ああ知ってるよ。今の俺じゃ勝てないってこともな!!」


渾身の蹴りを一馬にかますも、怯む様子はない。が、何とか脱出する優。再び一馬と直線上に並び、刀を構える優。


「夜那だけじゃ……無理かも……」


「いいねぇ……血が滾るぜっ!!」



地面を強く蹴り、優に急接近する一馬。

空中に飛び、2連続蹴りを優に放つが、何とか体を反らして避ける。

反りを利用して回転斬りを喰らわすも、足の側面で防ぐ一馬。よく見ると、薄い透明な防御壁が優の攻撃を防いでいた。


「なっ!?能力!?」

「正かぁ〜〜い!」


強い衝撃で後方に押し飛ばされる。何が起こったのか全く把握できない優は、困惑と吐血を繰り返すしかなかった。



「ぐっ……」


先程から優の頭は舞友実の安否のことばかり。しかし、舞友実の元に行くには一馬を退かなければならない。しかし、一馬はかなりの強敵。


更に近づく足音。あの黒髪の男だった。その背中からは、黒い刃を発現させている。


「……君、は……」


優は目を大きく見開いて黒髪の男を見る。よく見るとその男は、あの日。男の子が屋上から降りれなくなって泣いていた時に、その男の子に強く怒鳴っていた男だった。


「よう南。こいつ結構やるぜ?」



「何遊んでる。こっちは片付けた。早く殺せよ」


「テメェは俺に指図すんな」


一馬と名乗った男。それに付く部下。南と呼ばれた男。結果的にあの男の子を助けた南さえも、今は敵として目の前に立っている。これだけに囲まれたら、もう駄目だ。絶望の感情に身を任せ、目を閉じた優。



しかし、そこに拍手、透き通る様な声が響く。

「いやぁぁぁ。これぞ、絶体絶命。って感じだねぇ?」


「この声。テメェか」

そう小さく呟いた一馬の目が一気に鋭くなる。黒髪の男にも緊張が走るのが分かった。



「でもぉ?ヒーローや警察は遅れてやって来てぇ、形勢逆転。これはぁ、お決まりだよねぇ?」



建物と建物の間から姿を現したのは、スマートな身体を優同様の黒いコートで包み、しかしながら優人よりも高い背。髪は若干紫がかった黒色。アイパッチで右目を覆っている。

そんな男だった。

余裕面からかなりの実力を持つ者だということが分かる。


「さぁて一馬、龍君。始めようか」


ーENDー

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