第11話「救えない命」


「テメェ、まさかこんなところで会うとはな政綺(まさき)」


「僕も会いたくなんてなかったんだけどね?君と君のボスの邪魔がしたすぎて体が言うこと聞かないんだよ」


一馬ら一行と対峙した政綺、と呼ばれた男。周りには緊迫感が漂わせていた。


そんな中、政綺が優を見て……


「さ、早く行きなよ優君」



優は政綺の姿を確認すると、目を大きく開かせた。政綺は、優の父親である切夜の昔からの知り合いで、彼が死んだ後、ずっと優の面倒を見ていてくれた人物だ。歳も24歳と、優とそう変わらず、兄のように慕っていた。

だが、右目の事については、どれだけ聴いても教えてくれなかった。


優が一人暮らしできる年齢になってからは、ちょくちょく顔を見せるくらいで、そう頻繁には会っていなかった。


そして、政綺は優の戦争参加に1番反対の意を示していた。

今回優が家を抜け出して戦争に参加したのも、政綺がいないことを見計らってのことだ。

思わず視線を逸らす。



遠退く意識の中、僅かながらも思考を巡らす優だったが、今はそれどころではない。舞友実の元へ向かわなければ。

立ち上がった優に、黒髪の男の黒い刃が迫る。


「!?」


ジュバァァァァンッッ!


しかし、政綺が優の前に手を差し出し、それを防ぐ。不思議なことに、政綺に触れた黒い刃はみるみる姿を消していく。

黒髪の男は微笑しながら政綺を見る。


「無効能力は相変わらずですね……」

「君が背後を狙うなんて、ねぇ?」



政綺の台詞に、黒髪の男は一層目を細める。


「……うるさいのも相変わらず、ですね」



政綺はすかさず黒髪の男に回し蹴りを入れるが、男は身体を反って回避。

だが政綺は素早くもう片足で男の腹を捉え、男は歪んだ表情を浮かべて後方へ吹き飛んだ。


「ぐっ!!」


「甘いな〜龍君、一撃で油断するなとあれほど言ったろ?」


「……ちっ」


舌打ちをし、口から漏れた血液を拭う男を庇い、一馬が政綺の前へ出た。


「テメェは俺が殺る」

「一馬〜怖いなぁ」


優は隙を見つけ、あの場を離れた。先程から優は後悔を繰り返している。まだ、舞友実の言葉に頷けていないからだ。


『いつか……私を外へ連れ出してね。待ってるから』

『……』




「くそっ、くそっ、くそっ」


泣き喚く勢いで呼吸顔色を荒くし、一馬らから遠去かり、森を駈ける優。

草木に何度か身体を切られたが、そんなことはどうでも良かった。

舞友実の側にいればよかった。あの時に戻りたい。

でも、そんなことは叶わない。

とにかく今は、舞友実の無事を信じて捜すだけだ。



広い場所に出て、両膝に腕を預けた。



「はぁはぁ。どこだ。どこにいる」


目を凝らし、辺りを捜索する。不安に心臓をえぐられそうだった。

枯渇した呼吸を酷使し、目元をすぼませて舞友実を捜す。



必死に周りを見回した末、ついに見つけた人と思しき影。







しかし、次の瞬間優の目に映ったのは、血だらけで息絶えた子供たちと、それを守るようにして倒れた舞友実だった。手には蒼色の刀が握られている。


優は反射的に舞友実の元へと寄り、抱き抱える。


「おい。どうした。何があった」


優の耳に、枯れ果てた舞友実の囁きが聞こえた。


「あぁ、優君。ごめん。守れなかった」

「いや、違う。俺のせいだ。まだ助かる。は、早く、麓に行こう」



舞友実を抱え立ち上がろうとする優の胸を、舞友実の血塗られた手が強く掴んだ。


「もう無理だよ。自分のことは、自分が1番よく分かるの」

「で、でも」



「優君と、もっと話したかったなぁ」


「い、いや待て。待ってくれ!」


優の嘆きが聞こえているのかは分からない。だが、舞友実は、薄っすらと微笑んだ。


「俺、舞友実たちと出会って、変わったんだ。ずっと、ずっと戦争に勝って向こうの世界へ行こうとだけ思っていた俺が、初めて……誰かを守りたいって思ったんだ。なのに……なのに、そう思えた途端に死ぬなよ!俺が向こうへ帰してやる!病気だって治してやる!だから……だから死ぬなよ!!」


捲したてる優に、舞友実は笑顔を微かに浮かべ、優のボロボロのコートの先にある傷口を指先で撫でる。


「ダメだぁ……もう、優君の声、聞こえないや……」


開いた口が塞がらなかった。

無力感、絶望感。それすら感じることが出来ないほど、今の優は虚無だった。


「やっぱり優君。あの子に似てるなぁ。あの子もそう言ってくれたの。もう10年も前だけど。優君と同じ黒髪なんだよ」



「…………え?」


舞友実の一言で優の頭の中に、様々な推測が入り混じる。土壇場で舞友実が夢の中の少女ではないかということが浮上したのだから。


それと同時に、舞友実も血の気を失っていった。



「優君。お兄ちゃんを、よろしくね」


「まっ、おい待て。待ってくれ!舞友実!」





「……」

「くっ……ぅっ……あああ……ああああああああああああああああああああ!!!」


舞友実は息を途絶えた。優は舞友実の胸に顔を埋め、唸り声を上げる。込み上げるのは無力感と、自分への、いや、この世界そのものへの憎悪だった。

そこに近付く複数の足音。


「あっれぇ?兄貴ぃ!死んじゃってるよあの子!」

「え、マジか。せっかく後から楽しもうと思ったのに……やりすぎたか?」


「ん〜?テメェ誰だ?」



優に目を留めた2人の男。恐らく、この状況を招いた者たちだろう。優はゆっくりと男たちを見ると、息巻きながら、その鋭く尖った双眸で睨みつける。


「お前らが」



「そう!俺様はカリア!一馬さんの部下でこいつらを始末したのが俺様だ!」


「流石!兄貴!因みに俺も一馬さんの部下。ミサクだぁっ!」


刹那、ミサクの腹を宙舞う黒刀・夜那が貫く。激しい回転を繰り返して次々とミサクの体を斬り刻んでいった。絶叫を挙げることなく、一瞬にして倒れたミサクに当然、動揺するカリア。


「な、なんだ。て、テメェ!武器を宙に浮かす能力か!?」



すっかり白くなってしまった舞友実をゆっくりと寝かせ、立ち上がった優。カリアに耳を貸すことなく、殺意を露にする。


「お前、殺してやる」








「よっとっとっとぉ」

次々と政綺の体に拳を撃ち込む一馬。しかし、間一髪で政綺は全てを避ける。


「ははっ!テメェ、でけぇ口叩いといてこんなもんかよ!反撃する暇もねぇかぁ!?」

「いやぁ、アブソルートキル1の戦闘術持ちはやはり伊達じゃないねぇ……」


「にしてもっ!これだけ避けるとはっ!テメェ!また新しい能力手に入れたなぁっ!!」


一馬の拳を片手で掴み、止める政綺。


「さぁ、どうだろうね」


だが、一馬はその手を容易く振り払い、政綺を蹴り落とす。地面を引きずり、砂埃が目にしみる。


「まったく……相変わらず容赦無いな君は」


口元から垂れる血を拭き取り、膝を支えにして立ち上がる政綺。


「そろそろ逃げた桐原のとこに南が着くところかぁ?」

「おうふ……マズイな」


そう。優の元に、黒刃使いの殺人鬼が迫っていた。







スパァァン!ジャキィィン!!


「んだよテメェ!くそっ、強え……」



優から繰り出される無数の斬撃を必死に受け流すカリア。優の手には黒刀。


鍔迫り合いになり、2人に会話のタイミングが設けられるも、優は話すことなどなかった。今の優にあるものは、憎しみ。ただそれだけ。


横ステップでカリアの死角に回ると、黒刀をカリアに突き刺す。

黒刀を引き抜き、斜めに斬りかかる。胸元を切り裂くと、更に2回斬り込み、回転斬りで右手を切り払う。



もう十分戦闘不能まで持ち込んだのか、剣を捨てて右肩を押さえるカリア。


「く、そっ。なんでこんなに強えんだよ」





「……!!うぁぁあああああっ!!」


優は、絶叫と共に大きく振り上げた黒刀を、一気に振り下ろす。


鈍い音を立て、辺りに血液が飛び散った。


ーENDー

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