第8話「帰る場所」
子供が連れ去られた。
翌日の早朝、友花のその言葉が優と舞友実を震え上がらせた。戒は午前授業担当だった為、2人よりも先にこの事件に気付き、子供を探し回っていた。
玄関先で息を荒げ膝に両手を伸ばす友花に、優と舞友実は顔を見合わせる。
「優君……」
深刻な表情を浮かべる舞友実と、目の前で助けをこう友花に、優は言葉を詰まらせながらも口を開く。
「……俺たちも探しに行こう」
優のその言葉に、舞友実と友花も頷いた。
連れ去られたのは10歳の、咲(さき)という名のピンク色の髪を持つ女の子だった。偽界第1特別学校に通っている女子生徒の中でも、随一の美貌を持つ美少女だった。その為、ストーカーに遭うことも珍しくないという。
実際、今回も子供たちと一斉に登校している時に男に連れ去られ、それを目と鼻の先で目撃した子供たちが戒と友花に伝え、今に至るのだから。
安全の為、友花が学校に待機している子供たちを守り、優、戒、舞友実の3人が咲の捜索を行っていた。
現在は事件発生から3時間が経過するも、未だ咲の発見には至っていない。
セーフティータウン内を、通り行く通行人を押し退けながら走り回る優。後に、反対側から走って来た戒と会い、路地に回って休息を行っていた。
「見つかった?」
「いや……ダメだ……」
「……」
「悪いな親友、巻き込んで」
「いや……俺も、お前と一緒に行けばよかった」
俯いた顔を濁してそう言う優を見上げて、戒は立ち上がる。
「早く見つけよう。偽界での誘拐なんて、何が起こるか分からないからな」
「……ああ」
セーフティータウンを離れ、その先にずっと広がる草原を走る舞友実。
セーフティータウン内は優と戒に任せ、街の外を探しているのだ。
目に映る建物や木陰を片っ端から見て回るが、やはり見つからない。
舞友実は疲れ切ったその足を止め、膝に手を預ける。
「ハァ……ハァ……絶対、助けるよ」
そう言って面を上げると、大きく深呼吸して、再びその重い足を動かし始めた。
その、頃。
セーフティータウンから少し離れた場所にあるボロ小屋に、意識を失った咲と共にその身を潜める30代前後の男がいた。
男は息を上げながら、何度か壁の裂け目から外を確認した末、遂に目の前に広がる獲物に手を伸ばす。
咲の太ももに手が触れる。
刹那、気を失っていた咲の目が薄っすらと開かれ、今の状況に驚愕の表情を浮かべる。
「なっ、なに!!なにしてるの!?」
「動くなよ!?殺されたくなかったらな……へ、へへっ、向こうの世界じゃ小学生くらいか?……小学生……ぇぇえははははははは!!」
「こ、ここは、セーフ、ティー……タウンで、しょ?人を、殺せ、るわけ……」
狂気の笑みを浮かべ自らの身体を押さえる男に、咲は恐怖の涙を流し悶える。
男は咲の言葉にニヤリと笑うと、高らかな笑い声を上げた。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!ここは街から離れた場所にあんの!!」
「……そんな……」
「ハァ……2週間前にこんなクソみたいな世界に転移させられて、最初は死にたくなったぜ。でも、この世界で俺を咎めるものはない、好きなだけ欲望を満たすことができるぅぅえぇはははははははは!!!」
顔を歪めて不快に笑い続ける男から一刻も早く離れようと、咲は泣きじゃくりながら必死にその身体を引きずって出口を目指す。
だが、男はそんな咲の足を強く掴んで豪語する。
「おい!!逃げたら殺すっつってんだろ!!!」
「ヒィッ!!」
必死に抵抗し、足をジタバタさせる咲の服を無理矢理脱がそうと、男は咲の身体に股がる。それでも尚抵抗をやめない咲の頬に、男の拳が飛ぶ。
「暴れんなよ……暴れんな」
「っ!……」
遂に全てを諦め咲が抵抗をやめた。再び笑みを取り戻した男が咲に手を伸ばした、その時。
ガランッ!!
「やめて!!!」
「あ!?」
舞友実が自身の身体を壁に打ち付け、破壊し、転がりながら中に入ってきた。
14歳の小柄な舞友実が壁を壊せる程、男が潜伏していた小屋はボロボロだった。
立ち上がった舞友実は、いつも腰に下げていた刀を引き抜き、構える。舞友実の両手に握られた蒼い刀が、光を反射して緑色に薄っすらと光る。
男は驚愕の顔を作った後、すぐさま咲から離れ舞友実を指差す。
「なんで!!セ、セーフティータウンから離れたはず!!」
そう言って近くの壁にもたれさせていた刀を取り出し、構える男に舞友実は鼻で笑うと、一層刀を強く握った。
「ふんっ、街ばっかり探す程私たちは無能じゃない。それに……」
そこまで言うと舞友実は地面を強く蹴って男に突進する。
「まる聴こえよ!!」
舞友実が薙ぎ払った刀は、小屋に積んであった俵を切り裂き、男の構えた刀と激突した。
地面に倒れ、舞友実の到着に安堵しながらも、今尚怯える咲を横目で見て、舞友実は男に刀を押し付けて怯ませる。
男はそのまま転がり落ち、小屋の外へ出る。
舞友実は咲に寄り添い、咲の頬に伝った涙を拭いた。
「ごめんね、遅くなって」
「……うん」
「待ってて」
笑顔でそう言うと、舞友実は小屋を抜けて再び男の前に立つ。
「さあ、行くよっ!!」
「ちっ!」
舞友実は瞬時に男との距離を詰め、刀で連続攻撃を叩き込む。だが、男はそれらを全て刀で防ぐ。転移してから2週間と言っても、多少戦闘慣れはしているようだ。
舞友実は刀を構え直し、横に薙ぎ払う。男はそれをジャンプして避け、舞友実の頭上へと飛ぶ。舞友実を見下ろすその瞳を十分に細め、呟いた。
「ガキが……舐めるな」
「っ!!」
空中から舞友実に刀を振り下ろす。なんとかそれを防いだ舞友実だったが、あまりの威力に吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ……」
「俺の能力は筋力強化。腕の筋力を極限まで高めることができる能力。クソガキが、俺との刀勝負で勝てるわけねぇだろ」
そう語りながら舞友実の元へと近づく男。瞬時に立ち上がり男に刀を突き立てる舞友実だったが、刀で防がれ、回し蹴りを横腹に喰らってしまった。
「ぐふっ!!」
横へ向かって飛び、地面に叩きつけられてしまう舞友実。男で、この年齢差。舞友実には今の蹴りを耐え抜く程の体力はなかった。
ノロノロと立ち上がるも、目の前にはもう男が迫っていた。
「っ!くそっ……ごめん……っ」
そう小さく呟き目を瞑る舞友実。だが、いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。しかし、刀がぶつかる音と、男の驚いたような唸り声が耳に響く。
恐る恐る瞼を開けると……
「優君!!」
黒刀を横に両手で持ち、男の振り下ろした斬撃を防ぐ優がいた。優は舞友実を振り返り叫ぶ。
「無事か!!」
「……っ、うん!」
舞友実は優に笑顔で頷くと、優の前に出て男の懐に潜り込み、刀を振り上げて男の刀を弾く。
「ぐっ!?」
弾かれ、飛んでいった刀は、男から数メートル離れた草叢に突き刺さった。
優は舞友実の隣に並び立ち、男に黒刀を向ける。
「まだやるか?」
「まだやるかっ!」
舞友実も優を真似して男にそう言い放つ。男はしばらく歯軋りをした末、フッと微笑む。
「あの男にそっくりだ。桐原、切夜に」
瞬間、優は目を見開き、噤んだ口を震え上がらせる。?を浮かべる舞友実を置いて、男に問う。
「何か知ってるのか、父さんのこと」
「おい!!」
優の怒声を無視して、男は近くに聳え立っていた木々に走り去ってしまった。
それを確認した舞友実は、刀を納めて優を見る。
「なんで来てくれたの?」
「別に、セーフティータウン中探してもいなかったから街を出ただけだよ。それより、君が無事で本当によかった」
「えっ……?」
「君に何かあったら、アイツに怒られるからな」
そう心配そうに舞友実を見る優に、舞友実は顔を染め上げた。
「ん?どうか、した?」
「ああああああありがと!……あり、がと」
「う、うん、咲ちゃんは無事か?」
「そうだ咲ちゃん迎えに行かないと!」
「ぶ、無事なんだね」
染め上がった頬を隠すように小屋に戻る舞友実。優もそれに続いた。
座り込んだ咲に笑顔で手を伸ばす舞友実。
優も安心したような笑みを浮かべて咲を見ていた。
「無事でよかった」
「おかえり!咲ちゃん!」
咲を連れてセーフティータウンのアスファルトを歩く優と舞友実。
まるで、家族のような光景だった。
何気ない会話で、咲の無事を喜ぶ2人の耳に、少年の泣き声が響く。
声のする方を見ると、男の子が、脇に立っていた店の屋上に立って泣いていた。
本来屋上に登ることは不可能な構造だったが、遊んでいる内に登り詰めてしまったのだろう。一緒に遊んでいた友達と思われる子供たちや、その店の店主も心配そうに男の子を見上げている。
咲も口を開けて男の子を見ていた。
だが、建物自体はそう高くなく、優や舞友実なら普通に飛び降りれる高さだった。だが、小さい子供からすると、とても高い位置に自分は立っているように思うのだろう。
そんな男の子の心情を理解した舞友実は、優と顔を見合わせる。
「助けよう」
「……そうだね」
優が動き始めた、その時。
「泣いてるだけじゃどうにもならないぞ!早く降りてこい」
優と舞友実、その場にいた全員が、今声がした方へと一斉に目線を向けた。
そこには、優と同じような黒いコートに身を包み、少しだけ白髪の入った黒髪の男が、屋上で泣く子供を見上げていた。
男の子は、男に泣き叫ぶ。
「無理だよ!高いもん!」
「なら一生そこにいるか?飛び降りればいい。お前は、それすらできないほど弱い人間か?」
男がそこまで言うと、男の子は歯を噛み締めて、えいっ!!という声と共にその場から飛び降りる。
思わず手を伸ばした優だったが、落ちた男の子は、男が両手でキャッチして抱き抱えていた。
「強いな、お前は」
男はそう言うと、男の子を地面に下ろす。不思議そうに男を見ていた男の子と子供たちだったが、やがて沈もうとしている太陽を確認すると、素早く帰路を走り始める。
子供たちの背中を見守る男を見つめる、優と舞友実。男は優に一瞬だけ目線をよこすと、どこかへ歩いてしまっていた。
「あの人……」
そう呟く舞友実と共に、優は男の背中を見つめるしかなかった。
優たち3人が偽界第1特別学校に着くと、戒や友花を含む全生徒が帰りを待ってくれていた。咲に気付くと、皆一斉に咲に集まり、生還を喜び合う。
戒も舞友実と優に笑顔を向ける。
賑わう学校の中、友花はこの場にいた全員に向けて、笑顔で言った。
「みんな、おかえり!」
ーENDー
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