第7話「忘れない時間」

「え、どういう……」

優と戒の目の前には……病室のベッドに横たわり、大量の点滴を取り付けられた。戒の妹、舞友実だった。



「これ、何があったんだよ」

優が一歩、二歩と後ずさる。




「舞友実は、未知の病気なんだ。偽界の医療技術では進行の足止め程度にしかならない」

「で、でも。昨日は、あんなに。元気だったじゃないか」

「進行の足止めが効いてたんだ。2週間に1回、こうして薬を打ちにくる。10年前、突然こんな病気に」


戒の眉間に皺が寄り、目つきが鋭くなる。


「俺は必ず、偽界戦争に勝たなきゃならない。妹を、現実世界に連れ出してやらなきゃ」


「そう、だな」

優も戒に斟酌する。目が細くなり、視線も落ちた。しかし、優の頭にある考えが巡った。


10年前。

それは優の失われた記憶に当たる。何かあるのではないかと思考を凝らすが、鈍い優には分かるはずもない。


「さ、お前はあの子の元へ行ってこいよ」

「……あ、ああ」


優は背中を丸めて病室を出て、あの少女がいる病室へと向かった。





「あ、来てくれたんですね」

優が病室へ入ると、ベッドの上で、優を見つめるあの茶髪の少女がいた。だが既に、上半身を起こせる程に回復しているらしい。優は驚きながらも、ベッドの横に置いてある椅子に腰掛ける。




「?……もう、こんなに……」

「え?」

異様なまでの回復速度に、優は驚愕の表情を浮かべたが、恐らく少女の再生能力の影響だということで解決した。

労わるような笑みを浮かべ、少女に言う。


「まだ痛む?」

「大丈夫です。ただ、先生には保険としてあと2週間はいるよう言われちゃいました」

「そ、そっか。た、大変だね」


笑い事のように微笑む少女。戦闘時とは違う、普通の女の子な一面に、優は言葉に詰まる。



その後長い沈黙が続いた末、優は少女に言った。



「君、名前なんて言うの」

「ナンパですか?」


頬を染め、笑う少女。優の頬も自然と赤くなり、頬を掻く。

「い、いや。別に、そーゆーわけじゃ」



「冗談です。色季(しき)彩乃(あやの)って言います」

「そ、そっか。俺は桐原優。改めて、助けてくれてありがとう」


「いえ。それより、優さんが治療費を払ってくれたんですよね。ごめんなさい……」

「へ!?い、いや。俺の、せいだからな!うん」


?を浮かべる彩乃に、優は頭を掻きながら照れ臭そうに言う。

「学校……学校の先生、やることになったんだ。ていっても、そんな本格的じゃないんだけど」

「先生!?す、すごいですね……私、学校とか言ったことないのでどんな感じなのか分からないですけど……」



優は彩乃から視線を逸らし、笑顔を崩さないよう意識する。なにせ、まだ1銭も払えてない上に、学校は初日からやらかしてしまったのだからだ。



優は首を左右に振り後ろめたさをぐっと堪え、再び彩乃を見て立ち上がる。


「ごめん。まだ万全じゃないよね。また来るよ」


優は踵を返し、病室の出口へと向かう。が。

「あ、あの!」


彩乃に呼び止められた。扉に手をかけ、振り返る優。

「ん?」


「いえ、その。気を、付けてくださいね」



「……うん」





「あららー?遂に自分の女をゲットしちゃった?」

薄暗い廊下に出た優にかけられた声は、弱々しく、しかしどこか楽しげな女性の声だった。


「舞友実、今日あいつ家来るから」


「えぇっ!?マジ!?」

「うん。褒めて」


優の目の前には、戒と、薬の投与を終えたその妹、舞友実がいた。舞友実は戒の腹に1発入れると、優の元へ駆けて来た。


「ねねっ!私は飯田舞友実(いいだまゆみ)!よろぴく!」

「んん、俺は桐原優。よろぴく。あっ、ち、ちが。よっ、よろしく」







その日の深夜。戒の自宅にて。

食事を終え、戒がいびきをかいで優の布団を占領する中、優はバルコニーにある長椅子の上に腰を下ろし、安全区域と戦争領域を隔てるセーフティータウンの壁。その頂きの先を見ていた。


「昨日今日だけで、何人死んだんだろ」



「ねねー、隣いい?」


優の背後から舞友実の声がした。空いた窓から顔を出す舞友実。優が振り返る間もなく、寝巻きのまま長椅子に身を下ろす。

「なんだよ」



「冷たっ」


「悪いな」


舞友実は長い髪を片手で括り撫でる。風が吹いたせいか、髪が美しく靡く。


「優君って……凄いよね。何人も殺した奴相手に1人で立ち向かったんだよね。私はそんなこと怖くてできない」


「……」


「私さぁ、時々、ここにいる意味あるのかなって思うときあるんだよね」


舞友実は目線を下げ、宙に浮いた足をゆっくり上下させながら、悲しそうな声色で言った。


「なんで」

「なんか変な病気だし、剣の腕もないし。可愛いこと以外お兄ちゃんの役に立ててない気がするんだ」



優は深く溜め息を吐くと、僅かに笑みを浮かべる。


「最後のはどうか知らないけど、それはないと思うよ」

「なんで?」


「君がいるから、君のお兄ちゃんは頑張れるんじゃないかな」



舞友実は口をポカンと開け、同時に顔を赤く染め上げた。顔を正面へと向き直し、目線を下げる。



「説得力……ない」



「あーごめんごめん」


舞友実は優の台詞に応じることなく足を伸ばしたまま腰を回転させて窓に向き直り歩き出す。窓に手を掛けると、優に向けてウインクをする。


「でもありがと!その言葉、めちゃ嬉しいよ!」


優の心臓が跳ね上がり、思わず息を飲む。急激に染め上がっていく優の頬を確認すると、舞友実はニヤニヤ顔で手を振る。


「んじゃ!おやすみ!明日私も学校行くから!」

「え」


「また今日みたいになると嫌だからね!手伝うよ!」


「うるさい」



ニヤつく舞友実を横に頭を抱える優。いじられそうで怖い。



「感謝してよね。んじゃまた明日!」



「ああおやすみ」


僅かに笑みを浮かべて舞友実を見送る優。「お兄ちゃん邪魔!どいて!」と言う舞友実の声と蹴りの音が聞こえた気がしたが、気にすることなく向き直る。


優は微笑しながら長椅子と背中を合わせ、また見るであろうあの夢に、意識を預けた。


ーENDー

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