第2話「フォーエバーウォーズ」

「いやぁ。5年ぶりだねぇ人間」



こいつは遊鬱神。偽界を創り、人々をこの世界へ無差別に連れてきた張本人だ。


姿は現さない。優たちの頭上を覆う赤い空から、声だけが響いてくる。

「前回の偽界戦争はつまらなかったよぉ。みんな雑魚ばっか。すぐ死にすぎ」


と、長々と無関係の事を語り出す。肘をつきながら笑顔で楽しそうに話す姿が目に浮かぶ。


しかし、そんな神にカッとなった男が大声を上げた。

「おい!んな話はいいんだよ!早く始めろ!」





「は?」

神の一言に中央広場、いやセーフティータウン、いや偽界全ての領域に鋭い寒気が走る。

刹那、声を上げた男の胸部が膨張していった。


「な、な、なんだこ……」


騒めく人々。一歩、二歩と男から遠ざかるように身を引いていく。その瞬間。


ブチャァァンッ!!


音と共に胸部が破裂し、内臓、血が次々と飛び散り、中央広場が紅の血に染まる。

悲鳴が飛び交う。ある者は泣き叫び、ある者は嘔吐し、ある者は立ち尽くし言葉、感情を失う。皆他者の死に疎いのだ。

その逆も、もちろん存在するが……

しかし、神は尚楽しそうに大声で叫ぶ。



「ハハハハハハ!これ!これこれ!あいつの銃ってこんな感じだったよなぁっ!めっちゃ気持ちいいじゃん!」



優や、隣の兄妹は呆然としていた。目の前であっさり人が死んだのだ。自分達と同じように生きていた同じ人間が一瞬で。

そして、自分達も同じことをしようとしてることに胸が痛む。


「な、なんで……」


優は、唇を噛み締める。これは本来糾弾されるべきもの。しかし今も笑い楽しみ続ける神に怒りを、恐怖を、絶望を覚えた。


戦争なんかして、罪のない人々を殺す必要があるのか?罪を重ねる必要があるのか?

神を殺せば全て終わるではないか。


しかし、自分達に神を殺す程の力はない。


偽界でただ1人、遊鬱神に対抗し得る力・神の力をその身に宿している人間がいるという噂があるが、そんな迷信を信じる者は誰1人としていなかった。

皆、神に抗うという概念を失っているのだ。


優は自分の無力さに対する怒りを抑えるように、強く目を瞑り、拳を握り締める。


「んー?そろそろ始めるぅ?まあ分かってると思うけど、ルールは簡単!勝ち残れば偽界から出すし願いも叶えちゃいます!アハッ、でもね!今回今までとちょっと違うんだぁ!新しい要素というかぁ?まぁ、まだ言わないけどね!」


神は、相変わらず楽しそうに話す。

男の死に動揺していない者達は、神の話に耳を傾けることなく、武器を片手に平気な顔をしたまま出口を目指し歩き出した。

皆の顔に表情はなく、欲望にだけ染まっているのか、生気を保っていない。


「これより。第4次偽界戦争を始める。さぞ、僕を楽しませろ。人間」


赤く染まっていた空は、いつもの清々しい青に戻り、同時に神は静まった。

沈黙を破ったのは、あの兄妹。


「さて、これからどうするよ。舞友実」

「今出るの危険じゃない?」


「今出口に向かう奴らなんて、戦い好きか、死に麻痺した奴らばっかだもんなぁ。怖い怖い」


男は目線を優へと向けた。


「お前は?」


優は立ち上がり、僅かに笑みを浮かべながら男を見る。

「出るよ。戦う」


優のその顔には、まだどこか迷いがあった。それを見透かしたのか、男はベンチから立ち上がった優の背中に声を掛ける。


「お前、ひでぇ顔してるぞ」


優は男の言葉に頬の皮膚を上下させ、鋭く尖った双眸で首を捻って振り向く。

男は更に優を茶化さんと言わんばかりに、それでもどこか真剣な顔立ちで、優に近寄る。


耳元で囁いた。






「覚悟すらできてないような奴に、できるかって」





細めていた両目を一気に覚醒させる優。

焦りと困惑の表情を浮かべ、どこか縋るように男を向き直った。

優の反応が予想通りだったのか、唇を僅かに引きつらせる男。哀れみ、無力感が伝わる。


険悪な雰囲気で、長く沈黙する2人。そこに、妹が背後から駆け寄ってきた。

「ちょ、お兄ちゃん……」

「ハハッ、ま、俺も人のこと全っ然言えないんだけどな!ただ……」


妹に軽く会釈を済ませた男は、視線を落として優に続ける。



「過去にそういう人たちをたくさん見てきたからさ。人を殺す勇気もないくせに戦争に参加して、地獄を見た奴らが」

「……」


「さ、行くぞ舞友実」

「え、ちょ、気っっっまず……」

そこまで言うと、男はじゃっ!と片手を上げ、妹と共に反対方向へと歩いて行った。


男に言われたこと。

地獄を見る、と。


目を閉じ、眉間に皺を寄せながら俯いていた優だったが、頭を何度か左右に揺さぶり、兄妹たちとは真逆、セーフティータウンの出口へと足を進めた。



が、その途中。先程、中央広場で死んだ男の死体がどうしても目に留まり、最早男の面影など跡形もない無残な死体の前で立ち尽くし、歯を噛み締め視線を落とす。

そして、近くで座り込む少女を見つけ、声をかける。


「どうしたの」

「お父さん、なの」


そう言った少女の目は、既に死んでいた。先程ここで儚く死んだ男は、この子の父親のようだ。


「そっか」

「1日でも早く、お前を外に出してやるって、言ってくれた。なのに……」


「だからあんなことを言った……のか」


「どうして……なんで、外の世界に、帰りたい、だけなのに……っ、なんで……なんで……」


優は、泣き出しそうになる気持ちを必死に押し殺し、少女の頭に手を置く。


「君のお父さんは、立派だよ」


そう言うと、優は出口に向かって歩き出した。「俺が外に出してやる」と言ってやれない自分が愚かで、嫌いで、それでいっぱいだった。

だが、自分はこれから、少女と同じ境遇を持つ人間をたくさん、たくさんたくさん殺しに行く。

戦争だから。これを理由に。




『どうして……なんで、外の世界に、帰りたい、だけなのに……っ、なんで……なんで……』



『覚悟すらできてないような奴に、できるかって』



「それでも……俺は」








セーフティータウンの門を抜けると、そこは既に戦場だった。

辺り一面に血液が染み込み、それでも尚武器が交差する鋭い音が鼓膜に届く。


「これが……戦争」


優が外に足を踏み入れた直後、たった今参加者をまた1人殺したであろう、男と目が合う。

男はか弱い体つきの優を見てニヤリと笑い、頬に飛び散った血を舌で舐めると、殺した参加者の胴体から剣を引き抜く。


「よう。さあ、戦争しようぜぇ?」


男と、その男の先に広がる参加者同士の殺し合いを目の当たりにし、優は思わず息を呑む。

本当の殺し合いを初めて見た優。今にも泣きそうで、今にも逃げ出したい。


でも……願いを叶えたい。現実世界に……行きたい!


そう強く願い、目を見開いた優は、腰に装備した2本の刀を鞘から解放し、口元を緩めた。


「行くぞ!!」





一方、セーフティータウンの離れにある廃屋。


「さ〜〜て!一馬(かずま)君!時間だよ〜〜?」


ナイフをハンカチで手入れしながら、笑顔で言う中年の男。その前には、もがれた人間の首を持った血だらけの小柄な青年。名は一馬という。背後には無数の死体。


「チッ、雑魚ばっかでつまらねぇ」

「ははっ♪君のお兄さんは、どうなってるかなぁぁ?」

「あいつは雑魚のまんまだろ。今度こそ俺が心臓をえぐり取ってやる」

そう言って、一馬は首を壁へと放り投げる。ベチャッと音を立てて張り付き、ズズズと壁を伝って落ちていく。




「おい南(みなみ)!」

叫んだ一馬の目線の先には、黒服に身を包み、背中から黒い触手のようなものを出した男。形状を刃に変えて、人間を串刺しにしている。

男は鋭利な目を一馬へと向けて言った。

「……終わった」



「いやぁ、怖い怖い!」


中年男は微笑しながら言うと、後ろに振り向く。そこには、100に及ぶ人間が立ち並んでいた。



手袋を握り直す。


「さて、ゲームを始めようか。勝つのは我々、アブソルートキルだ」





ーENDー

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