第3話「狂気の赤眼」


現在偽界では、そこら中で戦闘が行われている。

一歩歩けば1対1の戦い、また一歩歩けば1対1の戦い。そんなものが、優の周りで起きていた。

優も然り。


「はぁぁぁ!!!」

優と、参加者である男。互いの武器が重なる度、眩い火花が飛ぶ。

男が横に沿って振り払った剣を屈んで避け、そこから右手に持った黒刀を突き付ける。男は素早く後退して回避。

優はすかさず男との距離を詰め、左手に握る白刀も使った連続攻撃を繰り出す。

男は優の攻撃に眉間に皺を寄せ、僅かに舌打ちをする。

防御に使っていた剣を押し、優を怯ませると、再び地面を蹴り破って優との距離を取る。


「ははっ、強ええじゃねぇか餓鬼。正直やべぇわ」


「……っ!!」


男の言葉に優は僅かに身震いし、それでも地面を強く蹴って男に迫る。

男は、確かに優より弱い。それは、優が人を殺す事を意味する。その事が、優の手を震わせる。

暴走する思考をなんとか抑え、空高く掲げた黒刀を思い切り振り下ろした。

「はぁぁあああああ!!」


だが。

優が両手で握る黒刀は、あと少しで男の首をはね落とす、その寸前で動きを止めた。

唇を噛みしめ、唸る優。

「……無理……無理だ」


刀を男から離し、後退る優。虚しい表情を浮かべ

、戦意を喪失した優を、男は逃がさない。

放棄していた剣を再び掴むと、優に突き立てた。


そこで。


「ぼ〜く〜も混ぜて〜!!!」


優の双眸に血脈が走る。男が驚愕の表情を浮かべて、横を振り向く。

優たちへと伸びてきた斬撃波が消える前に、優が見えたのは男の最後の顔だけだった。


次の瞬間、素早く姿勢を低くした優の目に映ったのは、首や、上半身を斬り裂かれ、バタバタと地面に倒れて行く参加者たちである。

先程まで優と戦っていた男も、それに含まれる。


「な、何だ、今の攻撃……」


生き残った参加者たちと同様に、困惑して辺りを見渡す優。

その男は、奇怪な声で言った。

「今のでざっと24人かぁ……甘っちょろいねぇ……」


優も、参加者たちも反応し、声がした方向へと向き直る。


優たちの前に立ち、奇妙な笑みを浮かべるその男は、全身返り血で赤く染まった白服に身を包んだ高身長で、優と同じ赤い目に、片手には喰いかけの人間の臓器と思しき物。


「あいつが……さっきの攻撃を?」



「む、無理だ……っ!に、逃げるぞ!!」

「なんだアイツ!!」

「お前!足掴むな!」


男の発する波動に恐れを成し、次々と無様な後ろ姿を晒してその場から逃げる参加者たち。

残ったのは、未だ動けずしゃがみ込んだままの優だけだった。

「……っ!」


男はつまらなさそうな肩を撫で下ろし、転がった死体の山を観察していたが、やがて優を発見すると、目を見開いて、口を大きく開いた。


「ああっ!その黒い刀。祈凛(いのり)さんのだぁ。もしかして……君、祈凛さんの息子?噂には聞いてたけどぉ」


そう言い、男は摘んでいた臓物を放り投げ、優の元へと近寄ってくる。まるでゾンビの様に背中を反って。

感情の読めない笑みを浮かべ、それでも確かに殺意の込められた赤い瞳に、立ち上がった優は一歩下がり、刀に手をかける。


「どうして……母さんの名を」

「どーしてって、知り合いだからぁ?」


「知り、合い……?」

「それより、さっきの攻撃避けるなんてやるねぇ!君の赤い目綺麗だ!!お揃い!ねじりとってみたいなぁ!」


刹那、男の姿は消えた。

想定外の速さに優は目を見開き、すぐさま刀を2本引き抜き、構える。

「くっ、どこだ!?」


周りを見渡すも、男はいない。優の呼吸が加速するのが確かに分かった。




「ここだよ」


次の声が優の耳に届いた時には、男は優の頭上で、笑いながら剣を構えていた。

「くっ!」


優は刀を交差させ、防御姿勢を整える。だが、振られた剣の勢いは人知を超えており、防御はできたものの、優は後方に吹き飛ばされ、地面を抉りながら引きずられる。

背中に走る激痛に、思わず嗚咽が漏れた。

「ぐ、はぁっ!」


スタッと軽々しく着地した男は、嫌味たらしく拍手してみせる。

「ハッハッハ!今のを防ぐか。流石は祈凛さんの息がかかった息子だ」



「ぶっ……ぶはぁっ……」


優が負ったダメージは相当で、吐血に至っていた。手で止血を試みるも、吐血は止まらず、身体中が痛む。

霞む視界でこちらに近づく男を捉え、優は零す。

「ぐっ……いくら偽界転移の力とは言え……人間、なのか」

「人間か……だって?我々のどこが人間だ。願いが叶うとあらば淡々と他人を殺し笑みを浮かべる。そんな我々をね、神は悪魔と呼んでたよ」


「何を訳の分からないことを……!悪魔は遊鬱神の方だろ!!」


優は血を親指で素早く拭き取り、男に突進する。互いの剣が重なり、顔を見合わせる。

そのまま優が右手の黒刀を前に突き立てるも、男はしゃがんで回避。優の真剣味と、僅かに恐怖を帯びた表情を浮かべていたが、男は変わらぬ笑みを優に向けていた。


「その黒刀、確か名前は夜那だったかなぁ?祈凛さんの愛刀だったなぁ」


「くそっ」


優はその場で体を右回りに回転させ、両手の刀を大きく振る。常人では有り得ないほどスピードが速く、獲ったと確信した優の表情が緩む。


しかし、またも男は風の如く消える。


「なっ!?」

「遅いよ。優君」

次の瞬間、男は優の背後にいた。

優は男に反応して背中を捻るが……


ブシュゥゥゥゥゥゥンッ!


「ぐはぁっっ!」


男が放った右手突きは優の腹部を貫いた。もう片方の腕に持っていた剣を使わず、素手で優を敗北させたのだ。


「ぐっ……ああっ」

腰を折って跪く優。溢れ出て来る血を止めようと両手を腹に回し、傷口をギュッと押さえるが、虚しくもみるみる血は流れてゆく。


「無様だなぁぁ!祈凛さんもこんな感じだったかなぁ??」


そこまで言うと、男は優を覗き込んでニヤリと口元を伸ばす。


「あれ?まさか祈凛さんを殺したの、僕とか思ってる?それは違うな〜」


痛みに苦しむ優を見下ろして、男はよく通る高らかな笑い声を響かせていた。

優は激痛に悶えながらも、両手を掲げ語る男を見上げる。


「何を知ってる。母さんの死の!何を知ってる!?」そう叫びたくても、優の口から出るのは血。それだけだった。

こんな……ところで……


「最後に教えてあげよう。僕の名は、月見陰無(つきみおんむ)。じゃあね!優君」


陰無、と名乗った男は笑顔を浮かべたまま優に向けて剣を振り上げる。

優自身でさえ死を確信した。しかし、次の瞬間。


「ん"」


風の如く、光の槍が優の真横を通過し、そのまま正面にいた陰無に直撃した。


「!?」


しかし、優の頭の中は痛みで充満されている為、何が陰無を襲ったのかすら考えることができなかった。


「あ〜らら〜?どちら様、かなぁ?」

砂埃の中、陰無は笑いながら手の中の剣をクルクルと回す。間一髪避けたようだ。


「この人は、死なせません」


「ぐっ……?」


優は腹を抱えたまま片目を瞑ったまま背後へと目を向ける。


そこには、あの時、セーフティータウンで肩をぶつけたあの、茶髪の少女が右手の西洋剣を中段に構え、左手で狙いを定めながら立っていた。

そのまま徐々に優へと歩みを寄せる。


「君……君は……」

先程までと打って変わり、手を顎に添え目を細める陰無。やがて顔を上げ目を見開く。


「ただの、戦争参加者ですよ」


そう言うと少女は優へ向き直り、左手を腹部に当てる。すると、少女の左手が緑色の光に包まれ、回路が走る。


「どうして……?」


そう言って戸惑う優の瞳を、少女は凝視して、強く言い放つ。その表情は、優が発する言葉を失うほどに頼もしかった。


「私が……あなたを守ります」


少女がそう言った刹那、少女の腕に纏う緑光が一層光を増し、広がっていた回路が一瞬で優の傷口に移植され、みるみる内に傷跡を塞いでいった。




「君の能力、凄いね」

傷が完治した末、優は感心したように少女に言った。優と目が合うと、少女は微かに頬を赤らめる。


「い、いえ。そ、それより。一緒に戦いましょう。貴方、かなり強いですよね。さっきの防御と2撃は、凄かったです」

「全く効果なかったけどね」


「2人でいきましょう。きっと勝てます」

「……うん」


優は落ちた二本の刀を拾い、構える。

考える仕草をしたままずっと固まっていた陰無だったが、諦めたのか、これまでの狂気の笑みに戻り、剣を突き出す。


「さーて!そろそろいいかな優君とそのガールフレェ〜ンド?」


「いくぞ。月見」

「次こそ君の内臓を引きずり出すよ!それと君!可愛いから犯してあげる♡」


と、少女を指差す。優は少女が身を引くのが分かった。もちろんそんなことはさせない。

優は強く刀を握る。


「いくぞ!」

「はいっ」


優と少女が地を強く蹴り破って突進する。陰無は変わらずの笑顔で迎え撃つ。互いの武器は鋭い音を立て、火花が散った。


ーENDー

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