第1話「存在しない神話の起源(2)」
安息の街、セーフティータウン。
それは、遊鬱神により、偽界で唯一戦闘が禁止されている街である。
東西南北に4つ存在し、戦争に参加しない者や、参加している者が時折身体を休める時に用いたり、居住したりする街だ。
偽界では戦争の終始を問わず、戦闘が許されている為、常に危険が伴う。
だから神は戦闘禁止区域を設けたのだ。現実世界に比べ、圧倒的に資源や人材が劣った偽界での平穏な生活を傍観するのも、神の1つの楽しみなのだろう。
だがセーフティータウンは、偽界で最も栄えている街とは言え、現実世界のようなビルが立ち並んでいるわけではなく、長く続くアスファルトの両脇に、小さい店がいくつか並んでいるだけである。
それでも、偽界では1番大きな街だ。自然と人が集まる。開戦日である今日でさえも、朝早くから多くの人々が道や店を行き交っていた。
さて、北のセーフティータウンに、また1人足を踏み入れた者がいる。
優とクリスだ。
優の家は、セーフティータウンから5キロ程離れた森の中にある。が、道は舗装されている為、歩きでも30分程でセーフティータウンに着く。
とりあえず、これからの目的地は町にあるクリスの武器屋だ。
「ひゃ〜もうこんなに人が、店空けたの惜しかったかなぁ」
「大丈夫ですよ。誰も来ません」
「んだとぉ!?優君が起きない所為だからな!営業妨害で訴えてやる!」
「んっ……」
実際、寝坊したのは事実なので、優はぐっと堪える。もし店に来なかったら起こしに来てくれと頼んだのも優だからだ。
「さっ、行くよ」
と、クリスは笑みを残したまま歩き出す。それに釣られる優だったが、ふと足を止める。
「あと5時間か」
セーフティータウンの中央広場にある時計に目を向けると、時計の針は7時を指していた。戦争が始まるのは正午。まだ時間はある。
時計から視線を下ろしてみると、既に武器を装備して息を飲んでいる者もいる。戦争参加者であることに間違いないだろう。
「おーい、行くぞ優くーん」
先行するクリスに呼ばれ、彼らから視線を外すと、優は大分離れてしまったクリスに追い付こうと駆け足になる。
しかし……
バタッッ!
セーフティータウンを生きる人々とのすれ違いの毎度、その中の誰かと肩をぶつけてしまった。
「うおっ」
右肩に衝撃を感じて、身体がよろめく。衝撃の正体を探るべく、視界を巡らせる。しかし見つけるよりも先に、か弱い、少女の声が優の耳に響いた。
「す、すいませんでした」
優の目に映ったのは、先程、セーフティータウンを訪れる前に見かけた、あの少女だった。
遠目からでは分からなかったが、その少女は、アホ毛が伸びる短めな薄い茶髪に、清楚で柔和な気質を漂わせた整った顔立ちをしている。歳は……優と同じ15歳くらいだろうか。
つまり、美少女だった。
細い身体をローブの伸びる白とピンクの戦闘服で包んでおり、腰には西洋風の剣が1本吊るされていた。
優はあまりの美少女を前に、つい頬を染めながら頭を掻く。
「いやぁっ、いいよ。俺も、ごめん」
と、言いながら優が少女と目が合った途端、少女は両手を口に当て、涙ぐんだ。
優は、周りで歩いている人たちが灰色に写る中、その少女だけに、色を感じていた。
「あ……あ、貴方、は……い、生きていたんだね!!」
一気に距離を詰め、優の胸元に駆け寄る少女。その顔は満面の笑みで溢れかえり、輝く青い瞳を優に向けていた。
だが、今の状況が何がなんだか分からない優は、身を一歩引き、困惑した表情を見せる。
「あ、あの……俺、君と、どこかで?」
「えっ……」
優がそう零した刹那、少女は目を大きく見開かせ、驚愕の表情をしたまま固まってしまった。よく見ると、頬に涙が伝っているのが分かる。
優は混乱しながらも少女を心配そうに見つめる。
「あっ、ごめん、俺……」
「い、いえ……すいません、人違いだったみたいです」
だが、少女は優から一歩離れ、涙を隠すように俯いてしまった。
優はなんと言えばいいのかも分からず、咄嗟に思いついたことを口走った。
「……じゃあ、俺は行くよ」
そう言って、再び自分の道を歩き出そうとした優の背中に、少女の勢いある声が浴びせられる。
「あ、あの!私、貴方を……」
「?」
「い、いえ。やっぱり、人違いです。何度も、すいません」
「おーい!!優の字ー!早く来ぉーい!!」
クリスに適当に返事をし、再び少女を心配そうに見つめる優。
僅かに涙を浮かべている少女の視線は泳ぎ、優は困惑し、頭を押さえる。
「あぁ、そっか。じゃあ」
離れてゆく優の背中を、少女は悔しそうに目を細め、更には涙を溜め、潤んだ瞳でずっと眺めていた。
「ねぇ〜優くぅ〜ん。私ぃ、どうしたらいいかなぁ?」
「いや、どうしたら……って」
場所は変わり、武器屋「クリス武器店」の店内へ。壁や棚のあちこちに剣やら銃やら槍やらが並べられている。
だが、見事に客は優だけだった。
客なのだろうか……
店のカウンターで揉め合う優と、店主であるクリス。
今更だが、クリスは名前の通り日本人ではない。しかし、偽界では日本語が共通語の為、こうして普通に会話を交わすことができる。
たとえ日本語の知識が無くても、偽界転移の瞬間、頭の中に、全てともいえる膨大な量の日本語が与えられるのだ。
「彼!絶対私のこと好きだよ!毎日来るもん!」
「それは戦争が近かったからじゃないですか」
「夢がないな優君!恋だよ恋!」
「はぁ、クリスさん。それより……」
クリスは優の言葉を遮り、胸を張りながら自慢気に言った。目は瞑っていたが、顔は慢心で溢れていた。
「優君?恋より大事な物はないよ?この歳で未だに処女の私が保証するよ。そうだ!私と付き合わないか?どうせ優君これからも彼女なんてできないだろうし!」
「クリスさん、俺は交際の勧誘を受けに来たんじゃないよ」
「まったくー、連れないなー」
先程から優と会話しながら手元を弄っていたクリス。やがて軽く息を吐く。
「はいっ!最終調整終わりっと」
そう言ってクリスは刀を鞘に収め、優に渡す。そして僅かな笑み、しかしどこか喪失感の混じった顔を浮かべる。
「優君は、何の為に戦争に参加するんだっけ?」
優は、視線を落とし、強張った表情を見せた。
ゆっくりと拳を握り締めた。
「俺は、現実世界に行きたい。現実世界を、見てみたい」
そう言うと、優は腰に刀を装着し、出口に向かって歩き出すと、扉を半開し、クリスを見る。
「じゃあ、また。生きてたら、また来るよ」
「ああ、死なないでね。優君は」
「うん。絶対。ありがとう、クリスさん」
ガチャッ……
クリスが背中を見守る中、優は願いを胸に、静かに扉を開け放った。
午前11時47分。優は一通りの用事を済ませ、中央広場に戻ってきた。広場には、開戦の鐘鳴りを待つ戦争の参加者達が立ち並んでいた。指では到底数え切れない程の、だ。
こいつらを、全員殺さなきゃならないのだ。
優は騒めく中心部を抜け、ベンチに腰掛ける。頻繁に時刻を確認しては、呼吸が荒くなる。もしかしたら、明日のこの時間には優は死んでるかもしれないのだ。
底知れない不安が、優の心臓をえぐり続ける。
だが、決して後悔はしない。優は誓ったんだ。記憶を取り戻して、必ず現実世界に行くと。
後悔なんてしてる暇なんてものはないのだ。
と、そこで聴き慣れない声が聞こえる。
「なあ?お前、参加すんのか?」
優が声のした方向を見ると、同じくベンチに座った金髪の男と、その男の隣に居座る黒髪の少女がいた。
「……君らも?」
心底面倒と思いながらも返答する。
「ああ!兄妹で参加。だ!なっ!舞友実(まゆみ)!」
「うん、お兄ちゃん」
「そっか。それで、何の用」
無関心。とばかりに、優はそう零す。
「いや、なんとなく俺と同じような歳だと思って、声掛けたんだ。あっそうだ、チーム組まないか!?」
「無理」
優の目が一気に鋭くなる。優には記憶を取り戻すという願いがある上、そもそもチームなどという人と関わることを必然とするものはごめんだ。
「えぇ……即答かよ」
「ごめん」
「そうか。残念だな舞友実。フラれたぞお前」
「お兄ちゃんが招集のセンスないんだよ」
「え、俺のせいなの?」
楽しそうに会話する兄妹を無視して、優は変わらず鋭くした目の焦点を時計へと戻す。針は59分を指している。あと”1分”だ。針が動くたび、胸が締め付けられるような苦しみに襲われる。
「おお舞友実!始まるぞ!」
「お兄ちゃん、がんばろ!」
「ちょ、カリアテメェ!そいつは俺のだろ!」
「か、一馬さん!これは俺のです!」
「テメェのは俺の物なんだよ!オラッオラッ!」
「一馬さん、兄貴!もう始まりますよ!」
「「おっそうか」」
喫茶店の外席で、茶髪の一馬と呼ばれた男と、それに付き添う2人。じゃれ合っていた3人も時計を確認すると、手元にあった珈琲を飲み干して立ち上がる。
中央広場に集まった、恐らく戦争の参加者であろう者達の額にも緊張感が走る。震える者もいれば。汗を滲ませる者も。余裕面を浮かべた者もいる。
この中に、先程の、優に涙を流した女の子もいるのだろうか……と、優が考えている内に、遂にその時がやって来る。
時計の針が指すのは、11時59分56秒。
3……
参加者全員が息を呑む。
2……
隣の兄妹が目を丸くし汗を流す。
1。
優の目が一層鋭くなる。
その瞬間、世界は静まり返り、同時に空は赤く染まった。そして、甲高い声が、偽界の全人類の鼓膜を揺さぶった。
「キッ!キタァァァァァァァァァアーッッハッハァァァ!只今2021年1月1日12時を跨ぎましたよぉぉぉぉぉぉ!!」
こいつが……こいつが。
「さぁ〜て!それじゃ〜始めますか!偽界戦争を!」
こいつが遊戯・憂鬱の神、遊鬱神(ゆううつしん)。優達人類を偽界という鳥籠に連れ出した、張本人である。
ーENDー
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