終章 シフトオフ
銃と乙女と遊戯世界 終章
終章 シフトオフ
昇降口で上履きに履き替えて、教室へと向かう。
すれ違う人みんながわたしに視線を向けてくるのが居心地悪い。
ワールドシフト、世の通称ではタクロマシフト事件と呼ばれる事件が終わって、ひと月半。暦は九月になっていた。
なし崩し的に学校は夏休みに入り、宿題は出なかったけど、色々大変だった。
日本はもちろんこと、世界中から取材の人が集まり、とくにシティクライシスのボス討伐に貢献し、タクロマシフトを終わらせたということで、綺更ちゃんのギルドOTRに所属してた人はもの凄い攻勢を受けることとなった。
誰が撮ったのか知らないけど、スマートギアで撮影された戦闘の様子はネットに流れ、最終日前日にあの演説を繰り広げたわたしは、顔は隠れてたはずなのにアッという間に特定されて、すっかり有名人になっていた。
――たぶん一番大変だったのは、あのふたりだな。
声をかけてくることがない視線とすれ違うのはもう気にしないことにして、わたしは階段を上がっていく。
稔と綺更ちゃんは、何度か連絡をしてみたけど、返事はなかった。
一度だけ綺更ちゃんから、事情聴取に呼ばれていて、そのうち稔と一緒に帰るというメッセージだけが飛んできていた。
待つことしかできないわたしは、ふたりのことを心配しながら夏休みを過ごしていた。
それでもとにかく、ワールドシフトは終わった。
宇宙開闢以来の大事件なんて言われてる事件は、結局原因不明とされ曖昧な報道が流れてて、ネットでも噂話がされている程度だ。
確認されてる死者は約一万人。行方不明者は三万人を超えていた。
それだけの犠牲者を出した事件を起こした理由が、神になるため、なんてのはいまだに信じられないけど、源也さんに問い質すことはできない。
また会ったときにとか思うけど、もう二度と会いたくなんてない。
次に会うときはまた、大変な事件が起こってるときになりそうだから。
「おはよう」
扉を開けて教室に一歩踏み込むと、一斉にクラスメイトたちが集まってきた。
「藤多さん! 銃戦姫って呼ばれて――」
「ねぇねぇ、智香! 動画で見たんだけどさ――」
あんまり話したことがない人から、仲のいい人まで、取り囲んでくるクラスメイトたちは、口々にいろんなことを言ってて、聖徳太子じゃないわたしには聞き分けることすらできない。
「ほらみんな! 質問はまた今度! 今日はこの後集会だよ。智香のことはいったん解放して」
助け船を出してくれたのは、怒った顔をみんなに向けている仁奈。
迷惑そうな顔や残念そうな表情を浮かべながらも、みんなはわたしから離れてくれる。
「ありがと」
「うぅん。もういっぱいいっぱいだろうしね、智香は。アタシもけっこうそうだったし」
やっと席に座れたわたしは、ひとつ前の席の仁奈に笑いかける。
いろいろ聞きたい人がいるのはわかるけど、はしゃいでるのは主に圏外に避難してた人たちだ。教室の中を見回してみると、暗い表情で俯いてる人もけっこういる。
そしてわたしの知る限り、ワールドシフトの中心からけっこう近く、モンスターの出現が高校周辺では早くて、もう二度と登校しない人が、一〇人くらいいた。
ちょっと離れた場所で集まって、わたしの方に視線を飛ばしてくる人たちに少しうんざりしてるとき、ひとり進み出てきた男子。
「おはよう、藤多」
「うん、おはよ、東堂」
いつになく真剣な表情をした東堂が、わたしの前に立つ。
ちらりと窓際の席の方に目を向けてから、わたしは廊下側に立つ東堂の視線を受け止めた。
「少し、話したいことがあるんだ」
教室の中ではいつもヘラヘラしてて、女の子になら誰にでも甘い笑みを見せていた東堂が、今日は違っていた。
切羽詰まったように何度も息を飲み、いつもあった余裕は、いまの彼からは感じなかった。
――けっこういい男になってるな。
軽薄で、女の子好きで、でも割と誠実で、それでいてかなりヘタレな東堂。
そんな彼が、今日はずいぶんいい男になってるように感じていた。
だいたい彼の用事はわかってたけど、あえてわたしはそれを問うた。
「何?」
「オレと……、つき合ってくれ」
「遊びに行くくらいならいいけど?」
「違う。オレの、恋人になってほしい」
東堂が言った瞬間、教室内の女子から小さな歓声が上がった。男子たちの興味津々な視線も集まってくる。仁奈もまた、少し呆れた笑みを浮かべながら、わたしの顔を眺めてきていた。
そんな声より、わたしは後ろの方から聞こえて来た、慌てたような物音を聞き逃さなかった。
「言わなくても、答えはわかってるんだよね?」
「あぁ。でも、答えをはっきり聞きたかったんだ」
「ん。わかった」
言ってわたしは席を立ち、窓際の席に向かう。
「って、感じで東堂に交際を申し込まれてるんだけど、どうすればいいと思う?」
不安そうな視線を向けてきていたのは、稔。
夏休み中、家に帰ることができなかったらしい彼は、昨日だか今朝だかに戻ってきて、今日から登校できるようになっていたらしい。
机の上に腰掛けて、俯きながら視線を彷徨わせてる稔に頬を膨らませる。
「藤多……」
「うん、東堂。もし、事件の前にいまの東堂で告白されてたら、OKしてたと思う。でもいまはダメ。わたしにはもう、つき合ってる人がいるから。ね?」
最後の問いかけは稔にかけてみたけど、顔を赤くした彼は俯いたまま、何も言ってくれない。
「言ったでしょ、稔。わたしは寂しがり屋なんだって。安心がほしいんだって。ちゃんと言葉にして言ってほしい。言葉で言えないなら、態度で示してほしいって。こういうとき稔なら、どうするの?」
わたしだけじゃなくて、稔にも向けられたたくさんの視線。
相手がモンスターだったら、どんな奴でも怯まない稔なのに、クラスメイトの視線には堪えきれないように俯き、肩を細かに震わせている。
「稔!」
強く呼びかけると、すっくと立ち上がった彼。
「済まん。逃げる!」
短く言って、稔はわたしの身体を抱き上げた。
そのまま教室を出て、廊下を全速力で走っていく。
みんなが驚いた顔をして見てくるけど、わたしは気にしない。
すぐ側にある稔の赤く染まった顔を、満足感一杯で眺めるだけだ。
「好きだよ、稔」
言いながらわたしは、彼の首に両腕を回して、抱きついていた。
「銃と乙女と遊戯世界」 了
銃と乙女と遊戯世界 小峰史乃 @charamelshop
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