銃と乙女と遊戯世界 第四章 4



       * 4 *



 四丁の対物大型銃の集中砲火を受け、左腕を失い、巨体に無数の傷を刻まれていたアイアンゴーレム・ナイトは膝を着いた。

 そのままゆっくりと前のめりに倒れ込みながら、虹色の泡となって消えていく。

 左の方向に視線をやった綺更は、ただの土塊となったストーンゴーレム・ジャイアントもまた、泡になって消えていくところであるのを確認した。

 正面奥では、エンシェント・ドラゴンと自衛官のふたりが死闘を繰り広げていた。

 剣と盾を持ち、稔顔負けな速度で動き回るふたりに対し、ドラゴンは片目を潰され、翼の片方を失い、二〇を超える剣や槍に身体を刺し貫かれていた。

「射撃隊、構え!」

 綺更が鋭く発した指示に、彼女の前に並んだ一〇人のファイターたち。

 自動小銃、機関小銃、対物大型銃をそれぞれに構え、ドラゴンに狙いをつける。

 喉を大きく膨らませたドラゴンが、地に降り立ち盾の後ろに身体を縮込ませて隠れた富岡に、避けきれないほどの広範囲のファイアブレスを吐き出そうとした瞬間、綺更は合図した。

「放て!!」

 一斉に放たれた弾丸が、ドラゴンの巨躯を貫く。

 空に苦しげな絶叫を上げるとともに、炎が空を焼いた。

「やめ!」

 弾丸が尽きる頃合いを計って射撃を止める。

 それと同時に飛び出した自衛官ふたりが、ドラゴンの胸にそれぞれの剣を深く突き刺した。

 悲しげにも聞こえる鳴き声を上げ、地に伏したエンシェント・ドラゴン。

 しかしまだ泡にはならない。ドラゴンのライフは、ほんのわずかだけ残っている。

「攻撃停止! バインドネット!!」

 指示とともにマジックワードを唱え、綺更はドラゴンの身体を地面からツタのように伸びてくる網で拘束する。

 時間は十二時の、五分前。

 ――ここまでは、できたっ。

 戦いは厳しく、苦戦を強いられたが、十二時前にここまで達成できたことを綺更は安堵する。

「何故攻撃をやめる、綺更司令!」

 新たな剣を喚び出し手にした富岡が、綺更の側にやってきて鋭い声で言う。

 他のファイターたちも、彼女に困惑の視線を向けてきていた。

「十二時の、三分……、いえ、一分で構いません。その間だけ攻撃を待ってもらいたいんです」

「十二時を過ぎれば、いますでに侵入が始まっている避難所だけでなく、すべての避難所が危険に曝される。それがわかった上でのことなのか?」

「はい」

 スマートギアのディスプレイを跳ね上げ、睨みつけてくる彼の視線を正面から受け止める。

「待つことで、何かメリットはあるのか?」

「いま、お兄ちゃんと智香さんが一緒に戦っています」

 戦い始めてしばらく経った頃、稔からのメッセージを綺更は受け取っていた。

 それは源也発見の連絡。

 事前に起こりうるすべての可能性から考えた作戦の中で、稔はプランCを指示してきていた。

 それを実行するためには、イベントボスをまだ倒しきるわけにはいかなかった。

「それはあの人に関わることと考えて差し支えないか?」

「はい。その通りです」

 臨時政府や自衛隊が、ワールドシフトの解除方法と同時に、発生の原因や、犯人を捜しているだろうことはわかっていた。とくに富岡たちから指摘されることはなかったが、源也を犯人と目していて、綺更との関係もすでに知っているだろうことも予測していた。

 だからこそ、綺更のことを考え、名前を出さなかったのだろう。

「……わかった。十二時一分になり次第、攻撃を再開する」

 頷いて見せた富岡は、射撃班、近接班に指示をし、攻撃の態勢を取らせた。

 胸の前で手を握り合わせ、綺更は祈る。

 ――お兄ちゃん、お願い。智香さん、お兄ちゃんをお願い!

 握った拳に額を着けながら、綺更はひたすら祈ることしかできなかった。



          *



 ――まずい、かも。

 左手に短機関銃を喚び出したわたしは、サイクロップスの顔に弾丸を集中させる。

 もちろん、拳銃弾なんて効くわきゃない。

 この前ゲームで戦ったときNPCをつかんだときみたいに、人間の身体なんて引き裂きながら潰してくれるだろう鋭い爪の生えた左手で、奴は銃弾を跳ね返す。

 その間に接近した稔。

 アキレス腱に入れた深い斬れ込みで、サイクロップスの巨体がゆっくりと倒れ込んでくる。

「智香!」

「うんっ!」

 地響きを立ててヘリポートに仰向けに倒れたサイクロップスのすぐ側にいる稔。

 自動装填式散弾銃を喚び出しながら、しゃがみ込んだ彼の肩に足をかけ、立ち上がる彼の力も利用してわたしは空高くに舞い上がる。

 倒れてるサイクロップスの腹に乗り、稔がエンペラーナイフを振るった。

 ハイパー・フェアリーの特殊能力は浮遊制御。

 飛べるほどじゃないそれを使って位置を調節したわたしは、彼の着けた傷に散弾銃に詰め込んだなけなしの大型炸裂弾を撃ち込んだ。

 ――やっぱりダメだ。

 体内に撃ち込んだ炸裂弾によって、クレーターのようにサイクロップスの腹にできた傷。

 奴の身体から飛び降りた稔を左手の爪で捕まえるのを断念したサイクロップスは、ゆっくりと立ち上がる。

 腹の傷は見てる間に小さくなっていく。

 奴の頭の上に浮かぶライフ表示は、半分を切っていたのに、六割を近くまで回復していた。

 サイクロップスの特性は強さだけじゃなく、高い再生能力。

 傷は回復してもライフは完全には回復しないから削ってはいけるけど、再生能力は脅威だ。

 本来なら四人以上、できれば八人で絶え間なく攻撃して、再生能力を上回るダメージを与えるのがセオリー。それでなければ長期戦を覚悟する必要がある。

 そんなサイクロップスをたったふたりで倒せちゃうゲームの中のミノスとティンカーは凄いと言われてたわけだけど、いまの稔とわたしじゃ、ゲームのときほどのダメージ量は稼げない。

 少しずつライフを減らせるにしても、弾丸は有限で、武器の耐久力にも限界があって、本当の身体を動かすよりは楽でも、体力は消耗していく。

 このままだとどっちかが怪我をするか、体力切れで破綻するのは目に見えていた。

「もう一度だ」

「……わかった」

 わたしの側に立った稔がそう言い、サイクロップスに向かっていく。

 奥歯を噛みしめてた彼も、わたしと同じことを考えてるはず。

 何をするにしてもサイクロップスを倒すしかないわたしたちには、戦うことしかできない。

 耐久力切れで使えなくなって、稔が投げ捨てたエンペラーナイフが甲高い金属音を立てた。

 稔を狙うサイクロップスの左手を、耳が痛くなるほどの音を発する自動小銃で叩き落とす。

 サイクロップスの言葉ではない怒号。

 微かに聞こえる、焦りが混じってる気がする稔の息づかい。

「そろそろ飽きてきたよ。早めに終わってくれ」

 風の音に混じって、呟くように源也さんが口にした言葉に、わたしは怒りを感じていた。

 攻撃するだけ無駄なのはわかってるからやらないけど、薄笑いを浮かべる彼をスマートギア越しに睨みつける。

 怒りを抑え込むために噛みしめた奥歯が、軋んだ音を立てた。

 ――あ。

 そのとき、わたしは何かに気がついた。

 現実。ワールドシフト。風の音。

 仮想世界。タクティカル・ロマンシア。その、音楽。

 ――いま、わたしたちに足りないもの。レベル以外の、何か。

 それがわかった瞬間、わたしは近くまで下がってきた稔に声をかけた。

「稔。三〇秒だけひとりで持ちこたえられる?」

「何するつもりだ」

 振り下ろされたハンマーを避けてわたしと稔は左右に分かれて跳ぶ。

「いいからお願い!」

「……わかった」

 カイザーエッジを構えてサイクロップスに突撃していく稔。

 攻撃はそこそこに、激しく動いて奴の気を引く様子を見ながら、わたしはインベントリの奥底に仕舞ってあったものを指定し、纏った。

 シンフォニック・フェアリー。

 スズランをモチーフにした、デフォルトカラーの純白と緑に彩られたスタイルアバター。

 特殊能力が微妙過ぎるけど、性能は高いから予備のアバターとして仕舞ってあったそれを纏ったわたしは、スマートギアの表示で携帯端末のフォルダを開く。

「何をするつもりだ?」

 訝しむように細めた目を向けてくる源也さんを無視して、わたしは探り当てたファイルをアプリにセットし、叫んだ。

「スピーカービット展開! 広域、音量最大!!」

 特殊能力発動の声とともに、シンフォニック・フェアリーの背中に翼のように装着されている、スズランの花のようなスピーカービットを分離する。

 それと同時に、視界の隅に表示されたアプリの再生ボタンを押した。

 ヘリポートを囲むように展開したビットから大音量で流れ出したのは、BGM。

 この前サイクロップスと戦ったときにも流れてた、ボス専用のアップテンポなメロディ。

 わたしが、そして稔が大好きで、いつも聴いていた、タクティカル・ロマンシアの音楽。

 そして現実でありながら、ゲームでもあったこの世界に、レベルよりも足りなかったもの。

 ひとつしかない目に斬れ込みを入れ、サイクロップスが苦しむ間に着地した稔は、そのまま動かなかった。

「くっ、くくくくっ……」

 冷静で、落ち着いた性格の稔が喉の奥から漏らしたのは、笑い声。

「いっけーーーっ! ミノス! ここからはミノスとティンカーの戦いなんだから!!」

「あぁ!! わかってるよ、ティンカー! 愛してるぜ!!」

 振り向いた彼は口元にニヤリと笑みを浮かべ、そして姿を変えた。

 燃え上がるような赤とオレンジに彩られたアバター、パンキー炎。

 黒かった髪は赤く逆立ち、溢れんばかりの力で、カイザーエッジを握りしめる。

 目の傷が癒えたサイクロップスが左手を振り下ろしたとき、稔の姿はもうそこにはなかった。

「ゲームの開始だ! ティンカー!!」

「うんっ! いくよ!!」

 風となってサイクロップスに攻撃を仕掛ける稔。

 大型対物銃を取り出したわたしは、彼と連携して射撃を開始した。

 たぶん防御力の低いパンキー炎じゃ、サイクロップスの攻撃がクリーンヒットすれば、死ぬ。

 でもそんなの関係ない。

 わたしたちはいま、戦ってる。遊んでる。

 タクティカル・ロマンシアというゲームを、命がけで。

「あはははははははーーーっ!」

 稔では絶対あり得なかった笑い声を響かせながら、彼はサイクロップスを切り刻んでいく。

 もう負けたりはしない。

 わたしと稔は戦って、生き残る。

 源也さんも倒して。

「いっくよー!!」

「来いっ、ティンカー!」

 両手に自動小銃を持ったわたしは、稔とともに風になった。



          *



 サイクロップスの胸の真ん中にできた十字の傷に撃ち込んだ榴弾銃の弾丸は、体内で破裂して粘土をえぐったような大きな窪みをつくった。

 残りのライフがほぼ吹き飛び、サイクロップスの身体がよろめく。

 時間は十二時の、二分前。

「……あれ?」

 念のため新しい弾丸を榴弾銃に詰めたとき、迫ってきたのは巨大な身体。

 少し斜めの位置にいたから大丈夫だと思ったのに、足をもつれさせたサイクロップスはわたし目がけて倒れ込んできていた。

 ――ヤバい。

 予想外で硬直してしまったわたしの身体を掠ったのは、風。

 ハイスピード・サムライを超える速度のパンキー炎を纏った稔が、わたしの身体を抱き上げて助けてくれていた。

 彼がわたしを下ろしてくれたのは、源也さんの前。

 薄笑いを浮かべている彼にわたしは言う。

「サイクロップスは倒したよ。約束通り、ワールドシフトを起こした理由を教えてちょうだい」

「よく倒したものだ。あいつはレベル八、フルパーティで戦うことを想定していたモンスターだと言うのに。まずは……、そうだな。私には少し特別な能力がある」

「未来予報の能力でしょ?」

「聞いていたか。綺更からか? 稔からか? まぁいい」

 驚いたように目を見開いた後、源也さんは自虐的な笑みを浮かべながら話し始める。

「その力を使えば、最良とまでは行かなくても、より良い選択肢を選び取ることができた。綺更にも教えた並行未来思考で思考を拡張し、普通の人間では達し得ない考えも生み出せた。すべてが思い通りになるほどではなかったが、私にとって人生は、失敗などあり得ない道だった。それが嫌になって、可能性分岐並行世界説などを唱えてみたが、受け入れられなかった。それすらも、予報の範囲内だったよ」

 少し悲しげな表情を浮かべる源也さん。

 そんな彼に、わたしは苛立ちを感じ始めていた。

「それでなんで、ワールドシフトなんて起こしたの!」

「神に、なりたかったのだよ」

「神になりたいって……。正気?」

「あぁ、もちろんだとも」

 宗教の教祖とかならともかく、常識があったらあり得ない答えに、わたしは驚かずにはいられなかった。

 ――でも確かに、源也さんはワールドシフト圏内で、神というか、ゲームマスターだったんだ。

 源也さんを攻撃したときに現れたワールドクリエイターというNPCネームは、オンラインゲームの管理を行うゲームマスターか、それ以上のゲーム開発者を思わせるものだ。

 実際彼はワールドシフトを起こしただけじゃなく、さっきサイクロップスを呼び出したりとか、見てないからわからないけど、たくさんの干渉を圏内で行っていたはずだ。

 いまのこの場所において、源也さんは神にも等しい存在だった。

 唇の端をつり上げて笑う源也さんは言う。

「私が私に関わる最良の選択を採り続けても、人々は変わらなかった。下らないことで争い、足を引っ張り合い、少しもより良い世界になど近づいていかない。君もそう思わないか? 世の中には下らないもので溢れている。やるべきことをやらず、文句だけを言い、自己の利益のみを追い求める者が多すぎる」

「それは……、そうかも知れないけど」

「人々が変わらないのであれば、世界の方を変えてしまえばいい。私は遊ぶことにしたのだよ。世界で、そして人で。過酷な世界では、最良の選択をし続けた者しか生き残ることはできない。愚鈍な者たちを排除し、最良の選択をし続ける者たちのみを選別するために、私はワールドシフトを行った。そのために、神になる未来を選んだ」

「そんなの……、そんなの貴方の勝手じゃない! どれだけの人が犠牲になったと思ってるの?! 最良の選択? 人を変えるため? そんなの貴方が勝手にそうしたいと思ってるだけじゃない!! そんなこと望まない人だっているんだよ?! 慎ましい幸せを、穏やかな生活ができれば充分だって人もいるのに!」

 わたしが叫んでも、薄笑いを顔に貼りつかせた源也さんには届く様子はない。

「君に、いや、他のすべての人にも、同意してもらう気はないさ。ただ私は方法を得、世界を変える。この世界で、人々で遊ぶ。世界の神となる。それだけだ。しかし君は、慎ましい幸せなどと言いながら、最良の選択をしながらここにやってきた。私の課した課題をクリアした。本当に、穏やかな生活ごときで満足できるのか?」

「わたしは!!」

 稔に似た顔で、嘲るような笑みを浮かべる源也さんに、わたしは胸にくすぶっていた怒りが沸騰するのを感じていた。

 ――稔?

 榴弾銃を突きつけようとしたわたしを押しとどめるように、稔が左手を握ってくれる。

 彼の方を見ると、優しい笑みを浮かべてわたしを見た後、源也さんに険しい表情を向けた。

「ワールドシフトを止めろ」

「嫌だね。ここで私はゲームマスターなのだ。世界を把握するというのは意外に面白い。今日の夜には、メンテナンスの代わりに新たな機能が発動する。タクティカル・ロマンシアによる世界の浸食は、日本全土を覆うだろう」

「そんなことが許されるとでも思ってるのか!」

 激昂する稔にも、源也さんは笑みを浮かべたままだった。

「日本の次は地球を、そして太陽系を、行く行くは宇宙のすべてを、私はこの手に入れて見せよう。そうすれば、楽しくなるぞ」

「莫迦なこと言わないで! 貴方の勝手な望みに巻き込まれる人のことを考えないの?」

「知ったことではない。どうせ君たちにはワールドシフトを止める方法などないのだ。タクティカル・ロマンシアのルールの上で力を手に入れているに過ぎない君たちにはな」

「それでもわたしたちは――」

 わたしが怒りの言葉をぶつけようとしたとき、背筋に悪寒が走るのを感じた。

 背後からの気配に振り向く前に、稔が覆い被さるようにわたしの身体を押し倒す。

 頭の上を通り過ぎていったのは、緑色の影。

 まだ倒しきっていなかった、サイクロップスの左手だった。

「智香!」

「うんっ」

 稔の声に、わたしは彼に押し倒されたまま、数メートルと離れてないところから睨みつけてくる目に、右手の榴弾銃の引き金を絞った。

 目から飛び込んだ榴弾は、サイクロップスの頭を吹き飛ばし、泡へと変えた。

 稔と一緒に立ち上がって振り向いて見ると、サイクロップスの爪に引き裂かれ、上半身と下半身に別れて倒れている源也さんの姿があった。

 十二時を過ぎた瞬間から、すべてのモンスターにはNPCに対する攻撃可能な属性が付加される。稔はたぶん、源也さんを倒すためにこれを待ってたんだ。

 ――ん?

 スマートギアの視界の下の方、十二時を十秒過ぎた時間表示の隣のチャットウィンドウに、稔のメッセージが表示されていた。短い「完了」という言葉は、たぶん綺更ちゃん宛だと思うけど、意味はよくわからない。

「まさかこんな手段で私を倒すとはな……。未来予報でも、わからなかったよ」

「お前が本体じゃないからだ。その身体、自分に似せたNPCだろ。本体は別の場所にいる」

「読んでいたか。ここは重要な場所だが、本体を曝す危険は冒さないさ」

 よく見ると、源也さんの身体からは血が流れてない。

 それどころか、傷口の辺りから虹色の泡になって、どんどん消えていっていた。

「どちらにせよ、ワールドシフターは破壊できない」

「それも、どうかな」

 言って稔は、パンキー炎のアバターを解除した。

 その下から現れたのは、赤いジャージと、お弁当のおにぎりなんかを入れてたベルトポーチ。

 ポーチを開いて手を突っ込んだ稔は、取り出した筒状の物を柱のようなワールドシフターの根元に転がした。

「離れろ!」

 鋭い稔の声に、彼の身体を抱き寄せてわたしは後ろに跳んだ。

 途端に噴き上がる激しい炎。

 ワールドシフターに接続されていた管が燃え上がり、本体自体も表面が溶けていく。

「何だと……」

「あれは現実とゲームをつなぐ接合点だろう。ゲームの側からルールで縛って破壊不能にできても、現実のルールなら壊せる。そういうものだろう」

 たぶん、綺更ちゃんと理科室で造っていたのは、さっきの炎を上げた筒だったんだろう。

 稔たちは、シティクライシスを止めるだけじゃなく、ワールドシフト自体を止めることを狙ってたんだ。

「やってくれたな。見晴らしの良さでこの場所を選んだのは失敗だったようだ。まぁいい。良い実験にはなったよ。またいつかどこかで会おう、稔。そしてそのとき、私は世界の神になっているはずだ」

 顔だけが残っていた源也さんは、不適な笑みを残して消えた。

 泡になって消えたんじゃなくて、かき消えるようにして。

 空を見上げてみると、ずっと見えていたはずの座標線が消えていた。

 それだけじゃない。わたしが纏っていたハイパー・フェアリーのアバターも、消えてなくなっていた。

 スマートギアを脱ぎ、わたしは稔に笑いかける。

「……終わったんだ」

「あぁ」

 彼も同じようにスマートギアを脱いで、笑いかけてくれた。

 その瞬間、稔が身体をよろめかせて座り込んだ。

「大丈夫なの?!」

「大丈夫。少し、疲れただけだ」

 側に座ったわたしは、彼の身体を無理矢理寝かせて、頭を膝の上に乗せた

「お疲れさま、稔」

 安らかな寝息を立てる彼に、わたしは安心と、すべてが終わった達成感と、どうしてなのか、少し寂しさを感じていた。

 稔にそのことを話したいと思うのに、頬をつついても起きる様子がない。

「まったく……」

 夏の陽射しに照らされ、少し寒いくらいの風が吹くここで、わたしは身体を屈めて、稔の唇にキスをした。



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