銃と乙女と遊戯世界 第四章 3



       * 3 *



 階段を駆け上がるのはつらいと思ってたけど、まだそっちの方が良かった。

 複数ある階段は何階か上がるごとにモンスターによって封鎖されてたり、ダンジョン化してる影響か途切れたりしていて、どうしてもフロアの中を通り抜けなくちゃならなかった。

 普通のモンスターだってダンジョン内に出現するのはたいてい強いのに、黒いのとか灰色のとかの超小型群体モンスターは、思い出したくもない。

 何十回もモンスターに遭遇し、その度に逃げたり戦ったりして屋上に続く扉を永瀬と一緒に開けたときには、もう十一時半を過ぎていた。安全圏消失までは、時間がない。

 ヘリが同時に二機くらい降りてこられそうなほどの広さがある、ヘリポートになってる屋上の真ん中近くには、人影があった。

「たどり着いたか」

 自分が悪役です、みたいな黒いゆったりした服を着て、近づいていったわたしたちのことを見つめてくる男の人。スマートギアを被らず、腰くらいの高さの、石か金属かわからない四角い台座みたいなものに手をかざしてる彼の顔は、稔にどこか似ていた。

「源也」

「叔父を呼び捨てとは礼儀を知らない奴だ、稔」

 稔があと十年くらいしたらそっくりになるんじゃないかという源也さんは、でも纏う雰囲気は少しも似ていない。明るさを感じる楽しそうな笑みを浮かべ、それなのにその瞳は、どこか狂気を含んでいるような怖さを背筋に感じる。

「それを止めれば、ワールドシフトは終わるの?」

「あぁ、これがワールドシフターだ、威勢のいいお嬢さん。稔の恋人かね? まぁいい。どちらにせよ君たちには私を倒すことも、これを破壊することもできない。いまここは私が生み出した世界、タクティカル・ロマンシアの世界に飲み込まれているのだからね」

「知ったことかっ」

「稔!」

 源也さんの声を聞きながらじりじりと足を広げていた稔が、声を上げながら地を蹴った。

 一〇メートル以上あった距離を風よりも速い動きで詰めて、エンペラーナイフを振るう。

「え?」

 止める暇なんてなかった。

 稔が人殺しになっちゃう、と思う頃には、彼は源也さんとすれ違っていた。

 でも、彼に攻撃を受けた源也さんは変わらず笑みを浮かべて立ってる。

 スマートギア越しの視界で見ると、スタイルアバターを纏っていない源也さんの頭の上に表示が出ていた。

「ワールドクリエイター? NPC?!」

 役職を表す名前なのか、個人を表す名前なのかわからない。でもその文字の色は、タクロマの中ではよく見ていて、ワールドシフト以降は一度も見たことがなかったNPCを示すもの。

 タクロマのルールのままなら、わたしたちにはNPC扱いになってる源也さんにダメージを与えることも、倒すこともできない。

「智香!」

 源也さんから離れながら稔が飛ばしてきた声に、わたしは自動小銃を構え、放った。

 弾倉の弾丸が空になるまで撃ち込んだのに、ワールドシフターには傷ひとつ着かない。

 現れたのは、ワールドオブジェクト。プレイヤーでは破壊することができない建造物の表示。

「少し遊んでやろう。すでに一部の避難所ではモンスターの侵入が始まってるが、しばらくすればすべての避難所が壊滅する。それまでの余興に君たちにはこいつの相手をしてもらおうか」

 言って源也さんが空に手をかざすと、彼の後ろに巨大な影が揺らめくように現れた。

「さ、サイクロップス!」

 少し前にもタクロマの中で戦ったひとつ目の巨人。

 あのときはゲームの中で、いまの二倍近いレベルがあった。

 それでも一歩間違えば叩き潰されるくらいの強さがあったのに、現実で、レベルもたいしたことのないわたしと稔で、いま戦いたい敵じゃない。

 側に戻ってきた稔が、ナイフを構えながら奥歯を噛みしめてる。

「さぁ、必死に戦って――」

「何で!」

 上げていた手をわたしたちに向けようとする動きを制して、わたしは源也さんに叫ぶ。

「なんでこんなことをっ、ワールドシフトなんてやったの?!」

「……」

 わたしの声に手を止めた源也さんが目を細めた。

 これはどういう意味なんだろう。

 沈黙した源也さんは、嬉しそうな笑みを漏らす。

 まるで誰かに訊かれたかったみたいに。

「夢が、あったのさ」

「夢? それはみんなを巻き込んで、たくさんの人を犠牲にしてまでやりたいことだったって言うの?!」

「どうだろうな。それ以上のことを聞きたいならば、こいつを倒してみせるがいい。――やれ」

 源也さんの言葉とともに、緑の肌をしたひとつ目の巨人、サイクロップスは巨大なハンマーを振り上げながらわたしたちに近づいてきた。

「やるぞ、智香」

「うん……」

 残像を引きそうな速度で走り出したハイスピード・サムライを纏う稔が駆け出したのを見て、わたしは炸裂弾を詰めた弾倉を取り出し、自動小銃に装着する。

 ――正直、ヤバい。

 稔の強さは現実でも最高クラスで、わたしは彼と連携できる最高のパートナーと自負してる。

 でもゲームのときと同じとは言えない。

 冷静ないまの稔は、その冷静さが頼りになるけど、パンキー炎は使えない。

 わたしはわたしで、ゲームのときほど、彼と連携することができない。

 サイクロップスにまとわりつくような動きで稔がつけた傷に、次々と炸裂弾を撃ち込みながら、わたしは焦りを感じていた。



          *



「また来た……」

 校門を乗り越えて入ってきたモンスターの群れを見、仁奈は小さく呟いていた。

 時間は十一時半を少し過ぎたところ。

 本格的に安全圏が解除されるには早いが、モンスターが侵入してくる時間にはある程度ばらつきがあると説明を受けていた。

 他の避難所でも数カ所、モンスターの侵入がギルドチャットで報告が流れている。

 学校の外壁は臨時で高さを増し、校門の周辺だけがそのままだった。それが功を奏したのか、二度目になる雑魚モンスターの侵入は、校門方向からだった。

「構え!」

 校門近い校庭に並ぶ一五人のファイターたちの真ん中に立つ、本部避難所に残った自衛官の声に応じて、仁奈は腕に添わせるように斧槍を構えた。

 ――怖い。

 スマートギアを受け取ってファイターになってから、もう一〇回以上の戦闘をこなしてきたが、接近する馬や牛と同じくらいの大きさの甲虫型モンスターに、仁奈は恐怖を覚えていた。

「かかれ!」

 その声と同時に、喉が詰まりそうなほどこみ上げてくる恐怖を飲み込んだ仁奈は、巨大なコガネムシのようなモンスターに向かって走った。

 斧状の先端を走った勢いも乗せて振り下ろす。

 頭部を狙った斧槍の先端は硬い表皮を割って食い込むが、中心を外れ、致命傷には至らない。

 丸い口に並ぶ鋭い牙を見せながら苦しむモンスターの悲鳴と、手に伝わってきた嫌な感触に竦みそうになるが、力任せに斧槍を引き抜く。

 その動作を回転の力にし、仁奈は背中で斧槍を左手に持ち替えて横薙ぎの二撃目を食らわせ、泡へと変えた。

『スピードタイプのアバターで長槍系の武器を使う場合、動きを止めないこと』

 それが智香からのアドバイスだった。

 防御が低い上、重量も軽いスピード重視のアバターは、攻撃を受けると吹き飛ばされやすい。

 敵の攻撃を受けて転んでも、とにかく動き回って、自分の位置を自分で確保することが重要だと言う。

 人気がなく、ギルドの共有インベントリ経由で受け取った智香のハイ・フェアリーは扱いやすく、身体を動かしてる間は仁奈は何も考えずにいられた。

 智香のアドバイスに従って、仁奈は二体目のモンスターへと走り寄る。

 威嚇するように上半身を持ち上げたクワガタのようなモンスターにすくい上げるような斧槍の一撃を打ち込んで振り抜き、勢いを失った頂点で刃を返して追撃を加えた。

 ――まだいる。

 侵入してきたモンスターは三〇匹以上。

 周囲を見ると、雄叫びを上げたり、恐怖に顔を引きつらせたり、刃を食いしばったファイターたちが、モンスターと戦いを繰り広げていた。

 その戦いは、概ね優勢だった。

「あぁぁ!」

 上がった悲鳴に目を向けると、大顎を持つカミキリムシ型のモンスターの前で尻餅を着いているファイターが見えた。

 ――まずい。

 思ったときには身体が動いていた。

「発動!」

 まだ距離のあるカミキリムシに刃を向けて構えた仁奈は、叫んだ。

 フェアリー系アバターの特徴はスピードと同時に特殊能力。

 ハイ・フェアリーは瞬間移動の特殊能力が備わっていた。

 緊急回避や一瞬で距離を詰めるのに便利だが、仁奈が智香から聞いた話では、空間を飛び越えるのではなく、超高速の移動なのだと言う。

 仁奈の身体が、風すら起こさずモンスターと倒れたファイターの間を駆け抜ける。

 超高速移動の途中で壁でもあれば、激突する。

 もし武器を構えて使えば、どんなスピード系アバターでも達し得ない超高速の移動速度を上乗せしたダメージを与えられる。

 振り向いたとき、カミキリムシ型モンスターの頭部は水平に裂け、虹色の泡へと化して消えていくところだった。

「一端下がれ!」

 倒れたファイターを助け起こしているときに発せられた指示に、仁奈は校門の正面を開けるようにして下がった。

 まだ生き残っているモンスターに向けて、後ろに控えていた遠距離武器を持つファイターによる銃撃が集中した。

「――はぁーっ」

 胸が詰まるような感触を息とともに吐き出た仁奈は、身体から力が抜けて座り込みそうになるのを、斧槍を杖にして堪える。

 ――智香は、本当にすごいよ。

 銃撃を逃れて飛び出してくるモンスターがいないか注意をしながら、仁奈はそう感じていた。

 避難所の中でもトップクラスの強さで、恐怖に負けそうになっても、立ち上がってモンスターと戦っている彼女。

 彼女がモンスターと戦ってるところは見たことがなかったが、稔と一緒に見上げるほどの巨大な敵にも怯まずに立ち向かっていくと言う。

 中型のモンスターにすら恐怖を感じて震えそうになっている仁奈は、智香がどれほどの強さを、戦いだけでなく心においても持っているかを感じていた。

 ――大丈夫かな、智香。

 稔とともに別行動をしているという彼女の作戦目的を、仁奈は知らない。

 それはボス討伐よりも重要で、避難所で最強であろう稔と、その最高のパートナーである智香を割いてでも行うべき作戦は、おそらく危険を伴う可能性が高いだろうと予測していた。

 智香の無事を祈りながらも、仁奈は思う。

 ――でも、早くして、智香。

 校門の外、表の道からは、姿は見えなかったが、時折地響きに似た足音が聞こえてきていた。

 それはおそらくこの後、十三時以降に侵入してくるだろうボスクラスのモンスターのもの。

 次の指示を待つため、斧槍を構え直しながらも、仁奈は表情を不安に染めていた。




 スマートギアの視界に表示された照準の真ん中にモンスターを入れ、引鉄を絞る。

 校庭の真ん中辺りの机などを積み上げた簡易バリケードの内側にしゃがみ、自動小銃を構える東堂が撃った弾丸は、狙ったモンスターの手前に着弾した。

「焦るな。よく狙って」

 すぐ隣にいる射撃班のリーダー、まだ中学生だというファイターの声に、東堂は焦って引鉄を絞ろうとしていた指の力を抜き、もう一度狙いをつけ直し、撃った。

 今度は命中し、ダメージを受けていたモンスターは泡となって消えていった。

「当たった……」

「うん。その調子。焦らなくていい。仲間もいる。敵の数はもう少ない」

 東堂に声をかけながらも、モンスターに目を向けたままリーダーは次々と機関小銃の弾丸を命中させていく。

 吐きそうになるのを必死で堪えながらも、東堂は新たなモンスターに狙いを定めた。

 バリケードからモンスターの群れまでの距離は二〇メートル近く。

 近接戦闘は震えてしまって無理で、遊び程度にエアガンやモデルガンをいじっていて銃を扱えるからと回してもらった射撃班。

 敵との距離があり、比較的安全で、近接班に比べて楽な役割であるとわかっていたが、それでも東堂は自分がたいした戦力になれていないことを感じていた。

「撃ち方やめ! 弾倉交換!」

 その声に銃口を空に向けた東堂は、へたり込みそうになる身体を歯を食いしばって動かして、残弾の少ない弾倉を外してインベントリに格納し、新たな弾倉を自動小銃に装着した。

 ――藤多は、本当に凄いんだな。

 数も減り、傷ついているモンスターに殺到する近接班を見ながら、東堂は思い出していた。

 決闘の際に見た智香の戦い。

 乱射というべき発射速度で両手の短機関銃を撃ちながらも、一発も外さなかった彼女。

 銃の持ち替えもスムーズで、まさに彼女はアバターと一体になって戦っていた。

 インベントリからアイテムを取り出したり仕舞ったりするだけでももたついてしまう東堂とは、明らかに違っていた。

 充分な距離があって、たくさんの仲間がいても我慢していなければ震え出しそうになる東堂と違って、昨日の夜みんなの前で演説していた彼女は、ひとりでも戦うと言っていた。

 そしてたぶん、彼女がそうなったとき、言葉通りに戦うだろう、と思えていた。

 教室で見ていた智香は、クラスにいる女子のひとりに過ぎなかったが、おそらく彼女は避難所にいる誰よりも強靱な心を持っているのだろうと、東堂はあのとき知った。

 ――絶対帰ってこいよ、藤多。

 侵入してきたモンスターをすべて倒し終えたのを確認し、ファイターのほとんどが大きなため息を漏らした。

 しゃがみ込み、深呼吸をしながらも、東堂の口元には笑みが浮かんでいた。

 ――無事みんな生き残ったらさ、改めてデートに誘いたいんだ、藤多。

 誰かではなく、彼女だけを。

 眩しいほどに輝いていた智香と、一緒の時間を過ごしてみたいと東堂は考えていた。

「侵入数一二。射撃班、構え」

 新たに侵入してきた中型モンスターに、東堂は自動小銃を構えた。

 ――結果は、わかってるけどな。

 口元に笑みを浮かべながら、照準をモンスターに合わせた。



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