銃と乙女と遊戯世界 第三章 5
* 5 *
「――志願者は以上の一二名。うちレベルの低い二名を除く、一〇名にてボス討伐を行います」
まだ空が暗くならない七月中旬の十八時。定刻通り始まった会議のために校庭に集まったのは、ファイターはもちろんのこと、たくさんの避難民。
集まっている人たちの真ん中に立つ綺更ちゃんは、拡声器も使わずに隅々まで通る声で志願したファイターの名前を読み上げ、作戦決行の宣言を行った。
「そんな人数で倒せる敵ではないのだろう? だったら作戦は取りやめて派遣するファイターを防衛に回すべきだ!」
真っ先に反対の声を上げたのは、いつもの避難民代表。
『それでは私たちの避難所が壊滅してしまう! 作戦はやってもらわなければ困る!』
代表の言葉にさらに反論したのは、通信で接続された他の避難所のまとめ役の人。バッテリ式のスピーカーからその声は発せられていた。
「そんなこと知ったことじゃない! 自分たちの命すら危ういんだ、他の避難所のことなんて構っていられるか!」
『我々に死ねと言うのか?! あんたは来年の選挙に立候補する予定って話じゃなかったか? そんな人が市民の安全を考えないなんてあり得るか!』
「生き残らなければそんな未来もないのだ! 死んでたまるか!!」
「静かにしてください! 人数が少なくても決行するしかない作戦なんです!!」
「これが黙っていられるか! 命がかかったことなんだぞ!!」
『そうだ! 小娘は黙っていろ!』
もう綺更ちゃんの制止の声すら届かず、さらにいくつもの避難所の人たちも参加し、罵声ばかりのやりとりが行われていた。
綺更ちゃんの側に立ってるわたしが辺りを見回すと、アバターを纏ったファイターたちは、疲れたように座り込んだり、呆れような表情を浮かべている。
――凄く、下らない。
だんだんとわたしは腹が立ってきていた。
交わされる言葉は話し合いなんてしていない。ただの貶し合いだ。そんなことで何が変わるわけでもない。生存率が高まるわけでもない。
「ね、綺更ちゃん。いま余ってるスマートギアはどれくらいあるの?」
腰を屈めて綺更ちゃんにそう囁くと、泣きそうなくらい顔を歪めていた彼女が教えてくれる。
「三四個です。……どうするつもりですか?」
「ありがと。まぁ、見てて」
言ってわたしは、綺更ちゃんの後ろから前に出て、輪になってるみんなの真ん中に立ち、短機関銃を取り出す。
「黙れーーーーっ!!」
叫びながら空に向かって弾丸を発射した。
みんなの声よりも大きな銃声が響き渡る。
静まり返った校庭で、わたしは弾切れした弾倉を新しいのにつけ替えて、銃口を空に向けたまま声を張り上げた。
「この場所に、死にたい人なんてひとりもいない!」
見回すと、誰もがわたしのことを見ていた。
驚いてるだけの人。睨みつけてきてる人。優しく笑ってくれてる人。いろんな人が、わたしのことを見ていた。
「死んでも構わないなら、そこの門から外に出て行けばいいだけ。ここにいるってことは、生き残りたいって思ってるからでしょ? 違う? そう思ってるなら、なんで戦わないの!」
「……戦う力が、ないから」
誰かが、わたしの言葉に応えてそうぽつりと零した。
「何言ってるの? 莫っ迦じゃないの?! いまスマートギアは、余ってる。三〇個以上も! 戦う力は望めば手に入る!! ただ襲われて食べられて死ぬよりも、ファイターになって戦う力を手に入れた方が生存率は高い。そんなこともわからないの? この避難所のルール? そんなのいまさらどうでもいいでしょ! スマートギアをもらって逃げ出せばいい! 安全な場所なんてどこにもなくなるけど、死ぬならルールなんて関係ない! 生き残りたいと思うなら、自分で望んで、戦いなさい!!」
これだけ言っても、誰からも反論の声は上がらない。
わたしの言葉を聞き入るように、目を向けてきているだけだった。
「わたしは戦う!」
「……自分が死にたくないからだろ」
「えぇ、その通り!」
誰かが言った言葉に、わたしは即座に返事をした。
「だって死にたくないもん。生き残りたいなら、強い方がいいに決まってる! だからわたしは戦う。でもそれだけじゃない!!」
一度言葉を切ったわたしは、厳しい顔をしてる綺更ちゃんを、諦めたように笑う稔を見る。
それから優しい笑顔を浮かべてる仁奈を、他にも東堂や、クラスメイトや教師、この避難所で知り合ったいろんな人の顔を見ていく。
「わたしは、友達にも死んでほしくない。知り合った人たちにも死んでほしいと思わない! 全部守るのは無理かも知れないって思ってるけど、それでももうこれ以上、誰にも死んでほしいなんて思ってない! ワールドシフトが始まってからもうたくさんの人が死んじゃってるし、死んだ人が戻ってくることはないけど、それでもできるだけのことをして、できるだけ元の世界に戻るようにしたいの! だからわたしは戦う!!」
ファイターのみんなの目に、力が宿り始めていた。
避難民の中にも、わたしのことを真っ直ぐに見つめてくれる人が現れ始めていた。
「凄く個人的な想いで、利己的な願いだってのはわかってる。それでも、それを実現するには戦うしかないの! 例えわたしひとりになっても、わたしは戦う!! それが、わたしの望みに近づく一番の方法だから!! ここにいる人たちは、わたしの言葉を聞いてるみんなは、どうするの?! わたしは、わたしの望みのために、望みにできるだけ近づくために、死ぬまで戦う!」
それが、わたしがこれまで戦ってきた理由。
たくさんのものが失われて、もう取り戻せないものがいっぱいあるけど、それでもまだ守りたいものがある。これ以上失いたくないものがある。
だからわたしは戦ってきた。戦ってこれた。
怖くて、恐ろしくて、竦みそうになる身体を、ミノスに逢いたいという気持ちで誤魔化しながらも、本当に思っていたのは、守りたいものがあったから。取り戻したいものがあったから。
それに気づかせてくれたのは、稔。
彼は心配してくれて、守ってくれて、何度も助けてくれた。わたしも彼を、他の人を、守りたいと思った。守るために戦いたいと思った。
わたしが辺りを見回しても、誰も言葉を発しない。
でも、わたしの側に近づいてきた人。
隣に立ってわたしの顔を見つめてきてくれたのは、稔。
左手を握ってくれたのは、綺更ちゃん。
「ありがとう、ふたりとも。一緒に戦ってくれる?」
「もちろんです、智香さん」
「あぁ」
短機関銃を仕舞って手を伸ばすと、稔が大きな手でわたしの右手を握ってくれた。
「アタシも一緒に戦うよ、智香。ここを守るためにね」
そう言ってわたしの前に立ったのは、仁奈。
「うん、お願い」
仁奈に続いて、ファイターの人たちがやってきて、次々と戦うと宣言してくれる。
「……オレでも、戦えるのか? タクロマなんて、ほとんどやったことないんだけど」
「もちろん。いまからでも遅いことなんてないよ、東堂」
「だったら、オレにもスマートギアを貸してくれ。少しでも、本当に少ししかできないかも知れないけど、戦って、オレも生き残りたい」
「うん。一緒に戦おう!」
俯きながら言った東堂は、わたしの言葉に顔を上げた。
彼だけじゃなく、避難民からも手が上がる。
集まってきた人たちの顔を見て、わたしは大きな声で言った。
「生き残りたいと思うなら、自分のできることをやりなさい! 守りたいものがあるなら、守るための方法を考えなさい! それが生き残るための、守るための一番の近道なんだから!」
いま、この場所を満たしているのは、罵倒なんかじゃない。
みんなの声援だった。
――わたしたちは、まだ戦える。生き残る道が、守り切る道がある。
それを感じて、わたしは笑った。
でもそのとき、鋭いホイッスルの音が響いた。
それは警戒を促す合図。
あらかじめ決められた規則で吹き分けられた音は、警戒、正門方向。
一斉にファイターの全員が手に武器を取り出したのと同時に、わたしたちのすぐ側に降り立った何かが、土煙を上げる。
「待って! 敵ではありません!」
そう声を発したのは綺更ちゃん。
降り立った者の姿を隠すほどの煙が晴れてくるに連れて見えてきたのは、アバター。
立ち上がったのは三人。
普通の人より明らかに体格のいい、ハイスピード・サムライと、ウィンド・ナイトと、パラディンのスタイルアバターだった。
パラディンのアバターを纏った髪の短い男性が、わたしたちの方に進み出て言った。
「驚かせて済まない。私は自衛隊ワールドシフト特別班に所属する富岡という者だ。こちらの代表、キキーモラ氏はいらっしゃるか?」
「はい。私がキキーモラ、永瀬綺更です」
「貴女が? いや、永瀬の……」
「その話はまた後ほど」
握っていたわたしの手を離して、綺更ちゃんは自衛隊の人たちの方に一歩出る。
「遅れて申し訳ない。一〇体以上ボスの襲撃により、基地のほとんどのファイターが、……出撃不能になってしまった。残ったうちの志願した我々三名で、走ってここまでやってきた」
「走ってきたって……。え?」
「あぁ。二〇〇キロばかり、できるだけ戦闘を避けてここまで走ってきたよ」
わたしの呟きに息ひとつ切らさずに言ってるけど、例えスタイルアバターを操作してると言っても、それだけの距離走ってきたら疲れる程度で済むわけがない。一度も戦わずにというのも難しいはずだし、屋根の上を伝ってきたとしても、直線で走れるわけじゃないんだから。
「たった三人だが、いまからでも作戦に参加させてもらえるだろうか?」
「……えぇ、もちろん。歓迎いたします。まずは食事とシャワーと、それから少しですが睡眠を。四時間後、もう一度会議を開きます。それまでに改めて作戦を立て直します。ようこそ、自衛隊の方々」
言って綺更ちゃんが伸ばした右手を、富岡と名乗った自衛官の人が握り、握手を交わした。
昨日の夜の、自衛隊参戦の連絡よりも大きな声が、みんなから上がった。
それを聞きながら、わたしはまだ手を握ったままの稔に笑いかける。
彼もまた、わたしに笑顔を見せてくれていた。
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