銃と乙女と遊戯世界 第三章 4
* 4 *
校庭に面した校舎前のポーチに腰掛けて、ハイパー・フェアリーを纏ったまま、わたしはお盆を膝の上に置いてどんぶりを口元に寄せていた。
お昼のメニューはご飯に即席ラーメン。肉のない野菜炒めを乗せたそれは、意外に美味しい。
ただ、もうこれまでみたいな定食のようなメニューは材料の枯渇によりできなくなっていた。ラーメンなどの食料も、そう遠くないうちになくなってしまう。その後はカンパンや缶詰などの、本当の意味での保存食に切り替わる。
今日わたしは何となく、食堂じゃなくて外に出て食事をしていた。
校庭ではたくさんの人たちが出てきて、机や椅子を組み立てて、バリケードを建造してる。
そんな作業をするみんなの顔は、暗い。
会議の内容が全員に伝わって作業効率を低下させているのは、目でも見ることができていた。
「ここにいたんだ、智香」
「仁奈。頑張ってみるみたいだね」
「うん、どうにかね」
わたしの隣に座った仁奈の纏ってるアバターは、イノセント・フェアリーになっていた。
スピードがあった方がいいと言ってたから、たぶん切り換えたんだろうと思う。
「武器は何使ってるの?」
「ハルバード。いくつか試してみたけど、アタシにはハルバードが合ってるみたい」
「あー。重い割にけっこう使いやすいんだよね。武器を振るんじゃなくて、ファアリー系のアバター使うなら身体ごと振り回す感じで使うと、とくに」
「うんうん、そんな感じ。使い方は教えてもらったんだけど、そういう戦い方する人いなくて、コツをつかむのにちょっと時間かかっちゃった」
メインウェポンは銃のわたしだけど、近距離武器もそこそこ使うことはできる。実際タクロマの中では、遠距離武器を無効化する敵がたまにいて、使う機会がけっこうあった。
しばしわたしは、仁奈の質問に答えたりしながら、戦い方について彼女にレクチャーする。
「この後は智香、作戦?」
「うぅん。何か明日の準備ってことで永瀬が綺更ちゃんの手伝いに行っちゃったから、しばらく休憩。その後もう一回、夕方前の統合作戦に参加するけどね」
「そっか。智香みたいに頑張ってる人もいるけど、ファイターのみんなはダメかも……」
「どうかしたの?」
「うん。スマートギアは配り終わって、訓練する人も安定してきたんだけど、今日に入ってやめる人が増えてるんだ。スマートギアもいまは余ってるみたいで、新規でファイターになりたい人がぜんぜんいないって」
「そうなんだ……」
「頑張って戦ってたけど、やっぱり怖いって。わかるんだけど、やめてもやめた分ファイターが減るだけで、他の人が戦ってくれるわけじゃないのにね」
食べ終えたお盆を脇に置いて、俯いてる仁奈の顔を眺める。
「アタシね、やっとお父さんとお母さんの居場所がわかったんだ」
「そっか。よかったね!」
「うん……。でも、帰宅途中だったからちょっと遠いところの避難所にいて、一昨日参入したとこなの。この後そこの統合作戦に参加してやっと会えるんだけど、その避難所、統合後でもファイターが一二人しかいないんだ。ボス二体に同時に襲われたら、たぶん厳しいんだよね」
泣きそうな顔をしてる仁奈を、わたしは抱き寄せる。
「じゃあ、明日は仁奈、そこで戦うの?」
「うぅん。アタシはここに配属してもらうつもり。そこの避難所は人数が少ない代わりに、レベル四以上の人で固めるから、アタシじゃ足手まといにしかならない。この辺りじゃ一番広くて避難民も一番多いここは、新人ファイターを中心に人数多くして固めるから、ここがたぶん一番戦いやすいんだ」
少し震えた声で、仁奈は言う。
「アタシも、本当は怖いよ。戦うのも怖いし、死ぬのはもっと怖い。でも、でも……、お父さんとお母さんにも生きててほしいし、自分も生き残りたいし、アタシ、どうしたらいいのかわかんないんだ……」
「だったら隠れてやり過ごせばいい」
肩を震わせる仁奈を抱き締めながら、いつの間にかやってきた東堂のことを睨みつける。
「モンスターは目と耳で人を認識してるだけだ。息を潜めてやり過ごせば襲われることはない」
「そんなことできると思ってるの? この避難所にどれだけの人がいると思ってるの? 校舎の中にも入ってくるモンスターから全員を隠すことなんてできないよ」
「だとしても、オレはひとりでも隠れて生き残る。……藤多も倉増も、オレと一緒に隠れないか? 良さそうな場所見つけたんだ」
どうやら本気らしい東堂の様子に、わたしは深くため息を吐いた。
「わたし、東堂のそういうとこ、けっこう嫌いじゃないよ。自分優先だけど、生き残るのに必死で、狡いくらい賢いとことか。ヘタレだと思うけど、うん、割といいと思う」
「だったら藤多――」
「でもダメ。わたしは隠れてなんていられない。戦うよ」
わたしから身体を離した仁奈も、東堂のことを睨みつけるように見る。
「わたしさ、高校に入ってすぐの頃は、東堂のこといいなぁ、って思ってたんだ。顔はいいし、小物とかの趣味もいいし、口は上手いしね。あのとき遊びに誘われてたり、告白でもされてたらつき合ってたかも、って思う」
「それならいまからでも藤多、オレとつき合ってくれ」
必死そうな東堂の顔に、わたしは思わず笑ってしまう。
莫迦にしてるとかじゃなくて、東堂は東堂なりに本気なんだってわかるから。わたしとか仁奈のことを考えて言ってるんだってわかるから。
「だからいまはもうダメだって。東堂も聞いてるでしょ? タクロマだったときならメンテに入ったらシティクライシスは終わったけど、ワールドシフトしたこの世界じゃ、木曜になったら終わるとは限らないんだから。だからわたしは戦う。戦わないと生き残れないから。……それにね、わたしはもう、誰よりも頼りになる人、見つけてるから」
「ミノスに、逢えたの?」
びっくりした顔でわたしを見てくる仁奈に笑いかける。
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるの、かな?」
「どういうこと?」
「ミノスだったけど、別人だったの」
「よくわかんないんだけど」
お盆を手に取ったわたしは立ち上がる。
「まぁ、ちょっと説明しにくいかな。とにかくいまのわたしは、あいつがいてくれるから戦える。もうあいつがいいから、他の人の告白なんていらないんだ」
わからないように首を傾げてるふたりに笑いかけて、わたしはお盆を戻すために食堂に向かって歩き始めた。
「あいつ、甲斐性無しだし、東堂以上にヘタレだからさ、いまなら朝と違って時間あるし、ちょっと活を入れてくる」
*
永瀬の姿は司令室でも寝室になってる校長室にもなくて、わたしは校舎の中を巡って彼の姿を探し求めていた。
やっと見つけたそこは、理科室。
危険なものがたくさんあるから、使わないものなんかを押し込めてあるだけのそこに、わたしはためらうことなく扉を開けて踏み込む。
「何やってるの? ふたりとも」
「明日の作戦のための準備です」
答えてくれたのは綺更ちゃん。
理科に使う実験器具とか、技術の授業で使う機材とかをたくさん並べてやってることは、わたしにはよくわからない。
「忙しいとこゴメン。ちょっと永瀬を借りてもいい?」
「いいですよ。もうだいたい終わりましたから、大丈夫です」
「おい……」
わかってるようにスマートギアを被った口元に笑みを浮かべてる綺更ちゃん。
反論する永瀬だけど、彼女の満面の笑みに送られて、わたしの方に近寄ってくる。
「いまなら上の図書室はもう誰もいませんから、外にも音は漏れませんし、いいと思います」
「うん、わかった。ありがとう。行こ、永瀬」
「あぁ、うん」
あんまり乗り気でないらしい永瀬のハイスピード・サムライを纏った腕をつかんで、わたしは無理矢理廊下に出て、階段に向かう。
たぶん本棚をバリケードに使うために出しちゃったんだろう、積み上げられた本だけがある図書室に入ったわたしは、永瀬を奥に押し込んで、扉を閉めた。
「理科室で、何やってたの?」
窓の側まで歩いていったわたしは、とりあえずということで振り向いてそう質問してみる。
「明日の作戦に必要になるかも知れないものを造ってた」
「イベントボス退治の道具? 現実の武器とかじゃ倒せないんでしょ?」
「いや、違う。俺は明日のボス討伐には参加しない。別行動だ」
「んじゃ、わたしはそっちの作戦に参加するんだね」
「ダメだ」
五歩の距離にいる永瀬はディスプレイを上げて、鋭い視線を向けてくる。
「明日俺が行くのは、たぶん源也に関係する場所だ。どんな危険があるのかわからない」
「源也さんに関わる場所って、何なの?」
「……ワールドシフトの中心点だ」
「見つかったんだ?」
「あぁ。自衛隊から送られてきた情報で、特定することができた」
今朝の通話の後、携帯回線に比べればかなり低速な衛星回線を使って、ずいぶん大きな添付ファイルのあるメールが送られてきていた。よくわからなかったから綺更ちゃんに送信しっぱなしだったけど、それはそういうことに関する情報だったんだと思う。
「ドッペルゲンガーなんか比じゃないモンスターが出る可能性が高い。俺ひとりで行く」
「わたしのこと、心配してくれるの?」
一歩近づいて上目遣いにそう問うてみると、永瀬は喉を詰まらせたみたいに口をつぐんで、わたしから目を逸らした。
「わたしは着いて行くよ、永瀬」
「だけど――」
「避難所の外に出るときは最低でもペア行動が必須。綺更ちゃんが決めたことでしょう? それに永瀬がわたしのことを心配してくれるように、わたしも永瀬のことが心配なの。永瀬がわたしの知らないところで勝手に死ぬなんて、許さないよ?」
もう一歩近づいたわたしは、わたしを見てくれない永瀬の顔を覗き込むようにして見る。
「永瀬のパートナーになれるファイターはわたしくらいしかいない。違う?」
「そうだが……」
「ずっとそうしてきたでしょ? ワールドシフトの後も、それから……、その前も」
驚いた顔をして、永瀬が顔を上げた。
「聞いたのか? 綺更から」
「うん。聞いた。でもなんで、永瀬がミノスだってこと、教えてくれなかったの?」
「それは、その……」
口の中でもごもごと言う彼に、わたしは胸の奥がくすぐったくなって、笑ってしまう。
「幻滅されると思ったから?」
「……そうだ」
「あははっ」
綺更ちゃんも言ってたことだけど、その通りだった。
なんかおかしくて笑って、永瀬に背を向けたわたしは言う。
「うん。たぶんそうなってただろうな。正直わたしは永瀬のこと、けっこう嫌いだった。暗くて、オタクだって噂で、わたしの嫌いなタイプ。ミノスだって言われても信じられなかったし、証明されても、たぶんミノスを避けるようになってたと思う」
振り向いたわたしは、試しに訊いてみる。
「ね、永瀬。パンキー炎のスタイルアバターは持ってるの?」
「持ってる。使ってないが」
「見せて」
「うっ……」
ためらいつつも、永瀬はハイスピード・サムライからパンキー炎にアバターをシフトさせる。
黒中心で白いラインなんかがあった落ち着いた色合いのサムライ系アバターから、燃え上がるような赤とオレンジに彩られた姿に変わる。
それと同時に、黒くてちょっとぼさぼさだった髪が、天を突くように赤く逆立つ。
「……うわ、似合わない」
思わずわたしはそう言ってしまっていた。
パンキー炎を纏った永瀬は、まさにミノスそのものだった。
なんでいままで気づかなかったのかわからないほどに、まさにゲームの中で逢ってたミノスと同じ姿をしていた。
でもこれまで一緒にいた永瀬の印象が強くて、表情もミノスのニヤけた笑顔じゃなくって、恥ずかしそうに歪めてる永瀬の顔で、ものすごく違和感があった。
「その髪とか、デフォルトアバターじゃなくて、スタイルアバターの設定だったんだ?」
「あぁ」
「持ってるなら、なんで使わないの?」
「使わないんじゃなくて、使えないんだ。パンキー炎はスピードに特化しすぎてて、ミノスのテンションで動き回るならともかく、現実のテンションだとこいつは速すぎて扱いきれない」
「あー。それはちょっとわかるかも。ゲーム内だからできることってあるよね」
わたしがゲームの中だとはしゃいだみたいなテンションになるのと同時に、積極的に戦闘に参加する。それくらいは現実でもできなくはないけど、やっぱり現実の戦いでは怖さがあって、ためらいが出る。
性格がまるっきり変わってしまう永瀬は、スピードに特化したパンキー炎を、あのハジけたテンションをも利用して操っていたんだろうと思う。
「ね、永瀬。ちょっとアバター解除して」
「なんだ?」
「いいから」
どう見てもいまの永瀬には似合わないパンキー炎が解除され、青っぽいツナギ姿になる。わたしも同じようにアバターを解除して、ショートパンツとキャミソールの姿になった。
残ってた低い棚の上に脱いだスマートギアを置くと、彼も同じようにして置いた。
「ワールドシフトが起こって本当に嫌なことがたくさんあったけど、でもひとつだけ、いいことがあったんだ」
「それは、何?」
わたしのことを見つめてくる永瀬が、少し緊張してるのがわかった。
わたしも心臓が凄い早さで脈打ってるのは感じてるけど、それを隠して彼の顔を見上げる。
「永瀬が……、うぅん。稔がどんな人かわかったこと。それが、わたしがワールドシフトの後で感じた、いいこと」
「俺、……が?」
大きく踏み出したわたしは、触れるほどに永瀬の身体に自分の身体を寄せる。
「ね、稔」
「う、うん……」
「わたしは稔が好き」
ためらうことなく、わたしはその言葉を口にした。
顔を一気に赤く染めて、大きく見開かれる稔の目。
驚きと、嬉しさと、困惑の色を浮かべた瞳を、わたしはじっと見つめる。
「わたしのことを心配してくれる稔が好き。必ず守ってくれると言ってくれた稔が好き。妹想いで、タクロマだと豹変するけど、ちゃんとわたしのことを見ててくれる稔が好き」
言ってる間に稔の顔の赤さは広がっていく。
顔だけじゃ済まなくて、耳も、首筋までが、真っ赤に染まる。
たぶんわたしも、彼と同じだ。
鼓動はもう彼にも聞こえるくらい大きくなってて、顔も、耳も、首も、全身が熱くなってる。
「好きだよ、稔」
改めて言うと、たじろぐように後退ろうとする稔。
でもわたしはそれを許さない。服をつかんで引き寄せて、身長差の分だけ下にある目で、彼の瞳を見つめて離さない。
「な、なんでいま、そんな話を……」
「いまだからこそ、だよ。明日はどうなるかわからない。映画とかだと死亡フラグみたいだけどさ、死ぬなら後悔なんて絶対したくない。言っておけばよかったなんて思いながら死ぬのなんて絶対嫌。それに、生きるための活力がほしい。元気がほしい。これから先、この想いを抱いて生きていくんだって、生き残っていくんだって、そう思っていたい。だから、さ」
稔の服を両手でつかみながら、わたしは背伸びをする。
そしてわたしは、キスをした。
半開きの彼の唇を奪うような、押しつけるだけのキス。
想いを言葉以上に伝えられるように、一所懸命のキス。
「絶対に勝つよ、稔。勝って生き残るよ」
「う、うん」
稔の顔はもうパンキー炎よりも赤くて、わたしも同じくらい赤くなってるみたいに熱くて、でも凄く幸せな気持ちが、わたしを満たしてくれている。
服から手を離すと、胸を押さえた稔が数歩後退って距離を取る。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしてる彼に、わたしは追い打ちをかける。かけざるを得ない。
「稔はいつもわたしのことをティンカーって呼ぶけど、あれはなんで?」
「それは、その……」
「恥ずかしいから?」
「……うん」
「あれ、ヤダ。タクロマの中だったらいいけど、ここは現実だよ? ここにいるわたしはスタイルアバターじゃなくて、身体を持ってここに立ってるんだよ。だから、ちゃんと現実の名前で呼んで、稔」
喉の奥で息を詰まらせながら、情けない顔をする稔。
言わなくても「勘弁してくれ」とか思ってるのはわかるけど、許してあげない。許してあげるわけがない。この先こいつを、甘やかしてなんてあげない。
「呼んで、稔」
「……ち、智香」
「うん。もう一度」
「智香」
「もう一度」
「智香……」
何度も何度も呼んでもらって、情けなさそうだったり、苦々しそうだったりする顔を眺める。
でも最後の方では、諦めたようにため息を吐いて、少し笑いながら、ちゃんとわたしの目を見て、言ってくれた。
「それでさ、稔。わたしの想いはいま伝えた通り」
「うん……」
「じゃあ稔はさ、わたしのこと、どう想ってるの?」
「それは、その……」
逸らしていた視線をわたしに合わせて、口を開く稔。
言おうとしてるのに言えなくて、彼がそういう性格なのはわかってて、わたしは言う。
「口で言えないなら、行動で示してよ。わたしってさ、けっこう寂しがり屋で、知ってると思うけどわがままでさ、言葉で言ってくれるだけじゃ足りないの。もちろん言葉もほしいけど、安心がほしい。想ってる気持ちを、行動で示して、形にしてほしいの。言ってること、わかる?」
再び顔を真っ赤にする稔。
ここまで言えば、彼がやるべきことはひとつだ。
息を飲み込んで近づいてきてくれる稔。
両手を広げると、彼はわたしの身体に両腕を回してくれて、わたしも彼の身体に両腕を回す。
上を向いて目をつむると、緊張した息づかいが近づいてきた。
稔との、二度目のキス。
少し硬くて、でも柔らかい彼の唇。
鼻でしかできない息がかかって、少しくすぐったくて、でも幸せで、嬉しくて、稔のわたしへの想いを感じた。
わたしたちは二度目のキスで、お互いの想いを交換し合った。
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