銃と乙女と遊戯世界 第三章 3
* 3 *
外扉から司令室に入って、すぐ脇にある校長室の扉を開けて中に入る。
ベッドに寝かせられた綺更ちゃんは、安らかな寝息を立てていた。
永瀬が彼女の頭からスマートギアを取って電源を落とすと、強制ログアウトされてトータナイトのアバターが解除された。
袖の長いシャツとジーンズ姿の彼女は、知っていたけど、小さいと言えるくらいに小柄だ。
ベッドに座って布団を掛けてあげる。いつもは怖いくらいの迫力がある彼女なのに、年相応のあどけない寝顔に笑みが漏れてきてしまう。
「そう思えば綺更ちゃんって、いつ寝てたの?」
「たぶんワールドシフトが始まってから一度も寝てない」
「……え? それって大丈夫なの?」
あと数時間でワールドシフトが始まってから五日になる。
普通の人間がそんなに長い時間寝てないなんて信じられない。
「大丈夫じゃない。でも、前に話しただろう、綺更の未来予報の能力」
「うん」
「眠らないのはその能力の特性、と言うより、欠点のひとつだ。眠らずにずっと考え続けることができるんだ、綺更は。でも身体は普通の人間だから、起き続けていれば衰弱する。どちらにせよもうすぐ体力の限界で意識を失ってたはずだ」
「それ、凄く危ないじゃない」
「そうだ。だがいまはこんな状況だからな。彼女がいなければまとまるものもまとまらない。……責任感が強すぎるんだ、綺更は」
そんなことを大欠伸を漏らしながら言う永瀬。
「俺なんかじゃ想像もつかないほどいろんなことを考えてるし、言わなければ一日でも二日でも考え事をして過ごしてる」
「凄いんだね、やっぱり」
「そうでもない。考え事ばかりしていて、生活能力の方は壊滅的だ。掃除や洗濯もできないし、知識だけなら豊富だが、料理だってつくれない。どうやってもひとりじゃ生活できないんだ」
「……完璧、ってわけじゃないんだ」
「あぁ。意外と手間がかかるんだ、こいつは」
ディスプレイを跳ね上げ、ベッドの前に立って綺更ちゃんのことを見てる永瀬の瞳には、優しそうな色が浮かんでいた。
――そう思えば、ミノスも妹想いだったな。
何度かオフに誘ったのに、たいてい妹の世話があるからと断っていたミノス。
彼と同じくらいに、永瀬も妹想いなのを感じていた。
そんな永瀬の顔を見つめて、少し嬉しくなったわたしは目を細めていた。
「今日はこのままここにいてくれ。俺たちの決闘と、自衛隊の件でずいぶん鬱憤は解消したと思うが、まだくすぶってる可能性もある。寝ている間は綺更は完全に無防備なんだ。交代で警戒する必要がある」
「うん。わかった。じゃあ永瀬、先に寝て」
「だけど……」
もうなんか印象薄くなっちゃってるけど、ついさっき襲われて怖い目にあったのはわたし。身体も心も疲れてるのは自分でもわかってる。
でもわたし以上に激しく怒り続けていた永瀬の疲れは、わたしよりも大きいはずだ。
驚いた顔でわたしのことを見つめてくる永瀬に、笑みを浮かべて言う。
「わたしは大丈夫。後で交代してくれるんでしょ? 四時間経ったら起こすから、先に寝て」
「……わかった」
アバターを解き、赤いジャージ姿で反対側のベッドに潜り込む永瀬。
少し恥ずかしそうな顔をする永瀬は口ごもりながら言う。
「……さっきは、ありがとう」
「何が?」
「殴られて、目が醒めた。俺はあのとき、どうかしてた……」
「どういたしまして。それよりわたしの方こそありがとう。助けてくれて、嬉しかった、よ?」
そう言い終えた頃には、永瀬は寝息を立てていた。
綺更ちゃん以上に無防備な寝顔を見せる彼に近づいて、頬を軽くつつく。
「こら、人がお礼を言ってるんだから、最後まで聞いてから寝ろ」
言いながらわたしは笑む。
*
「この期に及んで、自衛隊が介入してくるとはな」
風吹きすさぶその場所で、男は小さく呟く。
彼の前にあるのは、腰の高さほどの柱のような物体。
赤や青の星のような小さな光を瞬かせるその柱の根元には、木の根に似たうねる太い管が何本も接続されていた。
男は柱に手を伸ばし、手の平をかざす。それに応じるように、瞬く光が増え、光も強くなる。
「ここまで来て、それはつまらないな」
風の音以外なかったその場所に、地の底から響くような低い音が溢れ始めた。
「さぁどうする? 綺更。お前の力で、この状況を乗り越えられるか?」
夜の闇よりも黒い瞳に楽しそうな色を浮かべる男は、口元にさも嬉しそうな笑みを浮かべた。
*
「……おはよう」
そんな声に手鏡で髪を整えていたわたしは、びっくりして綺更ちゃんに目を向けた。
簡易ベッドから身体を起こし、目は閉じたままで、くしゃっとした感じに顔を歪めて、どう見てもまだ寝てる感じの綺更ちゃん。
「えっと、おはよう」
「うん、おはよう。智香さん」
返事はあるけど、綺更ちゃんは動かない。
「……大丈夫なの? 綺更ちゃん」
「大丈夫です。私は寝起きは血圧が低いので、起きたばかりはいつもこんな感じです」
声はいつもと変わりなくはっきりしてるのに、やっぱり顔は寝たままだ。
校長室にはいま永瀬はいない。
深夜に交代で寝たわたしを起こした後、アバターを纏ってどこかに行ってしまった。校内を見回りしてるらしい。
――そう思えば、綺更ちゃんの能力って、起きてる時間が長くなるほど凄くなるんだっけ。
ここのところ見てた彼女と違い過ぎる、年相応の幼い感じの反応に、わたしはその能力が関係してるのかと思う。
「あの、寝起きがそんな感じなのは、未来予報の能力があるから、なの?」
「……お兄ちゃん、そんなことまで智香さんに話したんですか?」
ぱちりと目を開け、深くため息を吐く綺更ちゃん。
「私の未来予報の能力はあまり大きなものではないので、意図的に使わなければたいしたことはできないんです。すぐ近くの未来を予報することしかできません。応用した並行未来思考は起きていれば起きているほど広い範囲の自分と接続できるようになるので、考え事がある間はほとんど眠らずに過ごせますが、一度眠ってしまうと接続が途切れるので、起きてすぐは普通の女の子です」
呆れ顔を浮かべながら周りを見回し、綺更ちゃんはベッドの横の台の上に置いてあった携帯端末とスマートギアに手を伸ばす。
寝癖がついてぼさぼさになってる髪をそのままに、スマートギアを被ろうとする彼女を手で制して、わたしは彼女の後ろに座って手に持ってたブラシを髪に当てる。
太くて硬いわたしの髪と違って、綺更ちゃんの髪は細くて柔らかかった。その分絡んで凄いことになってるのを、ブラシで優しく整えていく。
「本当、お兄ちゃんは智香さんのことは家族みたいに信頼していますよね」
「そうなの? よくわかんないけど。できるだけ味方がほしかったから、って言ってたよ?」
「そうですよ。未来予報の話なんて、わたしとお兄ちゃんの他は、お父さんとお母さんしか知らないはずです。お父さんとお母さんはいまはどうしてるんだか……。何回目かの新婚旅行とか言って九州にいるはずなんで、ワールドシフトには巻き込まれていないと思いますが」
「綺更ちゃんとお父さんとお母さんって……」
「はい。戸籍上のいまの父母です。それはまぁ、いいとして。本当にお兄ちゃんは智香さんのことばっかり見てて、妹の私が見てても嫉妬すると言うか、ちょっと気持ち悪いって感じるくらいと言うか」
「何それ? 永瀬にそんなに見られてたことないと思うんだけど」
同じクラスにいたのはもちろん知ってるし、少しくらいなら話したことはあるけど、まともにあいつと話したのはワールドシフトが起こってからだった。あいつからの視線を感じたこともとくになかったし、綺更ちゃんが言うようにそんなに見られてたことはなかったはずだ。
「えぇ、そうなんですよ。木曜の朝に最後に手に入った圏外脱出者リストと、とりあえずの避難所収容者リストを見て、智香さんの名前がないことに気づいて、私が止めるのも聞かずにだいたいの場所しか知らないくせに探しに飛び出して行っちゃったくらいです」
「え……。何それ」
髪を整え終え、振り向いた綺更ちゃんが見せた笑顔にわたしは驚いていた。
――そう思えばあのとき、永瀬はひとりだっったっけ。
ワールドシフトが発生した当日、わたしを助けてくれた永瀬はひとりだった。
でも綺更ちゃんは、方針として絶対に避難所外に出るときは最低でもペアでの行動を義務づけていたし、それはあのとき以降守られてる。生存可能性を高めるための方針だと思うし、あのときは疑問に思ってる余裕なかったけど、永瀬がなんであのときひとりであそこにいたのかと思うと、いまさらながらに疑問を感じていた。
「昨日もあのタイミングで智香さんを助けに現れたのは、絶対に智香さんのことが心配で、どこにいるのか気にかけていたからですよ」
「え? え?」
ため息を吐きながらスマートギアを被り、ベッドから立ち上がってトータナイトのアバターを纏う綺更ちゃんの言葉に、わたしの頭は混乱してきていた。
「そんなにあいつに見られてた気がしないんだけど……」
「そんなことないですよー。というか、お兄ちゃんはいつも智香さんのことばっかり気にしてましたし、ファイターになるのだって反対してたし、ペアにしたのもどうせ気にかかって上の空になるのがわかってたからですよ? 智香さんは本当、お兄ちゃんに想われてますよね。妹の私が見てても羨ましいくらいです」
「……えぇっと?」
本格的に混乱してきて、わたしは口元に笑みを浮かべてる綺更ちゃんのことを首を傾げて見ていることしかできなかった。
たいてい無口で、話しても素っ気ない言葉ばかりで、たまに話すのは綺更ちゃんのことが主。
そりゃあペアを組んで出撃するようになってからはやりとりが多かったけど、他の人に比べてわたしが永瀬に気にされてることがあったかどうか、思いつけない。
――いや、そうでもないか。
ドッペルゲンガー戦のときだって、昨晩だってわたしのことを守ってくれて、わたしのために怒ってくれた永瀬。
それを考えればわたしのことを見てくれてたんだというのはわかるけど、綺更ちゃんが言うほどとは感じたことはなかった。
「えっと、えっとね? わたしにはその、好き、というか、想ってるって言うか、気になってる人がいて……。その人とはオフじゃ逢ったことないんだけど、わたしはたぶん、その人のことが好きで、一度逢ってみてから考えようと思ってて……」
「そうなんですか?」
驚いたように口をぽっかりと開ける綺更ちゃんが言う。
「でも智香さん、いつもお兄ちゃんと一緒にいたじゃないですか。ワールドシフト以降はもちろん、タクロマの中でも、ずっと一緒に」
「……へ?」
綺更ちゃんの言葉の意味がわからない。
わたしはタクロマの中で永瀬と会ったことなんてない。
いつも一緒にいたのは、ミノスだ。
しばらく考え込むように顎に指を添え、俯いていた綺更ちゃんは、何かに気づいたように顔を上げて叫んだ。
「あ! あーーーっ!! そういうことっ!! お兄ちゃん、何考えてるの?! 未来予報のことも話してて、この部屋で一緒に寝起きするくらい信頼してるのに、なんでそういう一番大事なことを話してないの、あの莫迦お兄ちゃんは!!」
「どういうこと?」
近づいてきた綺更ちゃんがわたしの両肩に手を置いて言う。
「よく聞いてください、智香さん」
「う、うん」
「お兄ちゃんは、永瀬稔は、私のお兄ちゃんです」
「それは知ってるけど」
「えぇっと、そうじゃなくて、私のお兄ちゃんは稔お兄ちゃんひとりです」
「え? 綺更ちゃんには別に、ミノスって、たぶん実のお兄ちゃんがいるんじゃないの?」
「いません。私のお兄ちゃんは永瀬稔。唯一、ただひとりのお兄ちゃんです」
「ちょっと待って。ゴメン。何か、わからなくなってきた」
もうどういうことなのか頭ではわかってるのに、どうしても受け入れられない。手で綺更ちゃんの言葉を制して、わたしはもう片方の手で顔を覆って気持ちを落ち着けようと深呼吸する。
「永瀬とミノスって、ぜんぜん性格違うよね?」
「違いますね。でもネットだとノリが違う人とか、車に乗ると性格が変わる人っているじゃないですか? お兄ちゃんはあれが激しいんです」
確かにそういう人がいるという話は聞く。
わたしも仁奈に言われるくらい、タクロマからログアウトした直後は地が出るというか、いつもよりハイテンションになってる。
でも、永瀬がそうだとしても、あれはもう別人くらいに違う。
「お兄ちゃんはタクロマのBGMが大好きで、あれを聴いてるとログインしてなくても凄いんですよ。本当、別人みたいに」
わたしもタクロマのBGMが好きで、公式で配信されたアルバムを携帯端末に入れてるくらいだし、あれを聴いてるだけでログインしてなくてもテンションが上がってきちゃう。
永瀬も同じだと思うと、違い過ぎて信じられないところもあるけど、納得は一応できる。
「じゃあ永瀬は――」
「はい。私のアバター名、キキーモラが綺更からもじったものであるように、お兄ちゃんも稔からもじったものです。私のお兄ちゃん、永瀬稔のアバター名は、ミノスです」
微笑む綺更ちゃんの言葉に、わたしは自分でもどんな顔をしているのかわからなかった。
嬉しいような、悲しいような、寂しいような、でもそんな気持ちと一緒に、胸の奥が詰まるような苦しさがあって、それなのに暖かさも満ちていて、本当にわけがわからない。
――うん。わたし、気づいてた。
思い出さなくても、永瀬とミノスの共通点はたくさんある。
性格面を除けば、タクロマ内でも有数のナイフ使いのミノスと、いまのファイターの中でもたぶん最強のナイフ使いの永瀬。
それにあの敵に怯まず接近して戦う戦法は、まったく同じものだ。
ゲームと現実じゃやっぱり違うからか、連携は上手く取れない部分はあったけど、ミノスの背中と、永瀬の背中は、アバターの違いはあっても、同じものだった。
妹想いで、綺更ちゃんのことをいつも気にかけていたのも、ミノスも永瀬も同じだった。
身体の力が抜けてきて、後退ったわたしはさっきまで寝ていたベッドに腰掛けて俯く。
「……なんで、言ってくれなかったんだろ」
「あー。それはちょっと、わかると思います。お兄ちゃんってほら、リアルだと根暗なオタクじゃないですか。私が言うのも何なんですが。たぶん智香さんに嫌われたくなくて、言えなかったんじゃないかと」
「確かにそうだけど……」
永瀬とミノスの性格の違いは、どんなに似てても綺更ちゃんにはっきり言われるまで信じられなかったほど。教室の中にいた永瀬のことはむしろ嫌ってるくらいだったし、向こうも似たようなことを思ってたんだと考えれば、納得できなくはない。
「……そんなに、嬉しかったんですか?」
「うっ」
俯いたわたしの顔を覗き込んでくる綺更ちゃんに言われて、わたしは喉を詰まらせる。
もう、こみ上げてくる嬉しさで口元に零れる笑みが止められない。
胸の中が暖かくて、熱くなりそうなほどで、いろんなことを思い出して、病気なんじゃないかと思うくらい、頬どころか顔全体が熱くなってるのを感じていた。
そのとき、そんな気持ちを引き裂くかのように鳴り出した、着信音。
ベッド脇に手を伸ばして取った端末に表示された番号は、お母さんじゃない。見知らぬ番号。
表情を険しくし、無言で頷いた綺更ちゃんに促され、わたしは応答ボタンを押す。
「……」
相手からの言葉を聞いて、わたしはすぐに携帯を綺更ちゃんに渡す。
どんどん表情を曇らせていく彼女に、良い内容でないことは察していた。
「……わかりました」
そう応えた綺更ちゃんが通話を切断し、携帯を返してくれた。
「すぐに会議を開きます」
「うん。わかった」
釣られるようにわたしも表情が硬くなるのを感じながら、スマートギアを頭に被った。
*
司令室の中は静けさに包まれていた。
立ち上がったまま室内を見回している綺更ちゃんもまた、何も言わずに押し黙ったままだ。
まだ朝食前のこの時間、起きたばかりの人が多くて、会議に参加する人が集まりきるまで時間がかかっていた。
永瀬と一緒に綺更ちゃんの後ろに、彼女を守るように立つわたしは、室内の様子に注意を向けながらも、強張ってる綺更ちゃんの顔を横目で見ていた。
すべての避難所との接続が確立されたのを確認して、綺更ちゃんは俯かせていた顔を上げた。
「それでは会議を始めます。先ほど自衛隊ワールドシフト対策班の方より連絡がありました」
一度言葉を切った綺更ちゃん。
集まった人々は息を飲みながら、彼女の次の言葉を待つ。
「派遣部隊は、壊滅しました。訓練を行っていた基地が多数のボスモンスターの襲撃を受け、多大な損害を受けたとのことです」
一気にざわめきが起こる。
不安と絶望の声が囁かれる中、右手の杖で鋭く床を叩き、綺更ちゃんは騒ぎに水を打つ。
「詳しい状況についてはいまも不明です。早朝に出発予定だった派遣部隊については、出発を断念したと言うことです。――ただし、明日のボス討伐作戦については、予定通り決行します」
「何を言ってるんだ! こんな状況で!!」
即座に避難民代表の小父さんから飛んでくる声。
それを呼び水に罵倒や非難の言葉がいろんなところから発せられた。
それは避難民だけじゃなく、ファイターからもだった。
「作戦決行については臨時政府からの要請であり、決定事項です。状況が厳しくなるのは確実ですので、参加者は志願制とします。作戦に志願する方は本日十八時までにギルド掲示板か、直接私に参加を申し出てください」
「作戦なんてやっていられるか! オレたちが生き残る方を優先するべきだろう、いまは!! 自衛隊が来ないなら、避難所の防備を固めること以外にやることはないだろうが!」
「いいえ、優先すべきはボス討伐です」
大きな声ではないのに、凛とした綺更ちゃんの声が響き渡る。
スマートギアを被っていても睨みつけるような鋭い視線を感じさせる綺更ちゃんは、司令室内を見渡してみんなを黙らせる。
「本部避難所であるここはファイターがおそらく充分と言える人数いますが、管轄の避難所では最小は六人、平均で一〇人のファイターしか配置できていません。本日、臨時の避難所統合作戦を行ってさらに防備を強化しますが、それでも最終的には同時に数体のボスが安全圏を襲撃してくるこのイベントでは、多数の避難所が壊滅するのは確実です。それに、管轄外の避難所の中には、ファイターがひとりもいないところもあります。現在推測されているワールドシフト圏内の避難民の総数は約二十万人。シティクライシスによってその半分ほどが犠牲になると思われます。ボス討伐作戦は、私が管轄している避難所だけでなく、ワールドシフト圏内にいるすべての避難民を助けるために必要な作戦なのです」
不満そうな顔を見せながらも、避難民代表の人たちはそれ以上何も言ってこなかった。
「それから、臨時政府よりこの地域の救援に関する予定についても連絡がありました」
その言葉に表情を明るくする司令室のみんなに対し、綺更ちゃんは表情を暗くし、俯く。
「この地域の救援は予定通りで約三週間後。物資を航空機による投下を行うということでしたが、期待はしないでほしいということです。私たちは少なくとも今回ともう一回の二度、シティクライシスを乗り越えなければなりません」
それまで以上に絶望に染まるみんなの顔。
助けが来るのが遠いだけじゃない。食料もどんなに引き延ばしても二週間保てばいい方だ。
モンスターに襲われて死ぬか、餓死して死ぬかの選択を、わたしたちは迫られていた。
「今回の会議は以上です。本日の作戦は掲示板で発表した通りです。皆さん、今日もたくさんの仕事があります。頑張ってください」
そう言って綺更ちゃんが椅子に座ったのを合図に、集まっていた人たちはその場の仕事に入るか、司令室から出て行った。
暗い表情をしながらも、手元の書類と格闘を開始した綺更ちゃんを見、わたしは永瀬に視線を走らせる。同じように綺更ちゃんのことを見ていた永瀬は難しそうな顔をしていた。
たぶんわたしも、同じような顔をしてるだろう。
状況は昨日自衛隊から連絡が来る前と変わってない。戻っただけ。
でも希望に湧いた後に突き落とされた絶望は、昨日よりもさらに避難所に暗い影を落とし始めていることに、わたしは気づいていた。
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