第二章 リアルゲーム・リアリティ

銃と乙女と遊戯世界 第二章 1


第二章 リアルゲーム・リアリティ



       * 1 *



 食堂に入って扉のすぐ脇にある台の上からコップを取って、ポットから水を注いだわたしは、真っ直ぐにテーブルに向かう。

「……疲れた」

 椅子に座って水を一気に飲み干し、崩れるように机に突っ伏した。

 夜も遅い時間、太陽光発電で備蓄した電力を使って暗めに照明を点けた食堂には、もう食事をする避難民の人はいない。思い思いに食事を摂るファイターの人たちが何人かいるだけだ。

 わたしも食事しないといけないのはわかってたし、お腹は空いてたけど、食事を取りに行く気力が湧かなかった。

「お疲れ様、智香。アバターくらい解除したら? それと、ファイター用の食事持ってきたよ」

「あぁ、うん。ありがとう」

 そんな風にわたしに声をかけてきてくれたのは、突っ伏してて顔も見てないけど、仁奈。

 手で探ってスマートギアの電源をオフにすると、自動でタクロマからログアウトされ、アバターが解除された。スマートギアを頭から脱いで、学校指定の赤いジャージの下のベルトホルダーに入れておいた携帯を操作して、タクロマアプリを終了させた。

 途端に身体の重さが倍になった気がする。

 スタイルアバターを身につけてるのは、服を着てるのとは別の装着感があるけど、纏ってる間はレベルとアバター特性に応じた力が出せる。

 それがなくなる生身に戻ると、今日一日の疲れがどっと押し寄せてくる感じがあった。

「凄く疲れてるみたいだけど、猫被りしなくていいの?」

「疲れてるから無理。って言うか昨日からそんなことやってられない。あ、美味しそう」

 持って来てもらったメンチコロッケ定食の匂いに、身体を起こしたわたしはお盆を手元に引き寄せてお箸を手に取った。

 学校のときみたいに机を挟んで正面に座った、わたしと同じ赤いジャージの仁奈は、自分の分のコップを手の中で転がしながら柔らかく笑む。

「作戦の方はどう?」

「一応第一弾は終わった。まだ移転が終わってないところもあるけど、明日の午後には水曜までは安全になる……、はずの感じ。作戦は明日も嫌になるくらいあるけどね」

 金曜の今日、避難所の統廃合と移転は、朝も暗いうちから開始された。

 公立の学校や都立や区立の施設の避難所を廃止し、私立の学校や民間大型施設への移転や統合が行われ、ファイターがいなかったりする避難所には防衛体制が取られるようになった。

 今日で新しく綺更ちゃんの傘下に入ったものを含めて五〇以上あった避難所は約半分になり、レベル三以上がひとりと、もうひとりかふたりのファイターが配置されるようになっていた。

 昨日の段階で綺更ちゃんが管轄していた避難民は五千人くらいだったけど、今日で一気に二万人に達するくらいになり、第二まで増えた司令室では実体の把握作業でいまもまだ大わらわになってる。

 さらにシティクライシスが進行中であること、それへの対策、来週水曜に出現するイベントボス討伐を検討していることを、伝言ゲームで管轄外の避難所に伝わるよう手配もしていた。

 どう考えても何日もかかるはずの作戦を今日のうちに目処がつけられたのは、二度目の避難所襲撃がなかったのもあるけど、綺更ちゃんの采配が一番の要因なのは誰に目にも明かだった。

 襲撃はなかったけど、公立の施設のいくつかには、モンスターの出現エリアとなっている場所が確認されていた。

「じゃあいまはもうだいたい安全なんだ」

「うん。水曜の午前中までは、たぶんね。そのために今日一日走り回ってたし、戦いまくってたし、すんごい疲れた……。その分レベルも五になったし、ハイパー・フェアリーとか強い武器も手に入ったし、わたしの方も成果もあったんだけどね」

 冷凍食品じゃない、洋食屋さんの味がするメンチカツを頬張るわたしに、仁奈はちょっと表情を硬くして言う。

「本当、大変だね、智香たち」

「んー。どうかな。わたしはけっこう好きでやってるとこあるし……。疲れるけど、一日中タクロマ漬けみたいなもんだしね。って言うか、仁奈もファイターやったらいいんじゃない? ちょっとだけど、前はタクロマやってたじゃん」

「アタシは……」

 そう言ってお味噌汁のお椀を口に寄せるわたしの前で、仁奈は表情を曇らせて目を逸らす。

「スマートギアは持ってるけど、家に置いてきちゃったし……。それにタクロマのアバター操作は智香みたいに上手くなかったし、アタシじゃ無理だよ」

「そっか。まぁいまはスマートギア足りてないしね。明日からはスマートギアの確保作戦も始まるし、戦うにしても、逃げるにしても、ファイターの方がいいと思うよ、わたしは」

「……ん。考えておく」

「戦うだけじゃなくて、逃げてても大丈夫な作戦もあるよ。食料確保作戦とか、明日の予定回数と目標量とか見てると、頭痛くなってくるくらいだよ。人足りな過ぎ」

 食料の確保は避難民が急増した上、救援物資の予定も不明だから、重要性が上がっていた。

 避難所の統合で作戦効率は上がったけど、七月で暑いのもあって、スーパーとかの生ものは量だけじゃなく消費期限的な意味でもあと数日が限界なんだそうだ。朝の会議で、来週には食料確保の対象は保存できるものに切り替わると発表されていた。

 話しながらわたしはできるだけ元気よく笑ってみせる。暗い顔はしながらも、仁奈も少し笑ってくれた。

「わたしはわたしができることをやってるだけだよ、仁奈」

「そっか。……うん。アタシもアタシでできること、考えてみる」

「うんっ」

 やっと笑ってくれた仁奈に笑みを返して、食事が終わったわたしはお盆を持って席を立った。

「……ねぇ、智香は、大丈夫なの?」

 背中を追ってきた声に振り返る。

 近づいてきた仁奈は、わたしのことを心配するような、少し泣きそうな瞳をしていた。

「大丈夫だよ? さすがに今日は疲れてるけどね」

「それならいいけど……。でも、本当に気をつけて。絶対に、絶対に無茶はしないでよ」

「わかってるって」

 仁奈を元気づけるように笑って見せたけど、彼女の表情は晴れない。

 ――綺更ちゃんやみんなもいるし、……永瀬もいるんだから、大丈夫に決まってるじゃない!

 ちょっと口に出して言うのは恥ずかしくて、わたしはそんな言葉を声には出さない。

 でもそれが伝わるよう、揺れている仁奈の瞳をできるだけ元気を籠めた視線で見つめた。



           *



「何の音だろ?」

 学食なんかがある別棟から出て、校舎に入ろうと渡り廊下を歩いてるとき、聞き慣れない音が聞こえて来た。

 もうすっかり暗いこの時間、空には星が瞬き、夜になると白く光る座標線が走っているのが見えた。渡り廊下から見える校舎には、司令室を除くと照明が灯ってるところはほとんどない。

 千人以上の避難民がいるはずの学校内は、息を潜めるようにひっそりとしていて、校庭にも校舎にも動く人影は見つけることができなかった。

 そんな中で小さく、板を叩くような音が聞こえて、わたしは肩から斜めにかけてる専用ポーチにスマートギアが入ってるのを手探りで確認してから、音のする方に向かう。

 体育館の側の、軽い運動ができるスペースからしてきていた音の主は、ふたつの人影だった。

「……何してるの? ふたりとも」

 わたしの声に振り向いたのは、永瀬と綺更ちゃん。

 照明もなく薄暗い中に立ってるふたりは、体力測定のときくらいしか使わない、体育館の外壁に貼り付けられた垂直跳びの板があるところにいた。

「こんばんは、智香さん。ちょっとした調査です。お兄ちゃん、もう一回」

「こんばんは。調査?」

 近づいて行くと、紙を挟んだクリップボードを持ったトータナイトを纏う綺更ちゃんが、口元に柔らかい笑みを浮かべて迎えてくれる。

 スピーディ・サムライを纏う永瀬の方と言えば、わたしのことを無視するように綺更ちゃんの指示に従ってジャンプし、板に新しいチョークの粉の跡をつけていた。

 その高さは、普通の人がジャンプしたのと変わらない高さ。

 スピーディ・サムライなら助走をつけなくても人の背丈くらい飛び越せるのに、永瀬のジャンプはせいぜいダンクシュートが決められるかどうかくらいの高さしかなかった。

「何なの? いまの。ふざけてるの?」

 そんなジャンプ力じゃこの先戦えない。

 ナイフ使いの永瀬は敵の間を走り回り、大型モンスターにジャンプで取りついたりするのが戦法だ。あんな普通のジャンプ力じゃこれまでみたいな戦いはできなくなる。

「えーっと、やってみてもらった方が早いかな? 智香さん、ちょっとこちらに」

 薄暗い上にスマートギアを被ってるから永瀬がどんな顔してるのかよく見えないけど、場所を空けてくれた彼の代わりに、垂直跳びの板のところに横を向いて立つ。

「まずはそのままやってみてください」

「ん、わかった」

 差し出された器の粉を手で触ってから、膝を曲げて思いっきりジャンプする。

「よしっ」

 春にやった体力測定よりもいい結果に、わたしは軽くガッツポーズを決める。

「それでは次に、アバターを着てやってみてください」

「んん?」

 首を傾げつつもポーチからスマートギアを取り出して被り、携帯端末に接続する。昨日今日でもう何度やったのか忘れたくらいやってるログイン操作をして、赤いジャージを着ていたわたしの姿は、標準設定してある真っ白なハイパー・フェアリーのスタイルアバターを纏う。

「たぶん、飛び越えちゃうけど、いいの?」

「はい。思いっきりやってみてください」

 つけるだけ無駄だと思うけど、差し出された器にアバターで覆われた指を入れて粉をつける。

「ふうぅ……」

 何となく緊張して、深く息を吐いたわたし。

 ステータスやインベントリ、チャットウィンドウなんかがある視界内で、少し離れたところに立つ綺更ちゃんが笑みを浮かべてるのが見える。

 身体を動かすのとはちょっとだけ感覚が違うアバター操作を意識しながら、わたしは跳んだ。

「わっ! すごっ……」

 わたしが触れたのは、三メートルはある垂直跳びの板を飛び越えた、体育館の壁。

 意識して垂直に跳んだことなんてなかったけど、ボスモンスターからのレアドロップであるハイパー・フェアリーは、タクロマにあるフェアリー系アバターの中でも能力値上昇が最高だ。

 助走なしで家の屋根に上がれそうな高さまで跳んで、わたし自身が驚いていた。

「それで、これに何の意味があるの?」

「もう一回、今度はアバターを意識せずにやってみてください」

「アバターを意識せずにぃ?」

 いまはアバターを纏ってるんだから、アバターを意識するなと言われても難しい。

 どうやったらいいのかわからなくて、わたしは首を傾げることしかできなかった。

「目をつむるんだ」

 そう、後ろから声をかけてきたのは、永瀬。

 それまで黙っていた永瀬が綺更ちゃんの隣に立ち、少し口の中に籠もったような声でやり方を教えてくれる。

「目をつむったまま、腕を意識する。指を意識する。それから脚を、膝を、踵を、足の指を。それから、跳ぶ」

 永瀬に言われたように自分の身体を意識して、目をつむったままわたしはジャンプした。

 上昇の頂点だと思うところで、見えないけどすぐ隣にある板を軽く叩くように触れる。

「……あれ? 何これ。どういうことなの?」

 新たな指の跡は、ジャージのときにジャンプしたのとほとんど同じ高さだった。

「これがたぶん、ワールドシフトの秘密を握る鍵だと思うんです」

「ワールドシフトの秘密? 鍵?」

「はい。ファイターはレベルが上がることで、アバターを着ることでステータスが変化します。筋力が上がればその通り力が強くなり、敏捷が上がれば素早く動けたり高いジャンプができたり。でもそれは、アバターを着ているときだけのものなんです」

「それは……、わかるけど」

 タクロマにログインしてアバターを纏ってるときは、わたしは超人になってる。普通の人なんて目じゃないほどで、モンスターとだって戦えるくらいに。

 ログアウトしてアバターを解除すれば、超人だったわたしは普通の人に戻る。

 それくらい、アバターを纏ったり解除したり何度もしてるから、わかってることだった。

「アバターを着ているときも、私たちの身体は少しも強くなっていないんです」

「いや、そんなことないでしょ。だって早く動けるし、力だって強いし」

「けれど智香さん。ハイパー・フェアリーを着ていても、身体だけを意識してジャンプすると、あの高さしか跳べませんでしたよね?」

「……そうだけど」

 わたしがさっき着けた跡を指さされて、わたしは口ごもる。

「おそらくこの世界でのアバターというのは、一種のパワードスーツか何かに近い扱いなんです。むしろ巨大ロボットの方がわかりやすいかも知れません」

「巨大ロボット、って……」

「アバターを着ている間、私たちは自分の身体を動かしていないんです。ゲームの中と同じように、スマートギアを使ってアバターを動かしてるだけです。だから私たちは、パイロットになって、アバターというロボットをスマートギアで動かしてると言った方がいい状況です。上手く力を出せない人は、身体を動かしてしまって、アバターを動かせていないんです」

 何となくだけど、綺更ちゃんの言いたいことはわかった。

 確かに作戦に出るパーティメンバーの中で、上手く戦えなかったりすぐ疲れちゃう人がいた。

 わたしの場合、アバターを纏ってるときは苦手なマラソン大会くらいの距離を走っても、そんなに疲れたりしない。長時間戦えばさすがに疲れるけど、朝から夜まで体育の時間みたいな運動量をこなすことだってできる。

 それに、アバター操作は身体を動かすのとはちょっとだけ感覚が違う。

 タクロマに慣れてるからわたしはそんなに違和感はないけど、いま避難所にいるファイターも、普通のゲームだったときのタクロマの中でも、アバター操作が上手くできないというのはよく出る話題だった。

 綺更ちゃんの言いたいことは、たぶんそういうことなんだと思う。

「んー。でも、そのことがワールドシフトの秘密と、どう関係するの?」

「あくまで予測ですが、世界の法則自体は、何も変わっていないんです」

「え? でも――」

「いまは二五〇キロ程度に拡大していると思われるワールドシフト圏内のみ、これまでの世界の法則に加えて、タクティカル・ロマンシアのルールが追加されているだけなんだと思います」

「ルールが追加された?」

「最初にモンスターの出現が確認されたのは、新宿周辺でした。そこから広がっていき、面積が広がるに連れて拡大速度は低下していったものと思われます。ワールドシフトには中心点がある可能性が高いと考えています」

「じゃあその中心に、何かがあるの?」

「あくまで推測ですが。そこにはワールドシフトを発生させ、世界にルールを追加した装置か何かがあって、それを停止させることができれば、ワールドシフト状態を停止させられるのではないかと……」

 スマートギア越しにわたしを見つめてきていた綺更ちゃんが、自信なさそうに少し俯く。

 言葉を濁しながら話す綺更ちゃんも、たぶんまだ推測してるだけで、本当に発生装置か何かがあるかどうかはわからないんだと思う。

 ――でも、凄い。

 わたしは戦ったり作戦をこなすことばっかり考えてて、ワールドシフトの原因とか、それを止めることなんてこれまで考えてもみなかった。

 少しは考えてたけど、どうにかする方法とか、そういうことまで考えてる余裕なんてなかった。たぶん避難所にいる人たちも、この状況の原因を不思議に感じてる人は多いと思うけど、自分の安全と圏外に逃れたいと思う方が強くて、綺更ちゃんほどのことは考えてないと思う。

 ――綺更ちゃんて、本当に凄いんだ。

 仕事ぶりからも感じてたけど、改めて彼女の凄さを感じて、わたしは感心してしまっていた。

 でも同時に、わたしの目の前に立つふたりに、他の人とは違うものを感じていた。

 ――ふたりは逃げることよりも、ワールドシフトを止めることを考えてるんだ。

 たぶんそれは、永瀬が話してくれた綺更ちゃんの実父、源也さんが関係してるんだと思う。

 たくさんの作戦や近隣避難所の取りまとめをやる裏で、綺更ちゃんは、そして彼女に協力する永瀬も、別の思惑を持って何かを成そうとしてる。

「中心点のことはまだ秘密にしておいてください。あるとはっきりしていませんし、いまはそれよりも、シティクライシスのボスの位置を特定する方が優先すべきことです」

「うん、わかった。そうだよね。シティクライシスを止める方が先だよね。でもちょっと希望出たかも? こんな避難してる状況が終わらせられるかもって言うのは」

「それよりもティンカー」

 わたしと綺更ちゃんの話に割り込んできたのは、意外と図体がデカいからいるのは見えてるのに、無口で存在感がいまひとつな永瀬。

 綺更ちゃんに感心してる気分に水を注されて、眉根にシワを寄せながら彼を睨みつける。

「何よ、永瀬」

「これからはライフ表示は見るな」

「ライフを見るな、って……。アバターのライフって重要じゃない。そんなにモンスターからダメージ食らわないから減らないけど、わたしたちはスタイルアバターで強い力が出せてるんでしょ? どれくらいの時間アバターが使えるかに関わるんだから、重要でしょ」

 スマートギア内に表示されてるライフは、スタイルアバターのライフ残量を示してる。

 タクティカル・ロマンシアの特徴のひとつだけど、スタイルアバターを変更す(シフトさせ)ることで、ライフを回復させることもできる。だから予備のスタイルアバターはひとつかふたつ持っておくのは普通のことだった。

 纏ってるだけでもスタイルアバターのライフは減るけど、減少率は少ないから丸一日くらいは保つ。避難所に戻ってきたときにインベントリに入れておけば回復するし、モンスターからのダメージをそんなに食らうことのないわたしは、時間劣化以外でライフをあまり気にしたこともない。

 そもそもフェアリー系アバターは防御力が低いから、ダメージなんてあんまり食らってられないけど。

「そうじゃない。綺更も言った通り、世界の法則は変わってない。俺たちはアバターに関係なく、ダメージを受けるんだ」

「……ちょっと、意味がよくわからない」

「ごめんなさい、智香さん。私から説明します」

 ディスプレイを跳ね上げてわたしの目を睨むように見つめてくる永瀬が真剣なのはわかるけど、言葉足らずで意味がわからない。

 そんな永瀬の様子にか、彼の後を受けて口元に笑みを浮かべる綺更ちゃんが改めて説明してくれる。

「攻撃を受けることでスタイルアバターのライフは減少しますが、例えば剣やモンスターの角で身体を貫かれたり、アバターの性能以上のダメージを受けた場合、ゲームの中ならば中身を含めて仮想の身体でしたが、いまは生身の身体があるので、傷を負うことになります」

「あ、そっか。そういうことか」

 ゲームだったときのタクロマでは勝てない敵と戦って死んだことはあるけど、ミノスと組むようになってからはそんなことなかったし、ワールドシフト後は永瀬と一緒だったし、むちゃくちゃ強い敵とは遭遇してなかったから、気づいてなかった。

 ――わたしたちはいま、生身の身体の上に、スタイルアバターを纏ってるんだ。

「最初の話に戻りますが、私たちは超人になれるわけではありません。あくまで、スタイルアバターという強い変身スーツを身につけた、ただの人間なんです。怪我をすることもあるんです。お兄ちゃんはそのことを心配してるんです」

「う、うん」

「このことについては改めて掲示板にも掲載しますし、朝の会議でもみんなに伝えますが……。お兄ちゃんは本当、心配性なんですよ」

「むぅー」

 昨日今日とペアを組んできて、永瀬の奴は何を見てきたのか、と思ってしまう。

 ――わたし、そんなに危なっかしい戦いしてないはずだぞ。

 永瀬の奴が心配性なのは、いつも綺更ちゃんのことを気遣ってる様子から知ってはいたけど。

 まだ心配の色を浮かべてる瞳を向けてくる永瀬を、ちょっと口を尖らせながら見つめ返す。

「本当に気をつけてくれ、ティンカー」

「えぇ、智香さん。本当に気をつけてください」

「……わかった」

 どういう意味が含まれてるのか、スマートギアで目元が覆われてて見えないけど、口元に笑みを浮かべてる綺更ちゃんにまで言われて、わたしは不満ながらもそう返事をしていた。



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