銃と乙女と遊戯世界 第一章 4
* 4 *
司令室に入ると、招集の合図からまだ一分と経っていないのにもうけっこうな人数のファイター、司令室要員の人が集まっていた。
「時間がありません。人も集まっていませんが状況だけ説明します。ファイターの方々はいま掲示板に掲載した情報も併せて見てください」
椅子から立ち上がった綺更ちゃんは、緊迫した様子がよくわかる声音で言った。
「第六避難所の敷地内にモンスターが侵入したとの報告がありました」
集まっている人々の顔に緊張が走り、ざわめきが起こる。わたしも顔が強張るのを感じながら、スマートギアのディスプレイを下ろしてギルド掲示板の情報を確認する。
第六避難所はここからそう遠くない、大きめの公民館。避難者人数は約八〇人。ギルドメンバーである防衛のファイターは、ふたり。
――ここって……。
その場所に思いつくことがあって、わたしはファイルで配られてる避難者リストを携帯端末のファイルエリアから呼び出して視界に表示していた。
「交戦に入ったため詳細は不明です。早急に応援部隊を派遣。第六避難所を放棄し、避難民をここに合流させます。お兄ちゃんなら二分で到着するはずです。いますぐ先行して!」
「わたしも行く!」
綺更ちゃんの声に応じて、彼の隣に立つわたしは即座に声を張り上げていた。
「しかしティンカー――」
「ハイ・フェアリーとわたしなら永瀬の移動にも追いつける。それに安全圏外に出るときは単独行動禁止でしょ。わたしも行く!」
「……お兄ちゃん、智香さん、お願いします。すぐに増援を組織して向かわせます。それまで持ちこたえて」
「うんっ」
悲痛な感じのある綺更ちゃんの言葉に笑みで応えて、わたしは永瀬と一緒に、司令室から校庭に続く扉を開けてそのまま外に飛び出す。
夕暮れから夜に近づきつつある中、全速力でアバターを操り、避難所へと向かう。
わたしが避難者リストの中に見つけたのは、仁奈の名前。
小学校の頃に住んでたアパートに近い第六避難所は、いまも近くに仁奈の自宅がある。
――いますぐ、駆けつけるから!
校門をひと息に飛び越して道路に出たわたしたちは、そのまま民家の屋根まで飛び上がり、第六避難所へと急いだ。
*
生身の人間では絶対に達し得ない速度で屋根の上を走り、見えてきた公民館。
平屋の家を大きくしたようなその建物の敷地には、ブロック塀を突き破って三匹の中型モンスターが、薄暗くなりつつある駐車場になってる場所に入り込んでいるのが見えた。
一匹は建物の壁を破壊し、中にいるだろうファイターに攻撃を繰り返している様子だった。
モンスターはトータザウラ。
亀のような身体をして、背中だけじゃなく全身に鎧のような硬い鱗を持つモンスターだ。
――とにかく、注意を引く!
二階建ての家の屋根から飛び降りたわたしは、空中で短機関銃を二丁、両手に呼び出して着地と同時に引鉄を絞った。
三匹にまんべんなく命中させた拳銃弾は、金属に撃ち込んだみたいな音を立てて弾かれる。
でも尻尾やお尻に痒みくらいはあったんだろう、のそのそと重い動きで三匹ともわたしの方に顔を向けてきた。
――ちょっと、ヤバい。
トータザウラはとにかく硬い。
拳銃弾くらいじゃダメージにもならないし、小銃弾でも効果は薄い。
弾数に余裕はないけど、自動小銃よりも大きい機関銃(マシンガン)と同じ弾丸を使う機関小銃(バトルライフル)を喚んで構えたわたしは、直線移動だけはそこそこ早いトータザウラに接近されないよう横移動をしながら射撃を開始した。
「永瀬!」
駐車場と言ってもそんなに広くないここでは思ったように動けなくて、トータザウラに距離を詰められそうになってたとき、横合いから走り込んできた影。
両手にカイザーエッジを構えた永瀬が、一番前にいるトータザウラの頭に斬りかかった。
甲高い金属音。
永瀬とすれ違ったトータザウラの頭を見ると、傷跡は残ってるけど、たいした深さじゃない。
あの装甲を武器で破るためには、もっとレベルを上げるか、いまはまだ手に入れてない対物大型銃(アンチマテリアルライフル)でも使うか、斧槍とかの大型武器にスピードを乗せて斬りつけるしかない。
でも敵との距離と威力が取れる長槍系の武器は、タクロマのときはそこそこ程度だったけど、いまのOTRでは一番人気の武器。ギルドインベントリに残ってる気はしない。
綺更ちゃんに連絡して取り寄せをお願いしようかと思ってるとき、わたしを守るようにトータザウラの間に立った永瀬が言った。
「フレシェット」
「ん!」
彼の言葉の意味を理解したわたしは、機関小銃を仕舞って、代わりに自動装填式散弾銃(オートマチックショットガン)を取り出し、フレシェット弾を詰めた弾倉を装着する。
膝を着くほど腰を沈めた永瀬の両肩に乗っかり、彼が立ち上がる勢いも利用して高く空へと飛び上がった。
フレシェット弾は、現実には存在しない、無数の針を打ち出す弾丸。
小さな玉を打ち出す普通の散弾より拡散範囲も狭くて、針の数が大量だから合計するとそこそこだけど、ダメージもたいしたことがない。小型の雑魚モンスターをなぎ払うのに使う程度の効果しか期待できない弾種だ。
でも、フレシェット弾には特殊効果がある。
どんなに硬い敵の装甲にも細くて強靱な針は突き刺さり、最低限のダメージを与え、そして一定以上硬質なモンスターには、防御力低下のバッドステータスを与えられる。
狭い拡散範囲を、永瀬の力も借りたジャンプでつくった距離で稼ぎ、十三発のフレシェット弾の針を空を舞いながらトータザウラに雨のように降らせる。
着地して、建物に開いた穴を守るように立ち、機関小銃に持ち替えたとき、戦いは終わりを告げていた。
二匹目のトータザウラを泡に変え、三匹目に襲いかかった永瀬が、フレシェット弾によって細かな穴だらけになった背中に両手のカイザーエッジを深く突き刺し、引き裂く。
大ダメージを受けたトータザウラは、悲しげな断末魔を上げ、泡となって消えた。
「よかった……」
安心して力が抜けそうになるのを必死で堪えて、穴から建物の中の様子を見てみると、大広間らしい場所の隅に集まった人たちの無事を確認することができた。
そんな人々の中から立ち上がり、座り込んでしまっているふたりのファイターの間を縫って近寄ってきたのは、ひとりの女の子。
「もしかして、智香?」
「仁奈。もう大丈夫。モンスターは倒したし、すぐに増援も来る。わたしもいるから安心だよ」
「智香……。智香……。智香!」
身体を震わせ、顔をくしゃくしゃにした赤いジャージ姿の仁奈が、ディスプレイを跳ね上げて顔を見せたわたしの胸に飛び込んでくる。
機関小銃を仕舞って、彼女の身体に左腕を回し、安心させるように右手で髪を撫でた。
「怖かった……。本当に怖かった……」
ハイ・フェアリーのスタイルアバターの胸に顔を押しつけてくる彼女は、しばらく泣き止んでくれそうになかった。
近づいてきた永瀬は、ディスプレイを下ろして、警戒するようにナイフを手に持ったままだ。
でもその口元に、微かな笑みが浮かんでいるのを、わたしは見逃さなかった。
――永瀬とだったら、ペアでやっていけそうだな。
ミノスじゃないし、ミノスほど速くも強くもないけど、頼りになる永瀬。
さっきの連携は、とっさだったのもあるけど、彼の言葉に無意識に身体が反応していた。
あとはBGMでもあればもっと上手く連携できそうだけど、タクロマのルールで戦えても、現実であるワールドシフトしたこの世界ではそれは望めない。
それでもわたしは、彼とだったら上手くやっていけそうだと感じて、彼にいっぱいの笑みを見せていた。
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