銃と乙女と遊戯世界 第一章 2
* 2 *
「ティンカー、右!」
永瀬からの短い指示に従って、わたしは円を描くように移動しながら、右に現れたトリケラザウラに短機関銃の拳銃弾を浴びせかける。
恐竜のトリケラトプスに似た灰色のトリケラザウラは、頭が硬い鎧のようになってて、拳銃弾くらい跳ね返してくる。
小銃弾の少ないいまは、正直相手にしたいモンスターじゃない。
でも頭以外の部分は比較的柔らかいから、拳銃弾でもダメージが与えられる。
何よりこいつは突進が厄介。
イノセント・フェアリーよりさらにスピードがある、さっき手に入れたハイ・フェアリーのアバターを操り、わたしは横合いから連続発射にした短機関銃を断続的に撃ちながら、トリケラザウラの注意を引く。
永瀬の方と言えば、さっきも出会ったコエルザウラ六匹の中に突撃して、両手のナイフを振るって次々と泡に変えていっていた。
一匹しかいないトリケラザウラに比べて、機敏で数の多いコエルザウラは、二車線道路の交差点という、割と狭い場所といまの装備状況では、わたしにはつらいモンスターだった。
――ゲームオタクって、本当だったんだなぁ。
避難所になってるというわたしや永瀬が通ってる高校までもうすぐ。
ここに来るまでにどうやらこの辺の生息傾向らしい恐竜型モンスターと三度戦ったけど、永瀬はタクロマのナイフ使いとしてはミノスほどじゃないにしろ、そこそこ動きが良くて攻撃の仕方もわかってるけっこう強いファイターだった。
短い指示が的確で、適切だってのもある。
――わたしのことをティンカーって呼ぶのが気に入らないけどさ。
本名知ってるくせに、まるでミノスみたいにわたしをアバター名で呼ぶのは気に入らないけど、戦ってるときにそんな文句を言ってる余裕なんてない。
臨時でパーティを組んでペアとなったわたしと永瀬は、とくに危なげないこともなく、着実に出現したモンスターを退治してきていた。
わたしはレベルも二に上がり、ゲームのときより武器や弾丸とかが多めに感じるドロップアイテムで、装備も少し充実させることができた。
「牽制! 斜め右」
コエルザウラを倒し終わり、クイック・サムライからスピーディ・サムライに変わった永瀬が風のような速度でこちらに走ってくる。
指示通りトリケラザウラの視界に入ったり出たりするよう右斜め前から、自動小銃に持ち替えたわたしは、真正面にならないよう注意して銃撃を加える。
小型トラックほどの大きさがあるトリケラザウラも、わたしの銃撃と永瀬のナイフによって、アッという間に泡へと変わった。
「ふぅ……」
「休むよりも先を急ぐぞ」
「あ、うん」
スマートギア内に表示されてるインベントリにゲームのときと同じように、永瀬と自動割り振りで入ってきたドロップアイテムを整理しようとしてるときに言われ、わたしは頷いて自動小銃の弾倉(マガジン)だけ交換してもう見えてる学校へと急いだ。
わたしの身長の二倍以上ある閉じられたままの両開きの門の脇を、永瀬と一緒に助走をつけて、壁を足がかりに垂直に跳び、乗り越える。
門から続く短い桜並木の向こうは、校庭。
校庭にはたくさんの人がいた。
ちょうど登校時間のいま、いつもなら学校にいるのは生徒と教師、あとはせいぜい保護者くらいだけど、いつもと違って幼い子供から老人まで、様々な年齢や格好の人が疲れ切ったように座り込んだり、忙しそうに走り回ってるのが見えた。
「本当、避難所になってるんだね」
「あぁ」
永瀬と並んで立って校庭を眺めるわたしは、いつもと違う風景にちょっと呆然としていた。
見えてるだけで百人は下らない。校庭の向こうに建ってる校舎の中にも人が見えるから、避難民はもっと多いのかも知れない。
わたしと同じようにスタイルアバター姿のファイターもちらほら見る中で、けっこうゴツいアバター姿の小柄なファイターがひとり、真っ直ぐにこっちに歩いてきているのが見えた。
――トータナイト?
たぶん一五〇センチも背がない黒い短めの髪をした女の子が纏ってるアバターは、白と青の鮮やかな色に塗り分けられたトータナイト。
スピード感を売りにしていて、それが気持ちいいタクロマの中では異色で、防御をひたすら高めてあって、機敏さの低いナイト系スタイルアバターだ。
どこかで見たことがあるその子は、背丈よりも長い魔法補助効果のあるマジックスタッフを手に、脇目も振らず近寄ってきて永瀬の前に立った。
「飛び出していって心配したんだからね!」
「……済まん」
少し甲高いくらいの可愛らしい声で怒りをぶつける女の子に、わたしよりも背の高い永瀬が肩を丸めて済まなそうに俯く姿は、ちょっと不思議な光景だった。
「無事戻ってきたからいいけど、ひとりでは絶対外に出ないよう言っておいたでしょ!」
「でも、俺は――」
「言い訳はしない! 目的も達成できたみたいだから許すけど、今後は絶対単独行動は許さないからね!!」
「ん……。わかった」
戦っていたときと違って、教室で話してたときと同じくボソボソと口の中で言ってるように喋る永瀬。
「……キキ? キキーモラ?」
女の子に意識を集中して彼女の頭の上に表示されたアバター名を読み取り、わたしは驚く。
――ミノスの妹!
アバター名「キキーモラ」と言えば、タクロマの中で何度か一緒に狩りをしたことがある、スネアロックマスターとか戦場の魔女なんて二つ名で呼ばれるミノスの妹。彼がキキのことを気遣ってた様子から、ネット上の妹とかじゃなくて、現実の妹であることは確実だった。
――早速ミノスに逢えるかも!
不要になった自動小銃をインベントリに仕舞って、わたしはこっそり左手を握りしめる。
「二週間ぶりくらいでしたね、ティンカーさん。いえ、藤多智香さん。オフでは初めまして。キキーモラこと、永瀬綺更(ながせきさら)です。よろしくお願いいたします」
「え? 永瀬? ん? わたしの名前を?」
青いスマートギアに覆われたキキ、じゃなくて綺更ちゃんの目は見えないけど、永瀬を見てたときの険しい表情を穏やかなものにし、わたしに向き直る彼女の言葉に、少し混乱する。
「はい。智香さんのことはお兄ちゃんからよく聞いていましたから。無事でよかった」
トータナイトの分厚い装甲の上から胸に左手を添えてホッと息を吐く綺更ちゃんだけど、わたしはまだ状況がよくわかってない。
「綺更ちゃんって、……えぇっと、ミノスの妹、だよね?」
「はい。そうですけど?」
「……だよね」
永瀬の方に意識を集中してみると、彼のアバター名は永瀬稔と本名で、ミノスじゃない。
そもそも彼とは教室の中で少し話したのと、今日ここに来るまでに話したくらいで、噂されるほど仲がいいわけじゃない。それどころか学校じゃほとんど同じクラスにいるだけの他人だ。
――確かにわたしは声大きいから目立ってたかも知れないけどさ。
少し挙動不審にわたしから目を逸らす永瀬と、ハイテンションで火の玉のようなミノスの姿はどう考えても重ならない。ウルサくしてるわたしのことを、永瀬が綺更ちゃんに話してたくらいのことだろうと思う。
――永瀬のひとつかふたつ上に、もうひとりお兄ちゃんがいて、それがミノスなんだろうな。
兄妹がふたりだけとは限らない。
確かに永瀬はミノスと同じナイフスタイルのファイターだけど、性格が一八〇度以上違うんだ、彼とは別に兄がいると考える方が納得できた。
「現在、この避難所、および近隣避難所は私が興したギルド『OTR(オーバー・ザ・レインボウ)』の管轄にあります。状況が状況ですので、様々な作戦のため、いまはファイターを募っているところです」
「ほえ。綺更ちゃんがギルドマスターやってるんだ?」
「はい。このワールドシフトという原因不明な状況に対処するために、僭越ながら私がこの地域のリーダーとして立たせてもらっています」
「ワールドシフト?」
「えぇ。いまのこの状況を、私たちはワールドシフトと呼んでいます」
綺更ちゃんのアバター名の横にはギルドに加入してる表示があったことには気づいてたけど、ギルドマスターが彼女だとは思ってなかった。
中学二年とわたしより二歳年下だと聞いてる彼女は、タクロマの中でもしっかり者だったけど、こうして現実に会ってみても丁寧な口調と落ち着いた雰囲気を持っていて、不審者入ってる永瀬と違って頼り甲斐がありそうだった。
「それで、智香さんがその姿をしているということは、ファイターをしていただけるということでいいのでしょうか?」
「綺更!」
わたしが答えるよりも先に声を上げたのは、永瀬。
眉根にシワを寄せて綺更ちゃんのことをスマートギア越しに睨みつけてるらしい永瀬に、口元に笑みを浮かべた彼女は一瞥をくれただけでわたしのことを見て、言う。
「通信がまだ途絶する前にある程度情報を回すことができたみたいで、ファイターになる方法を理解してスタイルアバターを纏ってる人はけっこういるんですが、それでもまだぜんぜん数が足りません。協力してくれたら本当に心強いです」
「もちろん。わたしも戦うに決まってるよ。せっかくリアルでタクロマできるんだから!」
「……ティンカー」
「何よ?」
何か文句言いたげな永瀬に、ディスプレイを跳ね上げて睨みつけてやる。
言葉を詰まらせたらしい彼は、わたしから目を逸らして斜め下を向いて黙った。
「ありがとうございます。それでは早速ギルドに参加していただけますか?」
その言葉にディスプレイを下ろすと、ギルドの加入申請のウィンドウが表示されていた。
迷わず承認して、わたしはステータス表示に新たに追加されたギルドのタブを開く。
「現在の状況に関するギルドのルールは掲示板を見て下さい。連絡の際は掲示板かギルドのチャットを、緊急時は私に直接メッセージを送ってください。いまOTRで把握している避難所の数は十五ヶ所、避難民は三千人ほどとなります。水とガスについてはいまのところ大丈夫ですが、電気と通信に関しては二時間ほど前から完全に途絶しています。最低限の電気は太陽光発電で賄えますが、今後避難民の増加を考えると、物資の不足は確実です。状況からしてファイターの方には多くの作戦を実行してもらうことになりますが、よろしいでしょうか?」
「あ、うん。大丈夫」
綺更ちゃんの言葉に生返事をしながらわたしが見えていたのは、ギルドのメンバーリスト。
三十人ほどが加入しているメンバーを上から順に、ひとりも逃さないように確認していく。
――いないっ。
メンバーの中に、ミノスの名前はなかった。
永瀬のように本名で登録されてる人もいれば、わたしや綺更ちゃんみたいにアバター名で登録されてる人もいるから、本当はミノスもいるのかも知れないけど、わからない。
――でも、妹の綺更ちゃんがここにいるなら、いつか逢えるよね。
未来に希望を託すことにして、わたしはメンバーリストを閉じた。
「現在のところモンスターは道路や河原などに出現するのみで、学校や個人宅などの私有地には入ってこず、安全地帯となっています。安全地帯を出る際はパーティでの行動、最低でもふたりのペアでの行動が絶対となります。智香さんは……、そうですね」
考え込むように顎に左手の人差し指を当てて小首を傾げた綺更ちゃんは、わたしを見た後、永瀬に視線を飛ばした。
「ペアが決まっていないのは私と、避難所を飛び出して行ってしまったお兄ちゃんくらいなんですよ。智香さんにはとりあえずお兄ちゃんとペアを組んでもらえますか?」
「え? 永瀬と?」
「綺更! 俺はお前と――」
同時に不平の言葉を漏らしたわたしと永瀬に、彼女は地面を杖の先端で叩いて言った。
「これはギルドマスターとしての決定です。私は司令室に詰めてる時間が長くなるでしょうし、経験値はギルドマスター得点で、メンバーが戦っていれば少量ずつですが入ります。ペアの余りがお兄ちゃんと智香さんしかいない以上、いまはこのふたりで組んでもらうしかありません」
「ぐっ……」
「……わかった」
奥歯を噛みしめる永瀬。わたしもあんまり乗り気ではなかったけど、ミノスに逢うためには綺更ちゃんに文句を言うわけにもいかない。
「それでは握手を」
「うぅー」
言われてわたしは仕方なく、永瀬に向き直って右手を伸ばす。
少しの間口元を歪ませていた彼も、諦めたようにため息を吐いて右手を出して握手してきた。
――うわぁ。
アバター越しとは言え、永瀬の手は思ったよりも大きく、女の子としては大きめのわたしの手を包むくらいあった。
「それでは智香さん。これからお兄ちゃんのことをよろしくお願いしますね」
何となく含みを感じなくもない綺更ちゃんの笑みに、でもわたしは文句を言うことはない。
――だって、ミノスに逢うためには仕方ないもん!
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