霜月《frost moon》
「──んぅ……」
『あ……、あ…じ!』
脳内に直接語りかけるように、声が響く。
寝起きなのに迷惑な奴め。そう思い彼は無視をした。
『主!』
「はぇ?」
戦闘中の様子からは考えられないほどに間抜けな声を上げ、重い瞼を持ち上げ、現状確認を、と周囲をキョロキョロ見回す。
辺りは緑に囲まれており、葉っぱ同士の擦れ合う子気味のいい音が耳朶を刺激する。
自然の香りというのはこのことか、と納得出来るような朝露の青い匂いそのふたつの相乗効果か彼は再び強烈な睡魔に襲われた。
『主!起きろ!』
野太い男の声。
喧しい。ただそれだけだ。
眠過ぎて思考が短略化してしまう。
彼は意地でも眠るつもりだ。
『主ぃ!主!あ・る・じ!!』
「うるっせ!こちとら疲れてんだよ!」
余りにも執拗い為、柄にもなく怒声をあげる。
『やっと起きたか。』
「け、剣が喋った……?」
『剣とは失礼な。我にはちゃんとした名前があるぞ。』
「剣に剣と言って失礼って……」
『霜月だ。そう呼ぶがいい』
「は、はぁ……」
『それと主よ。その腰についてる駄剣を直ぐに廃棄しろ。居心地が悪い。』
「ちょ、コイツは俺の大事な相棒で!それと駄犬みたいな言い方をするな」
『そんな硬いことくらいしか取り柄のない金属の塊に駄剣と言って何が悪い。寧ろ剣とついているだけ感謝してほしいものだ。』
「外せばいいんだろ外せば……はぁ」
『うむ、廃棄が一番良いが今はできそうにない。それで満足してやる。』
「なんなんだこの『霜月』とやらは本当に……」
呆れたようにそう口に出す。相棒を駄犬と同扱いされた上に連戦で疲れているのだ。彼の横顔には疲労が色濃く残っている。
『して主よ。次からは我を使うが良い。』
唐突だ。
剣士にとって剣とは体の一部であり命を預ける仲間である。
それをいきなり変えろと言われてもそう簡単には行かないだろう。
「無茶言うな。いきなり使えるかこんな癖の強そうな剣。」
はぁ、とため息を吐き、ジト目で剣を睨んだ。
『ふん。癖が強そうなのは主が悪いのだ。何せお主にとって最適な武器があの場所では贈呈される。つまり癖が強そうなのは主の癖が強いからなのだ。四の五の言わずに振ってみればいいものを……』
……すごい勢いで喋りだした
「仕方ない……、どうせこの目だ。調節は必須だから丁度いいとも言える」
そういって火傷の後が強く残る左眼を指さした。
『剣士にとって最も大切な目を失うとは未熟にも程がある。』
「俺はもう剣士じゃなくていいんだ。もう疲れたんだよ。生き急ぎ過ぎて。どうせ現存する地下迷宮は全て攻略しちまった。やることなんて……」
『何……?全てを攻略しただと?それはまことか』
「ああ、自分でも随分と無茶したと思うよ」
『たった二百年と少しで全てを攻略し尽くすなど戯言と疑われてもいいほどだぞ』
「は……?二百年?」
『主の心髄を覗かせてもらった。そこで歳もわかろう。』
「待て、待て待て!ちょっと待て!俺はまだ二十七歳だぞ?」
勢いよく立ち上がり声を荒げて講義する。
『ああ、成程。主よ、余程薄い人生だったんだな。』
「ひ、人の人生を語るな……!」
『では何をしたか言ってみるが良い』
「えと、家を追い出されて、冒険者になって、常識教わって、剣振って、地下迷宮行って、剣振って、地下迷宮……あれ」
『言った通りだろう。生き急ぎ過ぎたと言うよりは同じ事を繰り返していくうちに一日を短く感じるようになったのだな。では、王はどのくらい変わったか?』
「し、知らない……、Sランクになってからはろくに知り合いもいなかったし人となんて話さなく……、確かに随分と前から二十七と自分を語っていたきがする……」
『まあ、友人もおらぬ主には些細なことよ。容姿は二十五歳とそこそこというところか。』
「仮にそうだとして人間というのは長くても百でお終いだぞ?」
『地下迷宮でどのくらいの魔物を倒したか覚えているか?』
「覚えてない……」
『恐らくは長期にわたって魔素を吸い続けたことにより生命エネルギー変換が行われたのだろう。よかったではないか寿命が伸びて。』
「う、わ……、俺おじいちゃんかよ……」
へなへなと脱力し地面に座り込む。
『そんなことはどうでも良い。早く我を振ってみろ』
「どうでも良くはないがわかったよ。」
そういうと立ち上がり、霜月を握り込む。
瞬間、空気が凍りついた。
心做しか温度が下がったような気もする。
正眼の構えを取り、要らない部分の筋肉を脱力させ一息に振り抜いた。
「ふっ!」
ひゅん、と空気の裂かれる音が響き、十メートル程先にある木の葉を揺らす。
自然な動作でいつの間にか腰についていた漆黒の鞘に剣を戻した。
「『驚いた……』」
見事に声が重なった。
なんとも締まらない。
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