最強《strongest》

体長二十メートルに達する巨大な竜と対峙するのは一人の男。

服は所々破れ、返り血と自身の血で紅く染まっている。


「──かかってこいよ、デカトカゲ。俺の最後の糧になれ。」


そう叫ぶと彼、エリックは凄まじい速度で竜へと向かった。

無謀な行動に思えるが、彼の実力を以てすれば、これくらい当たり前のことだ。


竜はその剣筋を目で追いきれず、殆ど本能で躱す。驚異的な反射神経で身体を右にずらすと、何も無い空間に亀裂が生じたと錯覚するほどの鋭い斬撃が通り過ぎて行った。


竜の右翼とともに。


「ギャアアアアアアアアアアッ!!!」


空間を震わす程の振動が込められた程の咆哮。これが痛みによるものか、怒りによるものか、それとも恐怖ですくんだ己を鼓舞するものかは竜自身も知りえない。


「うるせぇッ!」


疾ィッ!

剣を引き戻したかと思うと目にも止まらぬ速さで再び突き出した。

自分が叫んでいる間に二十メートルも跳躍する人間という存在に竜は恐れと戦慄を覚える。


他者を蹂躙し、圧倒する側の者の筈だと言うのにどうして、自分は今ジュウリンされようとしているんだ?


「グギャアアッ!ガァアアッ!」


連続する突きを避け切れるはずもなく鱗に無数の穴ができる。

痛みに喘ぎ、苦し紛れに黒炎の吐息をニンゲンめがけて吐きかける。


エリックは剣を高速で円状に振り炎を振り払う。周囲に散る砕けた岩を足場として利用し遂には竜の頭上へと登りつめた。


「ははっ!俺を殺したいんだろう?やってみろよ!!」


連続した戦闘行為により感情が昂ったエリックは無策な特攻を仕掛ける。

剣を下にし、自由落下による速度と落石を蹴ったことによる推進力を攻撃力としてエネルギー転換をし、鋒に集める。


彼は竜の爪や牙で傷つくことも厭わずに脳天めがけて流星となった。


竜は自身の最期が訪れようとしていることを悟り、自身にとって「死」そのものである彼に少しでも痛手を負わせようと口元に魔力を集中させた。


〝煉獄の吐息〟


〝時差斬り〟


互いの技が競り合う。

威力では吐息、鋭さと速さでは剣。

そして、


……僅かに斬りが押し負けた。


「あづうううぅッ!」


辛うじて直撃は避けるが、顔の左半分に一瞬焔が当たった。

それでも、エリックの口元には笑みが張り付いている。


「これだけだと思うなよ」


はっきりと、そう言葉を紡ぐ。


刹那、竜の体が脳天から地面に垂直に割れ真っ二つに斬り裂かれた。


ズシャアアアアアアアアアン!


その巨体は渓谷の中心に砂埃を舞い散らせながら大きな衝撃と振動とともに沈む。


竜は、断末魔の声すらあげることなく自身の勝利を確信したまま絶命していた。


「時差斬り」


文字通り斬撃による衝撃波と剣による斬撃そのものにタイムラグを発生させ油断させたところに本命の「斬り」を入れる技である。


「あっつ、少し昂りすぎたというか……無策だった。久しぶりにあんなにデカい魔物を見たもんだからつい……」


左眼を押さえながらそう言う。

完全に眼球は蒸発し失明していた。

今思えば、あそこで無策な特攻を仕掛ける必要は無かった。だが、それでは面白味に欠ける。それに、最恐とも謳われたここ、極黒の地下迷宮での最強の存在とやらに正面から勝負を挑んでみたかったのもある。勿論、連戦に次ぐ連戦で体力の限界が近づいていたため早く終わらせたかったというのも嘘ではないが。


いつから自分はそんなバトルジャンキーになったんだと自嘲げな笑みを浮かべると既に血だらけで、前の綺麗さなど見る影もなく損なわれた服の土埃を軽く払い、踵を返した。


「さあ、帰るか」


《全魔物の生命活動の停止を確認。クリア報酬として対象の理想とする武器を贈呈します。武器に触れた三秒後に入口前へと転移陣を展開するのでご注意ください。》


なんとも言えない機械的な声が再び渓谷に木霊した。


「お……」


一瞬光に視界が支配される。

その光がおさまると同時に手にはずしりと確かな重量を感じさせる人振りの長剣が握られていた。

刀身は黒にも関わらず青の冷たい雰囲気を宿すそれは、装飾が殆どなされていない。柄と刀身が同じ黒で地下迷宮のクリア報酬とは思えないほど地味だった。正に斬る事のみに存在価値を示せる「武器」である。


頭に情報が流れ込む。

今までこの剣を握った者や鍛えた者の意思が濁流の様に脳内を支配する。

自身の心髄を覗かれ試されているかのようないい気分とは言えないものだった。


深淵、人生の落伍者が行き着く場所だと言われている。彼はそこを覗き込んでしまった気分になった。


暗い


冥い


闇夜のさなか


たった独りで


孤独に


「ぐううぅ……!?」


自身を後ろから見ているような気がした。まるで深い闇に落ちてゆくさまを上から見下ろすような……


『合格だ。』


何者かによるその一言で負の感情の濁流は緩和した。


「一体、なんだったんだ……?!」


《転移開始三秒前、二、一……》


響き渡る機械的な声で我に返る。

足元に紫色の光を放つ魔術陣が現れ、再び彼の視界は光によって支配された。


《──転移陣、転移完了》








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