戦いに生きる《Live to fight》
彼の名前はエリック=フォーサイス
子爵の次男坊だ。いや、だったと言った方が正しいだろうか。
洗礼の義で、エリックには属性が一つしか宿らなかった。
属性は火、水、風、雷、氷、土、光、闇、聖、邪の十個が存在している。
少なくとも貴族の子供は三属性を得るのだ。いや、得なければおかしい。
それは、貴族は皆妾に四属性もち以上を選ぶからである。
彼の属性は氷、彼の両親には氷属性もちはいなかった。
属性は遺伝する。と言われているが、これは絶対ではない。希に全く違う属性を持った子が産まれることもあるのだ。
だが、周りはそうだとは思っていない。
だから、彼の両親は「浮気」を疑われることを恐れ彼の属性と彼自身を隠蔽したのだ。
扱いは勘当と同じ。
家名を名乗ることは許されなかった。
この時点で既に彼には冒険者として生きていくか、盗賊として生きていくか、の二つの選択肢しか残されていない。
勿論、冒険者を選んだが。後者は選択肢に入れていいのかすら怪しい。
そして、Fランク冒険者として活動を続けている最中、彼は恩師とも呼べる存在に出会った。
恩師はまだ十二歳であるエリックを家へと招き、生きるための力をつけさせた。
剣を教え、魔術を教え、礼儀を学ばせ、野営の技術など冒険者に必要な知識も覚えさせた。
しかし
彼が十五歳になると同時に恩師はこの世を去ったのだ。
尤も、この頃にはもう独り立ちできるほどの「人間的な強さ」は出来上がっていたが。
そしてエリックは冒険者業を続けているうちにふとあることを思い出した。
新米冒険者には普通、パーティ勧誘が来るものだ。と
親切な先輩や、酒場でよく話す友人はいた。だが、彼らはエリックをパーティに誘うことはなかった。
自分が一属性だから。
自分が弱いから誰も必要としない。
彼は自分の中でそう解釈した。
そもそも、自分から声をかけに行かなかったエリックが悪い部分もあるのだが。
全く関係ないとは言えない要素だろう。たしかにこの頃の彼に目立った強さは存在しなかった。
エリックは思考から行動に移るまでが非常に早い。
各地の剣術道場を転々とし、時には道場破りまでした。その中で門下生の技を盗み宿に帰ってからは反復練習をして身につけた。
勿論、死ぬほど殴られたり斬られたりしたことも何度もあったが。
そして
体づくりから剣の技術、実践訓練まで、全てを独りで行なっていた彼にはもう、パーティを組む必要は無くなっていた。
ソロ冒険者として敵地に飛び込み、制圧する。研鑽でさえも人の技を勝手に盗むか作るかして行なっていた。
仲間とするべきことは、全てやり尽くしてしまったのだ。
それをどこかで悟った彼は違う目的を探す。そして地下迷宮の攻略に励むようになった。新記録を着実に塗り替え、踏破していく。
そんな生活を人生をかけて続けた彼は、気づけばSランク冒険者と呼ばれるほどの力を手にしていた。
強さは孤独を意味する。
強ければ強いほどその人は神聖視されるようになる。
だが、本当の強さは孤独では得られない。
エリックは、このことを身をもって知ることになった。
自分は今、本当に幸せなのか?
強さをただひたすらに求めていた。
それが間違いだとは思わない。
だが、その強さに何の意味がある?
何を貫くための、何を守るための強さなのか?
わからない。それが答えだった。
自身が空っぽだと知った。
過程に集中しすぎて目的を忘れるなんて本末転倒にも程がある。
救えない。
彼は、強さと幸せをイコールで結び付けられるほど短略的な思考はしていないのである。
戦えば、最後の迷宮、極黒の地下迷宮を踏破すればその答えは出るのか。
否、出るはずがない。
わかっていながら彼は挑んだのだ。
それしか、道が残されていないから。
努力は必ず報われる。
それは半分正しくて半分間違っている。
彼は人並みに幸せになり、穏やかに生涯を終えたかったのである。
幸せのために努力をした。
幸せになるためには強くなければいけない。
だから強くなる努力をした。
強くはなれたが幸せにはなれていない。
いや、平均を遥かに上回る収入に安定したといっても過言ではないほどの地位。
貴族ですらないのに家名を名乗ることを許される、貴族と同等以上の扱い。
傍から見れば幸せすぎて妬ましいだろう。
だが、コレジャナイ。
これじゃ、中身がない。
何かが足りない。
彼の努力は中途半端な形で報われることになった。
過ぎた強さに過ぎた幸せは、選択肢と視野を狭めてしまう。
──彼は、悩むことをやめた。
極黒の地下迷宮を、魔剣でもなんでもない剣で攻略し、最下層までいった。
彼は、死んでもいいと思っていたのだ。だからこそまともな装備もなしに最難関へと挑んだ。
もう、十分だった。疲れたのだ。
走り続けることに。
☆
「はぁっ、はぁっ、ぐ、が……」
エリックは息を荒らげながら、鬼の如き力で竜の鱗を断ち斬ってゆく。
体力の限界が来てもなお、舞のような剣技に淀みは見られない。
百万はいた[ヘイドラゴン]も既に四分の一以下となっていた
もう何日、何週間という単位で戦い続けている。
腹が減れば竜の肉を直接噛みちぎり、睡魔が襲えば自身の脚に剣を突き刺す。
あとは、肉体レベルで技術の刻み込まれたこの身体が何とかしてくれる。
意識が朦朧とする中でもその剣舞は止まない。
幾ら継戦能力に自信のあるエリックでもここまでの数は未知の領域だった。
自身の体力がもつかどうかも分からない。そんな危ない局面を辿ってゆく。
「ぐ、ぅう……」
付きそうになる膝に鞭を打ち、震える脚でなんとか体を支える。
結局は生きたいのだ。
死んでもいいと言っておきながら彼の体は死に抗う。最早本能と呼んでもいい。
最後の一体。
今までの竜よりも数倍デカい。
緊張からエリックの体に電撃が走る。
コイツは強い、と。
「流石に、そろそろ、終わらせ、ないと、まずいな、ふぅ……」
疲労が顕著になる顔に不敵な笑みを浮かべながら、返り血に塗れた袖で額の汗を拭う。
「──かかってこいよ、デカトカゲ。俺の最後の糧になれ」
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