孤独なSランク冒険者、本当の幸せを求めて

天駆真

最奥にて《In the deepest》

「──ふぅ、ここが最後の試練部屋か……」


一人の男は、どこか疲れたように呟いたと思うと徐に扉に触れ、魔力センサを起動させた。


《魔核の存在を確認しました。只今から極黒の地下迷宮最終ステージ、【古の渓谷】の試練を開始します。》


機械的な硬質な声が周囲に響く。

極黒の地下迷宮は一面岩肌に覆われているため残響を残し谺響してゆく。


「長いようで短かったな……」


どこか哀愁を感じさせる顔でそう呟き、ゆっくり深く目をつぶって扉が完全に開かれるのを待つ。


今、彼の脳裏には冒険者を始めたての頃の自分や、丁寧に教えてくれた先輩冒険者の顔が走馬灯のように駆け巡っており、まるで死にに行くみたいじゃないか。と自嘲の混じる笑みでそのくだらない思考を吹き飛ばす。


「さて、──」


さっきの重苦しい表情は演技だったのだろうか。そう錯覚するほどに軽い声で試練部屋への第一歩を踏み出した。


心の中で、最後くらい明るく行こうぜ。と、それは初心者冒険者にありがちな自身の発言は緊張を緩和する脳内麻薬のように全身に染み渡った。









扉が完全に閉まると同時に腰に携えた剣を抜き放つ。

王都にいる有名な鍛治職人に鍛えられた訳でも、古代遺跡の遺物でも無いそれは無骨な輝きを放っていた。

付与魔術すらかかっていないただひたすらに硬いだけである純ミスリル製の細身のロングソードだ。


斬れ味はこの剣の持ち主であり、Sランク冒険者でもある彼が太鼓判を押している程な為間違いはないだろう。


剣を握り、意識を戦闘用に切り替える。

集中する事により、彼の顔からは表情の一切が抜け落ち、視界からは色が抜け落ちる。


色彩感覚、嗅覚、自身の痛覚までもを完全に遮断する程に意識を一点に絞る。


そして、準備が整うとまた先程の硬質な声が脳に直接介入してくるかのように、響く。


《最終試練、【古の渓谷】。クリア条件、渓谷内にいる魔物全ての生命活動の停止。》


この条件を聞かされ、完全に表情の抜け落ちた彼の顔に感情が戻った。


ギリ…、と軋む音がする程に歯を食いしばり、目付きを抜き身の剣の如く鋭くさせる。


それは、怒りだ。


「クソ……、クリアさせる気ねえだろうよ」


そう、彼の目の前に映るは百万を優に超える魔物、それも災害級であるSランク指定の[ヘイドラゴン]の群れだった。

漆黒の鱗は僅かな光を反射させ鈍く光っている。黒い光が沢山集まり、一種の芸術といっても間違いではない程の幻想的な光景を作り出していた。


[ヘイドラゴン]はたった一体で国を滅ぼすことができる規格外の強さを有する黒い竜だ。

だが、普段は群れを成さず単独で行動する魔物である。それがどうしてこうも群れを成し、彼を共通の敵として見ているのか。


──否、彼が共通の敵だからこそ群れているように見えるのだろう。


「はぁ……、運の尽き。か」


諦めた様に溜息を吐くが、しっかりと剣の鋒は敵の方を向く。

彼の戦闘経験が勝手にそうさせたのか、それともまだ生きることを諦めていないのか。


構えてみれば、行動は早かった。

利き足に力を込めると、ふっ、と短く息を吐き流星の如く竜の群れへと突き進んだ。

速すぎる為、常人の目には消えたように映るだろう。


──蹂躙が、始まる

















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