第5話 部長
「おっ、社長出勤かよ」
俺は三時間目の終わりに登校した。
体育の時間があるため流石に何時間も校門の前に立っている訳にも行かず引き下がった所を見かねて俺は二人一緒に登校した。
「悪い。今日は門番いたからな」
「あー、捕まったら牢獄と言う名の生徒指導室か………それはやだな」
「だろ。暫く時間潰してやっと撒いたんだよ」
「それは難儀だな」
「あぁ、それで次は?」
「日本史Aだ。近現代史のテストあるから………ってやべぇ今思い出したわ」
自分で言って思い出すんじゃ世話ねぇな。
「はぁ。俺、日本史苦手なんだよなぁ。特に暗記分野が」
「ってことは理系か?」
「まぁな。そういう弥は?」
「文系だ。理系は好きじゃないし」
「へー」
俺は自分の席に着くと鞄から教科書を取り出してテスト範囲を眺める。
すると、
「あ、鴨居田君おはよ」
と、後ろから声を掛けられる。
振り向くとそこには九条が覗き込むように立っていた。
「九条か、おはよ。てか、もう昼だけどな」
「鴨居田君が来るの遅いだけだよ」
「まぁ事情があって…………」
「さっき由莉先輩が後で教室に来るようにだって」
「え、マジ?!」
その言葉を聞いて心臓が飛び上がるかのように脈を大きく打つ。
「うん、嘘」
クスリと笑って揶揄う彼女らにとっては顔をみてすぐに心を落ち着かせる。
「焦った。本当に焦った」
「ふふっ、そんなに由莉先輩が怖いの?」
「怒ったら手が付かないのが由莉さんだから」
「何となく分かるかも。意識高いというよりかは気が強いかな…………」
よく分かっていらっしゃる。
「まぁ、そういう冗談はなるべく控えてくれ。本当に心臓に悪いから」
「うーん。由莉先輩からは鴨居田君が遅刻したら報告するように言われてるんだけど…………」
「それも嘘か?」
「ううん。ホント」
「……………………」
「まぁ、今日は見なかったことにするね。昨日付き合ってくれたお礼に」
「助かるよ」
「うん!それじゃぁ、テスト頑張ろうね。ちなみに見てる範囲違うけど」
「え?」
チャイムが鳴ると「ドンマイ」と一言述べてから自分の席に戻っていく。
俺は前を向いて机に俯く。
「なぁ」
「…………」
「なぁ、ってば!」
「…………」
俺は尽く恵太を無視する。
無論、聞きたいことは分かっている。
だから敢えて無視をしている。
「なるほど話す気は無いと」
「あぁ」
「お前の遅刻の件を先生は口車してやったのは誰かなぁ〜」
そうきたか。
俺はあらかじめ恵太には遅れると連絡を入れておいた。上手い具合、先生に言い訳してくれたおかげで俺はお咎めなしになっている。
その恩を仇で返すのは流石に酷いな。
仕方ない。一つだけ答えてやるか。
「……………分かった」
「オーケイ。なら、さっきの……ッて痛てぇっ!」
丸めた教科書で頭を叩かれるとそこには日本史を教える女教師が腕を組んで立っている。
「お前が前を向かないせいでいつまでもテストが始まらないんだが?」
異様な威圧を先程から醸し出していたのは気づいていた。だから、少し黙っていたというのもある。
「あ、すいません」
気づくとサッと前を向いてペーパーを回す。
受け取った俺はシャーペンを握って先程暗記した内容を丸写しするかのように紙に書く。
時間はさほどかからなかった。
試験時間が十分あったが五分で終わる。
まぁ、日本史は完全な暗記問題なため分からなかったら分からないで終わるから時間はかからない。
「終了!」
合図と共に一同ペンを置いてペーパーを前に回す。
回し終えるとすぐに後ろを向いて聞き直す。
「で、お前昨日九条さんとなんかあった?」
「特に何も」
「嘘つけ、あんな親しげに話してるってことは………って痛てぇっ!」
「前を向け!馬鹿者」
再び叩かれるとしぶしぶ前を向く。
「後で聞くからな」
と言われるも特に何もないというのが現状。
由莉先輩のお願いを聞いてその上で九条とは仲良くなった。ただそれだけのこと。
話すような内容ではないのだが。
それより、さっき聞かれたあの質問。
『君は青春をしてるのかなって』という台詞。
それに対して俺は『多分してない』と答えた。
青春という言葉には色々と定義があると思う。
その中でも一般的な意味で例えるのなら青春とはつまり今この時期を指している。
友人を作って楽しく遊ぶ。
恋人を作って大切な時間を紡ぐ。
大体そんな風なイメージ。
大まかに言えば、今を楽しんでいるかいないか。
その定義で当てはめるなら俺は楽しんでいない。
上っ面では楽しんでいるのかもしれない。
けれど本音を言うと楽しでいない。
心の底から笑えるような日はいつからか迎えていなかった気がする。
今になれば最後に心から笑った日がいつからなのか。という素朴な疑問さえ思い浮かぶ。
こうなれば…………。
「末期だなぁ」
「あぁ、そうだな。で、末法思想はいつだ?」
心が我に返ると俺は先生が教壇からある質問を投げかけているのに気付く。
少し慌てるも開いている教科書を見て答える。
「1052年です」
「正解だ。背景知識はなんだ?」
前回の授業で板書したノートに書かれている内容を声に出して読む。
「平安時代後期、11世紀後半に起きた藤原純友の乱、平忠常の乱に続き、安部氏の前九年の役、清原氏の後三年の役と世の中の秩序が乱れたことに対して世界が1052年で終わってしまうのかと人々が考えていたのが原因です」
「うん、大体正解だ」
末法思想。今で言うフリーメイソンみたいな世界が何年に終わってしまうというような予言だ。
「それでだなぁ、一木造が寄木造に変化した理由としてはだなが………………」
俺は先生の言ったポイントをノートに書きながら先程の会話の内容を頭の片隅においやる。
「よーし、ここまでだ。皆、復習しとくように」
教材を持って教室から出ていくと再び教室にはいつもの騒めきが訪れる。
「ふー、四限目も終わったなぁ。飯食おうぜ」
「あー今日さ、食堂行かね?」
「今日は弁当じゃないんだな」
「朝寝坊したから忘れたんだ。父さんも母さんも仕事で帰ってないみたいだから作り忘れた」
「お前、自炊すんの?」
「たまにな。いつもはインスタント系」
「へー、それより行くなら行こうぜ。食堂は人気だから席取られちまう」
その言葉に急かされて俺達は教室から出ていく。
階段を降りて二階の方に向かう。
この学校は普通科と美術科で分かれているため北側の校舎が普通科、南側の校舎が美術科になっている。
そこを繋ぐ通路の二階の広いフロアが食堂となっている。
かなり評判が高く味もかなり美味い。という理由から利用する生徒はかなり多い。
大体の生徒が2、3年生で席が埋まっている。
1年生は気をつかっているのかあまり使用しないとの事。だから、皆購買部で買ってから教室で食べる。
「おー、やっぱり多いな」
全校生徒の4分の1はいるであろう。
席もそれほど多くはないため空きは少ない。
食堂の中に入って席を探しながら歩いていると
「あれ、弥?」
とふと呼ばれたので隣を振り向く。
そこにはパスタを食べている由莉さんがいた。
「由莉さん、ここで昼食ですか?」
「うん。寮だと弁当作れないし、それに寮生はここのご飯全て半額になるからとても得なんだよね」
ワンコインランチで釣りが出るのか!
なんて便利なんだ寮生。
「もしかして席探してるの?」
「はい。今日は二人で食べようかと」
「じゃあここいいよ。相席だけど」
由莉さんの前に座っている黒髪の女子生徒が「こんにちは」とニッコリ笑む。
俺も「どうも」と返す。
「席とっといてあげるから買ってきな」
「は、はい」
言われたように俺達は店に向かう。
この食堂で一番人気の焼肉定食を選んだ俺は食券を持って列に並ぶ。
「おいおい、今の先輩誰だよ」
まぁ、当然のように聞くよな。
「明智由莉先輩。俺の近所に住んでいたお姉さん」
「その隣は?」
「いや知らん」
「んだよー、それにしてもお前女子の友達なんていつの間に作った?」
「別に作ってなんて………」
「九条さんはだよ。仲良さげに話してたろ」
「それはだな…………」
俺は昨日起きた放課後の出来事を全て話した。
それを聞くと納得したように顔を頷く。
「俺も昨日残ればよかったなぁ」
「残念。バイトはどうだったんだ?」
「あぁ、通ったわ。駅の近くのファミレスでバイトやるから来たらサービスする」
「マジか!」
「その代わり、俺を九条さんに紹介してくれ」
「……………んだよ、その提案」
「だってよ九条さん、ちっちゃくて可愛いじゃん。それに可愛いし」
なぜ二回言った?
それにしてもだけど、今の発言からして俺はこいつの事をロリコンだと思った。
「今、ロリコンだと思ったか?」
「お前エスパーか?」
「何となくだ。中学の時も言われたし」
「自覚はあると」
「あぁ、だが誤解はするな。ロリと言っても小学校や中学生が好きという訳ではない。あくまで俺は背が小さくて同年代の女の子が……………」
「焼肉定食の人!」
「あ、俺だ」
どうでもいい台詞は無視してご飯を取りに行く。
受け取った後、由莉先輩の座る机に向かって椅子に着くと早速食べる。
「へー、焼肉定食派なのね。変わんないねー弥は」
「好みは変わりませんよ。成長しても」
「なんか生意気になった。昔は由莉お姉ちゃんって言ってたくらいだったのにー」
「昔の話はしないで下さい。恥ずかしいです」
幸い恵太はまだ来てないから良かった。
聞かれたらどうにかして記憶を消去させるとこだ。
「ふふっ、二人は仲が良いんだね」
このやりとりを見て微笑ましく見ていた。
「あのそう言えば……………」
「あぁ、まだ紹介してなかったね」
由莉先輩は隣の先輩を見て少しニヤリと笑む。
「そうとして、今朝遅刻したんだって?」
「………どこでそれを?」
「まぁ、先にこっちに答えて。遅刻した後に女の子の部屋に上がったそうだね」
「…………っ?!」
なんでそれを知っている?
トップシークレットだぞ(自称)。
「お前、どういうことだ?」
タイミング悪く着いちまった。
取り敢えず恵太は無視して話を進めよう。
「一体どこでその情報を?」
「ん、それはねぇ…………」
由莉先輩が隣の先輩に目を向けるとそっと手を上げて名乗り出る。
「初めして、夢宮彩華(ゆめみやさやか)です。妹の皐月からは話しは聞いてるよ、鴨居田君」
「妹の皐月って誰?」
ん。どっかで………………。
「あー、あの子名前名乗んなかったのね」
妹?それにこの話を知っているということは……………。
「えっ、もしかしてクリエイター部の部長さん!?それとあの絵の作者?」
「正解です」
嘘だろ。
なんか話に聞いていた人物と全く違うんだが。てか、あの女の名前ド忘れしてたな。
待てよ、そう言えば今は丸くなったと聞いていたがまさかここまでうっとりした性格だとは思っていなかった。
「今、イメージ違うって思ったでしょ」
「えっ………………」
「顔に出てたよ」
「あっ、すいません」
「謝ることは無いよ。まぁ、当然の反応だよ円花から話を聞いているなら」
「えぇ、まぁはい」
「弥。多分思った通りの人だから安心して、作品絡みになると豹変するのは彩華以外にあまりいないから」
「あはは、ついね」
マジかよ。そんな部活尚更体験なんか行きたくなくなったわ。
「まぁでも、待ってるよ。仮入部」
「…………一つ、聞いていいですか?」
「なんだい?」
「クリエイター部ってことは何か作るってことですよね、例えば絵を描くとか」
「うんそうだね」
「なら、俺は絵なんて………………」
「うちの部のポジションは絵だけじゃないよ。アニメとかゲーム、漫画、同人を作る部活だからポジションは沢山あるさ。特に君にはストーリーをメインに作ってほしいかな」
「ストーリーですか?」
「うん。私は絵ずば抜けて描けるけど物語はどうも苦手でね。だから、その点は円花に任せっきりかな」
任せっきり…………ってことは今朝見たあの紙の束は部活で使う原稿か。
てっきり小説家になろうと応募するのかとばかり思っていた。
そこで俺は一つ疑念を浮かべる。
「彼女が物語担当なら俺は要らなくないっすか?」
「君はその補佐」
「補佐?」
「円花の話し作りを一緒に支えて欲しいかな。一人だと色々と偏りそうだし、今やってるゲーム作りでシナリオライター。それも初心者が一人で全ての話しを完成させるには心細いからね」
ますます疑念が思い浮かぶが細かく言っていたら由莉先輩にケツを叩かれそうになる。
ここは黙って頷くしかない。
「一応、大まなかな話しはしたけど具体的な事は放課後話すね」
席を立った二人は自身のトレーを持って食器を返しに行く。そして、そのまま教室へと戻っていく。
「なぁ、お前って実は得してるやつ?」
訳の分からない質問に俺は適当に返す。
「さぁな」
「んだよ、いきなりあんな美人の先輩に妹を託されるなんて羨まし過ぎるだろ」
「あくまで部活についてだがな」
「それはそうとお前、クリエイター部に入るのか?」
「………………どうだろ」
今の時点で正直入る気は無い。
あまり興味を持てないというのもあるが何よりそんな巣窟の中でやって行ける気がしない。
ましてや、今朝遭った彼女のサポートが俺の部活としての仕事だとは思っていなかった。
「まぁ、詳しくは放課後に行って体験するしかないだろうな」
「あぁ、そうする。恵太も付いてくるか?」
「いや遠慮しとく。俺的には踏み込んだらやばい予感しかしないからな」
「………………てっきり乗ってくるかと思った」
意外な表情を浮かべる。
「美人なあの先輩と一緒に居たいのはめっちゃ思うがクリエイター部の悪評は聞いてるからな」
「悪評?」
そんな話聞いた事なかったが。
「まぁ、聞かない方がいい。より一層足を踏み入れたくなくなるからな」
「いや、尚のこと嫌になったわ」
俺は後悔することになるだろう。
知っておけば後から苦労せずに断れたことを。
青春を捨てた僕と拾った彼女 @Afterfall
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