第4話 出会い
電車の扉が開いた瞬間、俺は誰よりも早く階段を登って改札口を直行する。
「やばい、やばい」
現在、時刻は八時三十五分。予鈴は駅を出た瞬間にもう鳴っているだろう。
あと五分でつかなければ遅刻は免れない。
一日くらいの遅刻は致し方ないと思った俺がアホだった。今日という日が絶対に遅刻をしてはいけない日だという事を俺は確実に頭の隅から抜け落ちていた。
「くそ、間に合わないか」
学校は駅から降りて少しの坂道を登った先にある。
距離はさほどない。歩いて五分から十分。
走れば三分もかからない。
が、その最速の三分を邪魔する交差点がある。
それに捕まったため少しのロスタイムが発生。
焦っている俺は一刻も早く変わってくれと心の中で強く念じる。
そして青に変わったわ直後、短距離走並みの出だしを切り、坂を駆け抜ける。
車の通りもあるため端の方を駆けていると俺は思わぬ事態に瀕した。
突如、近くのマンションから現れた一人の長い黒髪の女子生徒が目の前に現れる。
「やべっ」
避けきれない。
そう確信しつつも身体を横に逸らして躱そうとするが持っていた鞄が彼女の振り際に持っていた封筒に当たってその衝撃で逆さまになってしまう。
封筒から大量の紙がアスファルトに落ち、俺は走るのを止めて慌てて拾う。
「ご、ごめん!急いでて」
手で慌てて拾いつつも口頭で謝罪を述べる。
一枚一枚、折り目がつかないように丁寧に拾い集まていると俺はその紙に書かれてある文章を一瞬だけ目を通す。
これは………小説か何かか?
内容は把握出来なかったが文面からしておそらく小説だと思った。
顔を上げて彼女の顔をよく見る。
眼には少しクマが出来ていて少し肌が白い。
けど、端整な顔立ちでよく見ると可愛い。
そんな印象が打ち付けられた。
『キーンコーンカーンコーン……………』
と現実を突きつけるチャイムの音を耳にして俺はハッと我に返り、そのままアスファルトに手を着く。
「終わった………」
「そうね。確かに終わったわ」
彼女は立ち上がってそう述べる。
「本当にごめん。俺のせいで」
「いいわ。別に気にしてないから…………」
俺も立ち上がって彼女の後を付いて行く。
校門辺りに着くと案の定門番が立っていた。
「やべぇ、本当にいたんだあんな教師」
ゴリラとも言えるような巨漢の身体に携わる竹刀、そして体育教師を連想させるような割には黒のスーツを纏う社会科教師。
まるで極道のヤンキーみたいだな。
彼女はそのまま歩いて校門に向かおうとするが俺はその手を掴んで制止させる。
「何?」
少し威圧的な声に申し訳なく思って受け入れる。
「いやぁ、今行くのやめておいた方がいいかな」
「なんで?」
「あの先生は遅刻指導関係なく生徒指導室送りの人だからかなり面倒な目に合う」
実際、あったことはないのだがこの話に関しては学校中で広まっているため信憑性が高い。
それに入学して間もないのに指導室送りは御免こうむる。
俺の言葉は彼女にしっかり伝わったらしく、振り返ると先程来た道を戻っていく。
「え、どこに?」
「帰るの。眠いから少し寝てから行く」
見た感じすごい眠たそうなのは分かった。
家はすぐそこのマンションらしいから少し仮眠してから学校に行くにはちょうどいい距離と言える。
「あなたも来て」
突然立ち止まった彼女はふとそんな事を告げる。
「いや、女の子の家に男を呼ぶなんて………」
「いいから来て」
問答無用。
そんなふうな雰囲気に恐れた俺は仕方なく彼女のマンションへと付いて行く。
五階建てのマンションの五階。それも一番端の部屋。
ドアを開けると俺は「おじゃましまーす」と言ってから靴を脱いで入る。
玄関口を見たところ靴は二足、一つは学校の革靴にもう一つは彼女のスニーカー。
廊下を通ってリビングに入るとそこには一面かなり多くの本棚が飾ってある。
「すげぇ」
つい口からそう出てしまった。
見たところ様々な小説を読んでいるようだ。
その中でもライトノベルが多く見えた。
「……………あなたは同類?」
ソファに座った彼女は封筒を机の上に置く。
俺はその質問に対して質問を返した。
「同類って………つまり俺がオタクだってことか?」
「えぇ、そうよ。けど今の台詞であなたが私と大体同じだというのは分かった」
別に俺はオタクという訳では無いのだが。
まぁ、ライトノベルのような小説を実際には読んでいるからそれを同類と言うのなら認めざるを得ないな。
それにしてもこの大量の本を集めるのは苦労するだろうな。金銭面で。
「気になるなら読んでいても構わないわ」
眠そうな彼女は欠伸を一つした後に横になって目を瞑る。
「おいおい、男子一人放って自分は寝るのかよ」
無防備とも言えるようなその格好に俺は少し見たくもなるが目を背けてしまう。
「ラノベの主人公なら可愛い女の子を前にしても獣のように襲いかかったりしないで大人しくするものよ」
「どんな偏見だよ。てか俺をラノベ主人公と同士扱いするな」
「じゃあ、10時になったら起こして」
そう言い放つと彼女は寝てしまった。
よほど眠かったせいなのか判断力が異常なくらい欠けていてる。
「出会ってすぐに家に連れ込むか、普通………」
取り敢えず、反対のソファにかかっていた布を彼女に被せると俺は立ち上がって家の中を拝見する。
カーテンは閉めているため中はかなり薄暗いが別段汚い訳でもなく、逆にかなり整理されていた。
本が異常に多いせいか家具があるようには見えるが実際家具と言えるようなものはテレビとソファ、テーブルと言える。
「もしかして一人暮らしなのか?」
家族で暮らすにしては物足りなさ過ぎる。
特に食器の数が本当に少ない。
一人か二人分くらいの数だ。
台所を覗くとまだ洗い残っているのがいくつか残っている。
「これくらいはやっておくか」
裾をまくると水に浸してある皿を取るとスポンジを使って洗剤でしっかり磨く。
両親が共働きなためよく一人でご飯を作って皿を洗うこともあるからこの程度は慣れている。
それに本を読むにしてもこの暗さでは読みにくい。
電気をつけて起こすのも悪いからこうして皿洗いに従事てる方が気が楽と言える。
「よし、終わったか」
台所の掃除をあらかた終えると俺はキッチンを見渡す。すると、一つ気になるものを目にする。
「これって…………」
賞状第二位。神奈川県横浜市青葉中学。
夢宮彩月(ゆめみやさつき)。
一枚の紙にはそう書かれ隣には銀メダルが飾ってある。
「夢宮彩月……………」
俺はどこかで聞いたことがある名前だと思った。
飾られていた写真。そこには中学時代、テニス部だった頃の彼女が満面の笑みを浮かべてピースしていた。
「それ、中学の頃の私」
ふと背後から声が聞こえたので慌てて振り返るとそこにはお茶を手にした彼女がそこにいた。
そっと手渡されたお茶を飲んで一息つく。
「ありがと、代わりにやってくれて」
「いや。お詫びだからきにしないでくれ」
飲んだコップを濯いだ後にソファに座る。
「もういいのか?三十分くらいしか寝てないが」
「それくらい寝れば平気よ」
「……………まぁ、夜更かしは良くないがな」
「仕方ないわ。昨日中には仕上げたかったし」
「その小説か?」
「うん。書いて来てってお姉ちゃんにね」
姉がいるのか。
「それで私が誰か分かった?鴨居田君」
何で俺の名前を?
なんて言うテンプレな展開はしなかった。
多分、知っててもおかしくはない。
さっきの写真を見てそう思ったからだ。
「夢宮彩月。青葉中学のテニス部」
「それだけ?」
「悪い。正直あまり知らない」
「でしょうね、私も鴨居田君の事は一方的に知ってるだけで知られるような事はしてないし」
「ごめん……………」
「謝ることはないわ。あの賞は三年の最後に取ったものだからあなたは知らなくて当然」
その言葉から俺は彼女がどれくらい俺を知っているのかは理解出来た。
「三年生になってから試合に出なかったのはなんで?」
俺はその質問にあっさり答える。
「怪我だよ。二年の時にやった怪我の後遺症と再発が酷いからまともにプレーが出来なくなった」
「………なるほど、やっぱり本当だったんだ」
「え?」
「あなたが怪我をして試合に出なくなったって言うのは何となく聞いて知っていた。けど、なんか他に理由があるんじゃないのかなぁって思った」
「例えば?」
「うーん……………アニメ?」
同類って言葉から連想したな。
「それにしてもよく俺なんか知ってるな」
「まぁ、私の中学じゃ有名人だし」
「俺が?」
「うん。だって秋の市民大会の決勝、どこの中学とやったのか覚えていないの?」
そう言えば決勝で戦ったのは青葉中学だった気がする。本当、今になればの話になるが。
「優勝を阻んだ人物だから有名人だと?」
「それもあるけど一番はあなたのテニスかな」
俺のテニス?
「私はあなたのテニスに………いや、あの時のあなたに心を打たれた」
それはまるでプロポーズされているみたいで悪くはなかった。
「あの時、痛みに耐えつつも勝ちに執着するその背中が私には輝いて見えた」
そんな大した試合でもない。
本人の視点からすればそう見えるが客観的に、特に彼女の視点からだとそう見えたのだろう。
「待ってそんな痛がってるふうだった?」
「私の視点はね。他の人は気づいてなかったけど」
「じゃあなんでわかったんだ?」
「簡単な話、目を見れば分かるわ。傷つきながらも勝利を手にするために全てを投げ売る勇者、そんな描写そのものだったから」
「大袈裟だよ」
「かもね。でも私の心を動かすにはそれで充分だった」
「本当に大袈裟だな」
あの程度の試合で人の心が動くなら。俺より数倍も上手い選手を見たらめちゃめちゃ心が動く。
でも、そうではない。
彼女は特別な意味を込めて言っているというのが痛いくらい伝わった。
「感動した?」
「別に。ただ大袈裟だなあって」
「そればっか。語彙力ないね」
「悪いな。初対面の相手に砕けた喋り方は少し抵抗があるから」
「ふーん、意外と人見知りなんだね」
「人間は皆大概そうだよ」
「知ってる。私も眠くて判断力が欠けてなかったら家に入れたりはしないよ」
自覚はあったのか。
「まぁ、君とは遅かれ早かれ話をするし」
「どういうこと?」
「クリエイター部。今日来るんでしょ?」
彼女の口からその言葉が出るのはとても意外だった。いや、まず予想すらしていなかった。
「お姉ちゃんから聞いてるよ。クリエイター部に入部者がいるの。それも鴨居田弥君って子がって」
「お姉さんはクリエイター部なのか?」
「部長よ。美術家の二年、確か吹奏楽部の明智先輩って人と同室」
「なるほど、そういう繋がりか」
「コンクールが近くなると夜遅くまで部屋で吹いて練習しているからそういう時はこの部屋で寝泊まり」
「あ………おけ、理解したわ」
俺も隣の部屋から何度も寝るのを邪魔されたからよく覚えている。とくに身体の方が。
「私は親が居ないから一人暮らしだし、たまにだからいい回避場所にはなるんだよね」
「親が居ないって……………」
「両親はね。二人とも東北にいるの」
「上京してきたのか?」
俺はその質問がすぐに愚問だと理解する。
「中学までは神奈川で卒業と同時に両親は東北に私は東京の校門に進学だからお姉ちゃんを追っかけて一人暮らし」
「複雑な家庭事情なのか?」
ストレートで失礼な質問だと思った。
けど彼女はこれくらいストレートの方がいい気がした。
回りくどいのは止めよう。
どんどん踏み入れて知ってもいいよ。
そんな雰囲気が感じられた。
案の定、彼女は少し微笑んで答える。
「実は私の親ってお姉ちゃんをよく思っていないの」
「……………」
「お姉ちゃんは天才。芸術、いや絵においては」
彼女が鞄から取り出したのは一枚の広告。
それも部活動勧誘の広告。
「これは…………」
昨日、由莉さんから受け取ったものと全く同じ。
めちゃくちゃ綺麗な絵。
クリエイター部。一人の少女がヘッドホンを付けながらペンを持って紙に向かっている絵。
そんな安易な絵ではあるがとても迫力がある。
「これはコピーだから白黒だけど色が付けば輝きは一段と増す。それがあの絵」
テレビの上の方を指さすとそこには色が付いた一枚の絵が飾ってある。
薄暗く見えにくいものの意識を移せば浮かびあがるかのように表現させるその魅力に取り憑かれた。
一言で表現するならば
「少女がそこにいる……………」
その絵に俺は惚れた。
「アニメのキャラみたいに可愛いとかカッコイイ、なんて思ったりするのと同じく。お姉ちゃんの絵には見たもの全てが魅力され、取り憑かれる」
「お前のお姉ちゃんすごいな」
「そう、凄いからこそ蔑まれるの」
「なんで?」
「天才は普通ではない。天才は一般人とは違う。常識の範疇を遥かに超えるものもいればその逆も然り」
「お姉さんは前者なのか?」
「そう。常識を超えたから自分の作品に取り憑かれたから…………邪魔する人間は常識の範疇を超えてまで駆除する」
「つまり、過剰防衛?」
「惜しいね、ただの暴力。ほら普通親には暴力なんて振らないでしょ、でもお姉ちゃんは容赦なく振るった」
腕を上下に振って殴る仕草を見せる。
「寝る間も惜しんで絵を描いていたお姉ちゃんを止めようとお母さんは筆を取り上げたの。そしたら、怒ったお姉ちゃんが押し倒して筆を奪い返した」
その光景を近くで見ていたのだろう。
そんな過去を回想して言葉に出しているようだ。
「それでも止まらないお姉ちゃんにお母さんは無理矢理引き剥がそうとしたけど、事前に察知したお姉ちゃんは私を人質に取って部屋に篭った」
「は?」
「変わってるでしょ。妹を人質にとるなんて」
変わっているどころか普通におかしい。
自分の妹を殺す危険性まであるのに。
「それで、そうまでして完成させた絵はなんだ?」
「あぁ、まだ言ってなかったね。実は絵というよりか、作っていたのは漫画本なんだ」
「…………………」
「あれ、驚かないの?」
意外そうな表情でこちらを見る。
俺もいい加減慣れたため特に驚きはしない。
「お姉さんが描く絵は漫画を近いからね」
「へー、目がいいんだね」
「目利きって言ってくれ。それに絵画の絵と漫画の絵じゃ差が全く違うから誰でも見て分かる」
「ふーん。すごいね」
なんかちょっと悔しそうだ。
「まぁ、だいたいお姉さんの事は理解したよ」
理解したら尚更、行く気は失せたが。
由莉先輩もよくそんな人と同室で…………ん?待てよ、そんな気の強い人がなんで逃げるんだ?
「安心して、今は大分丸くなったから」
「なるほどそういうことか」
「明智先輩には私とても感謝してるかな。お姉ちゃんを前のお姉ちゃんに戻してくれたから」
「へー、それは意外かも」
「でも同時に尖りがなくなった。君みたいに」
「……………………」
否定はしたい。
そこまで尖ってはいないと。
でも否定しかねた。
それは似ても異なるから。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「何をだ?」
「君は青春をしてるのかなって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます