第2話 現在

東京都 私立蔡牽(さいけん)高校一年生。

鴨居田弥(かもいだわたる)これが俺の名だ。

住まいは神奈川県であるが俺は敢えて東京都の高校に進学することにした。

怪我をして以来、部活にはあまり行かなくなったため塾に通って勉強をした。

元々勉強は好きでもないし得意でもない。

テニスと違って感覚でやるものでもない、日々の知識を身につけることでやっと出来るもの。

記憶力の悪い俺にとってはそれはそれは大変な道であった。

まぁ、わざわざこうしてこの学校に来た理由は二つある。一つはスポーツ自体それほど強い所ではなく、むしろ文化部が有名なくらいの学校だ。

二つ目は家からわりかし近いというだけ。

駅から徒歩数分で夏場は汗をかくほどの距離でなく楽に着くからとてもいい。

偏差値も平均よりやや高め程度。

高校生活を謳歌するにはちょうどいい。

そんなイメージではあったが何しろ、俺はスポーツと遊び以外はあまり触れなかった男だ。

まぁ最近は買ったゲーム機で入学式までの日々を怠惰に過ごしていたがやはり身体を少し動かしたいという気分にもなるがすぐにその気は失せる。

友人との遊びのテニスにも誘われたが俺は断って床に伏せるていた。

昔の事を引き摺っている。

自分でも理解していたからかそれは高校に入った今でもこうして引き摺ったままでいる。

「なぁなぁ、部活何にする?」

前の席に座る高校での新たな友人が振り返って聞いてくる。

名前は高野恵太(たかのけいた)。

中学はサッカー部らしいがそれほど上手くはなかったためずっとベンチだったらしい。

この高校に入学したのも体育会系ではないから。

何となく俺と理由が似ていた。

「そうだなぁ、特に考えてなかったわ」

「んだよ、高校で青春するなら部活入んなきゃいけないだろうが。それにこの学校はどの生徒も絶対に部活動に属さなきゃいけないっていう規則って先生言ってたろ」

なんでも部活動の加入率100%を売りにしてるらしい。実際、その点に関しては盲点だったが。

知っていれば少しは受験に迷った。

「それでよぉ、バレー部なんてどうだ?」

部員五人にマネ一人、週五の練習で土日休み。

入れば即選手になれるという何とも緩すぎる待遇。

そんな甘い中でスポーツをやっても楽しくない。

特に辛い環境下でやってきた人間なら誰しもがそう感じるだろう。

「遊び半分の部活なら遠慮する。それに俺はスポーツはあまりしたくないしな」

「へー、意外だな。弥は運動神経良いと思っているんだが…………まぁ実際良いだろ?」

「…………否定はしない」

昨日の体力測定で校内でかなり上位の記録を出したからかこの学校内でなら上だと認識できる。

それにこの学校はおそらくスポーツ目的で来ている奴はほとんどいない筈だ。なにせ、7割くらいの生徒が文化部のようなひ弱な身体をしてる。

「じゃあよ、テニス部なんてどうだ?」

「悪いが断る。スポーツはしない」

「固いなぁ」

「そういう恵太が入ればいいだろうがサッカー部」

「まぁ俺みたいな下手くそでもこの学校なら即レギュラー入り確定だろうが試合に出たら負け続きになるだけの予感がするからなぁ」

「同感だ。この学校の運動部に入りたいなら個人技が優先の部活に入るべきだ」

例えば陸上、水泳、バトミントン………あとはテニスとかか。

「それもそうだな。かといってもよ、文化部に入るって言っても……………」

俺達は学校から配布された部活動紹介のパンフレットの文化部の項目を見る。

特に多く結果を残している文化部から吹奏楽部・前年度全国高校吹奏楽コンクール準優勝、美術部・全国高校生美術コンクール入賞、かるた部・都大会準優勝………等など。

運動部に比べて文化部の紹介ページの方がやたらと長々とそれに活動内容まできめ細かく書かれている。

「文化部………やべぇな」

「まぁ、文化部なんて他にたくさんあるだろ。ほら、ここに漫研とかアニ研、将棋部とか囲碁部とかあるし」

ちなみに囲碁、将棋部もかなり高い実績を残していた。その隣にある漫研とアニ研は比較的普通なように見えた。

「なるほどなぁ、こりゃ運動部に入って即刻幽霊部員として三年間過ごすしかないな」

恵太の言葉に俺も同じことを思った。

もとより高校に青春を求めていたという訳でもない。

スポーツで青春をすることを失った俺に他の青春の仕方なんて分かるわけがない。

かといって彼女を作って毎日を桜色に染めたいという訳でもない。

そう思うと俺は何しにここに来たのだろう?

ふとそう思ってしまう。

「しゃーね、俺は今からバイトの面接でもいってお小遣いでも稼ごっかな」

立ち上がった恵太は鞄を肩に持つ。

「弥はバイトしないの?」

「小遣いはあるしな。それにこの学校バイト禁止だろ」

校則違反だ。

「バレなきゃ平気だよ」

「知らねーぞ」

「知ってるか?校則違反も青春の一つって言うんだぜ!じゃあな!」

顔を近づけてアホな発言をする友人に手を振って俺は教室に一人取り残される。

「ったく、誰の言葉だよ」

パンフレットを閉じて鞄の中にしまう。

携帯を開いて時間を確認する。

「四時か………帰ってなにしようかな」

特にすることもない。

先月買ったゲームは全てクリアした。

それに中学の友人に勧められたアニメやライトノベルも全て見、読み終えてやることが本当にない。

「暇だし部活の見学でもしてみるか」

ふとそんな事を思った俺は教室を出る。

この学校は普通科と芸術科がある。

普通科は主に進学を中心に日々の学業に勤しむ。

芸術科は主に自分が専攻する芸術に対する学業を中心に勤しむ。

主に文化部が優秀なのはひとえにこの芸術科があるからだと言えよう。

「文化部の学校だなここは」

廊下を歩きながらそうポツリと呟くと前の教室から綺麗な音色が聞こえてくる。

歩きながら教室を覗くとそこには譜面台を置いた吹奏楽部の生徒らが数人でクラリネットを奏でている。

とても整った主旋律。

こうまでも爽やか音をこれまで聞いたことは無い。

いや、小学校時代のオーケストラ鑑賞をした際以来だろうか。でもまぁ、これでこの学校の文化部の凄さというのがよく分かった。

「違う!」

突然、音が止まったかと思いや人の怒鳴りが聞こえつい後ろを振り返ってしまった。

「入りが遅いわ、外で練習してきて」

「はい」

教室から出てきた少女は少し瞼に涙を浮かべている。けど、涙を流さないのは泣いても何も始まらないから。その事を理解している目だった。

「待って、誰かに聞いて判断してもらった方がいいわね……………」

ドアの付近で先輩らしき人が呼び止める。

俺は教室から出てきたその先輩に見覚えがあった。

長い黒髪に少し威圧的な声。

容姿も並一通りよく背も少し高い。

「由莉さん?」

その声に振り向いた先輩は俺の方を見て目を少し大きく見開いて驚く。

「うそ、弥?」

「お久しぶりです。蔡牽に入学してたんですね」

この人の名は明智由莉(あけちゆり)さん。俺の一つ上だから高校二年生。

家は俺の家のすぐ近くだが高校に入ってからは寮に入ったと聞いたがまさかこの学校だったとは。

「私は芸術科よ。あぁ、そう言えば言ってなかったけど芸術科は寮に入らないといけないの」

「それは知りませんでした」

「だろうね、弥なら普通科だろうし」

「まぁ、そうですけど…………」

由莉さんは何か閃いたようにポンと手を叩く。

「そうだ、弥暇でしょ?」

「部活動見学に……………」

「じゃあ部活動見学のついでこの子の音を聞いて頂戴」

先程の子か。

それにしてもまたいきなりだな。

「拒否権は……………」

「弥の恥ずかしい写真の公開」

「やらせて頂きます!お姉様!」

「よろしい、あとお姉様は禁止。由莉先輩ね」

教室に戻った結莉先輩は見本となるCDと再生機器を一通り渡すと『よろしくー』と言って戻ってしまった。

「………………じゃあ、行こうか」

「は、はい」

めちゃめちゃ気まずい雰囲気になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る